第三十三話
“御使いの魔女”アーニャ・ガランサス視点
私の名前はアーニャ・ガランサス。“御使いの”の名を冠する魔女です。
この世界とは違ういわば異世界で生まれ、ある目的の為に此方の世界にお邪魔させてもらっている異邦人です。
私たちが此処に居る目的は二つ。一つは、私の親友を殺した“九尾の魔女”を見つけ出し、復讐を、其の報いを受けさせる事。もう一つは、“異界至無窮門”という魔法により、この世界と私達の世界を繋いでいる“界渡りの魔女”を見つけ出し、その魔法を停止させる事。この門のせいで私達の世界の魔獣と呼ばれる獣がこちらに迷い込み、無差別に人を襲っているのです。
現在、手掛りの全くない“九尾の魔女”はひとまず保留として、門の出現位置により大まかな特定の出来る“界渡りの魔女”を私達は探しています。ここ数年はこの街の近くで門が開いているので、このあたりに定住している筈なのですが…… 如何せん情報が少なすぎます。そもそもこの世界は人が多すぎるんですよ。私、“界渡りの魔女”の顔も知らないのに、こんな人ごみの中から探し出せる気がしません。目の前で魔法を使ってくれでもしたのならば確信できるのでしょうけど、そうで無ければこんなの砂漠の中から小石を探す様な物です。見つけ出すころには私も千年級の魔女になってしまいそうですよ。……泣きたいです。
悠にはまだ話していませんが、魔女という存在は魔獣や魔術師を引きつけます。あれ等は本能的というより他ない感覚で私達を探し出します。つまり、私という存在が傍に在るだけで魔獣や魔術師に襲われる可能性が高まる、そんな招かれざる客である私が、何故こんな事をしているのでしょうか……
「ごめんね、アーニャ。変な事に付き合せちゃって。甘いものって大丈夫?」
人混みを眺めながら自らの現状を自問自答していると、背後から馴染み深い声で話しかけられます。声を掛けられた方を振り返ると、少しだけ申し訳なさそうな表情をした栗色の流れるような髪の少女――今は竜胆悠と名乗る少女が立っていました。
彼女の言う変な事とは、彼女にケガをさせてしまったという少年が、お詫びにデザートバイキングに連れて行ってもらう……と言う名目を掲げた、その実その少年と、悠の友人である芦屋綾さんと言う少女の仲を接近させようという、何ともお節介で青臭い、けど、興味を引かれてしまう作戦でした。
「いえ、甘い物自体は好きですし、其れは問題ないのですが……」
そう、私は甘味、いわゆるデザートが好きです。此方の世界に来て最も素晴らしいと思ったのは、化粧品関係の美容品と、このデザート達。私たちの世界では甘味は珍しく、とても貴重なものでした。私達ではとても手が届かない金額で取引されていたのを思い出します。それを、この世界では数時間の労働の対価と同等のもので食べ放題!信じられます?信じられないでしょ。夢みたいで……ってハッ。
「……あ、アーニャ?」
まるで本物のように見える店先の見本を見ながらクネクネしている人間を見たときの反応としては満点の表情で私を見る悠。うぅっ、引かれてる……
「……すみません、お恥ずかしながら、甘いものに目がなくて」
恥ずかしさのあまり指先を弄りながら謝る私を、面白そうに笑う悠。その表情は先日の魔法が壊れてることが分かった時の、全てを失った様な絶望的な表情とは雲泥の差。あぁ、まさか此方の世界でもまたあんな表情を見ることになるなんて……
「くっ、ククク、そうみたいだね」
「あまり笑わないでください。私達の世界では甘いものは貴重なんです。こんなもの見せられたら、差異はあれど誰でもはしゃいでしまいますよ」
「わかったわかった。ごめんって」
不貞腐れる私の頭をポンポンと叩きながら、投げやりに謝る悠。むー、許してあげません。
「悠ちゃーん!アーニャさーん!席空いたってー!」
文句を続けようとする私と、それを今度はもう少し真面目に謝罪する悠に、活気に満ちた元気のいい声がかかる。この声の主が、悠の友人である芦屋 綾と言う少女。ショートカットで動きやすさを重視した服と言い活発そうな少女です。そしてその隣にいるのが、悠にけがをさせたという岸田 恭太と言う少年。こちらも芦屋さんに負けず活発そうな少年です。ただ、悠に傷つけたと聞いたときはどうしてやろうかと思ってしまいましたが。ケガまではしてなかったようなので、良かったです。……ウフフ。
「支払いは岸田だから存分に食べようね!」
「おい、おごるのは竜胆さんの分だけだぞ。お前、自分のは自分で出せよ?」
「えー、差別じゃん。うちにも迷惑かけたんだからおごりなさいよ」
「こっちのセリフだ」
万が一、悠が怪我をしていた場合の事を考えていると、いつの間にか岸田さんと芦屋さんが顔を近づけて睨みあっていました。ケンカをしているように見えて、お互いに険悪な様子は見えません。これがこの二人の距離感、なのでしょうか。
「仲が良いんですね」
「「良くない!……あ。……フン!」」
私が思わずつぶやいた言葉に揃っての否定の言葉、そしてその言葉が被ったことに対する驚き、そして気まずさからそっぽ向くセリフまで見事に被ります。本当に羨ましいくらい仲良いのですね。
「……ッ、クク、だめ、笑うなってのが、むり、ッ」
「……こら、悠。……っ、……っ」
「アーニャこそ……ッ」
口元を抑えてプルプルしている悠を窘める私の声も震えています。いえ、だって、仕方ないでしょう?動作もセリフも全て同じなんですもの。
「もー、二人とも!」
「て、店員さん待ってるんだから、早く行こうぜ」
言われたほうを見ると、この店の店員でしょう、可愛らしいエプロンと帽子の制服を着た店員の方が少し困った表情で、でも微笑ましいものを見るように私達の事を待っていました。
「行こうか、アーニャ」
「えぇ」
悠に導かれ、私はその至高の店に入っていきます。……楽しみで顔がニヤけてしまうの位は許されますよね?
「ふわぁ、美味しい……」
ケーキを口の中に運び、その柔らかさと甘さにうっとりとしてしまいます。チョコレートケーキも美味しかったのですが、私はやはりこの生クリームを使ったケーキが一番好きです。ああ美味しい。頬が落ちそうとはこの事ですね。
「アーニャ、ホント美味しそうに食べるね。ってか結構食べるね」
「えっ、あっ、あまり見ないでくださいよ。悠はもう食べないんですか?」
「もう甘いもの数週間分は食べたよ……。僕はもうコーヒーでいいよ」
既に皿の上にケーキの残っていない悠が手にしているのはブラックコーヒー。……よく飲めますね。私、ブラックのコーヒーなんて苦くて飲めませんよ。始めて飲んだ時は毒薬か何かかと思いました。魔女なので毒、効きませんけど。私の気持ちを代弁するように芦屋さんが悠に関心したように話しかけます。
「ってか悠ちゃんコーヒーをブラックでよく飲めるねー。うち苦くて無理だよ」
「芦屋はガキンチョだからなぁ。俺はブラック平気だし」
「あんた、さっきから一口飲むたび顔しかめてんじゃない。」
「えっ、うそ、マジで」
目元を押えて確認する岸田さんに思わず私と悠からも苦笑が漏れます。芦屋さんも岸田さんも大人になりたい年頃なのでしょうか。私は自分の味覚に素直でいたいので甘い物にしますけど。
流石に満腹になり、飲み物で喉を潤しながら雑談をしていると、不意に岸田さんから、私達の話題が出ます。
「そういえば竜胆さんとガランサスさんってどうして知り合ったの?」
「あー、それうちも気になってた。悠ちゃん転校初日からアーニャさんの事知ってたみたいだし」
「えっと、その……」
困りました。本当の事を言う訳にもいいませんし、困った私は悠の方を向くと、悠は何でもも無さそうにつらつらとでっち上げた理由を述べます。
「別に、大した理由じゃないさ。記憶を失って困ってた僕を、アーニャ達が助けてくれた。それだけの事」
「ぁ……」
「…………」
気まずい事を聞いた――と言った表情でしょうか。悠が身元の所在が不明の理由を記憶喪失で通しているのは聞きましたが、思ったより効果はあるようですね。
そして私は悠がニヤリ、と悪巧みをしたように口角を上げたのを見ます。正面の二人にはコーヒーカップで見えてなかったでしょうけど。
「そういう二人はどうなのさ?」
「二人って、俺と、芦屋か?」
「へ、うちら?」
「幼馴染なんでしょ?なんか色々エピソードあるんじゃないの?」
「エピソードぉ?こいつと?無い無い、そんなの」
なるほど、悠の作戦が読めました。思い出は美しいもの。二人から思い出話を聞き出すことにより、懐かしさとお互いの大切さを確認させる、といった作戦でしょうか。
「岸田君は?あるんでしょ、二人の思い出とか」
「うーん、そうだなぁ」
悩む岸田さん。ここで綺麗な思い出話でも出てくれば、お互いの距離を縮めることが出来るかもしれません。少なくとも意識はするでしょう。どんな話が出て来るか……
「こいつ小学生の頃、自作の恋愛ポエムを書いたノートを渡して告白して来た事あるんだよ。わたしの心はふわふわ何とかって……」
――ガクッ
悠の顎を支えていた手が滑り、頭が大きく揺れます。これはひどいです。案の定、芦屋さんは立上り、岸田さんの襟元を掴んでその頭をガクガクと揺らしています。
「あ、ぁあぁ、アンタね!何、うちの恥ずかしい過去ばらしてくれてんの?あんたの事なんかもう何とも思ってないし!黒歴史よ!」
こればかりは芦屋さんに同情しますね…… まさか初対面の私が居る場で女性のその様な過去を語るのは些かばかりデリカシーに欠けます。私の中で岸田さんの評価がガクッと下がりましたよ。悠、芦屋さんとこの人の仲取り持つの辞めた方がいいんじゃないですか?
「アーニャ、ごめん、ちょっとの間綾を連れ出しといて」
「……わかりました。でも、お節介も過ぎると迷惑になりますよ」
「うーん、この二人多分気になりあってはいると思うんだけどなぁ」
深い、本当に呆れきったような溜息をついた悠が、私と、いえ、芦屋さんを席から離すように言います。どうやら悠は諦めていないようですが、私はあまり乗り気にはなれません。まぁ悠の頼みならやぶさかではありませんが。
「芦屋さん、よろしいですか?」
「だいたいあんたはいつも……ってうわ、ごめんね二人とも!?アーニャさんどしたの?」
「いえ、その、できればお手洗いに一緒に」
……食事中でしたが、連れ出す理由が他に思いつかなかったんです。
「あぁ、うんうん了解。悠ちゃんは?」
「コーヒー冷めるからやめとく。二人で行ってきなよ」
「そう?わかった。行こ、アーニャさん」
コーヒーを片手に微笑みながら私達を見送る悠。芦屋さんは気付いてなかったようですが、その笑みは引きつっています。あと、目が全く笑っていません。正面に座っている岸田さんが憐れな程小さくなっていますが…… まぁ自業自得でしょう。
「全く、あいつほんっとデリカシー無いわ」
「まぁ、あれは酷かったですね」
「でっしょー!許さないんだから」
可愛らしく、それでも怒り心頭といった様子で怒る芦屋さんを窘めながら席に戻ると、その一瞬で席の違和感を感じます。
「ただいまー……ってあれ、悠ちゃん席変わったの?」
先程まで岸田さんの対面に居た悠が、彼の隣に座っています。
「おかえり。ごめんね、勝手に変わって」
「ん、別にいいけど」
悠、岸田さんと少し近すぎません?肩触れそうですよ?と私がやきもきしていると、隣の芦屋さんも少しムスッとして顔をしかめています。あら、この反応、芦屋さんも本当に彼の事を?。悠の勘も凄いですね……
「い、いつの間にか仲良くなったんだね、二人とも」
「うーん、そうだね。岸田君面白いし、結構気に入ってるかな」
「り、竜胆さん?」
「ハハ、顔赤くなりすぎだよ」
「むー、ちょっと岸田、鼻の下伸ばしすぎ」
「の、伸ばしてねーし!」
どうやら悠は岸田さんと接触する事で芦屋さんの嫉妬心を煽り、芦屋さんに彼を意識させる作戦に出た様です。確かに素直でない芦屋さんには有効かもしれません。あ、でも岸田さんは早く悠から離れてください。
◆◇◆◇◆◇
「戦果は上々…… とは言えなかったなぁ」
「……そうですか」
結局その後、謝り倒した岸田さんは皆のデザートバイキング代を出し、(いいと言ったのですが、私の分まで)その後も献身的にアピールする事でやっと機嫌を取り戻した芦屋さんと一緒に彼らは二人で帰り、悠は私の家に泊まるということで分かれて帰宅しました。現在は私の家で反省会中です。
『――聞こえるか、アーニャ・ガランサス』
ザザッというノイズの様なものが混じりながらも、頭の中に直接響いたのはエランティスの声。どうやら何かあったようですね。
「んっ、エランティス?えぇ、そう、わかったわ。 ……悠、“門”が、開きます」
悠が息を飲んだのが見えます。……さて、久々の“殺し合い”ですね。
今夜の門の発現場所は少し離れた裏山の中でした。街の明かりがまるで星空の様に輝き、何とも幻想的ですね。あちらの世界では何百年たっても実現しそうにない光景です。
「そう言えばアーニャが模擬戦以外で戦っているのを初めて見るよ」
「そうでしたね。悠、万が一がありますので、エランティスから絶対に離れないでくださいね」
「え、う、うん」
「だからと言って抱きかかえろとは言っておらぬぞ」
「……いいじゃん、別に」
不安そうにしながら、ギュッとエランティスを抱きかかえる悠。確かにそちらの方が安全ですし、いいんですけどね。エランティスモフモフしてて気持ちいいですし。
さて、“門”の気配が強くなってきましたね。そろそろ法を展開しておきましょうか――
「我は天衣無縫を纏うもの。
穢れを祓い、救いを齎す無垢の使者。
あの日の救済を此処に。
此処は二度と戻らぬ曾ての望郷」
「故に――天衣無縫乃理」
詠唱を終えると、背中からフワリと天使の羽が顕現し、服が純白のワンピースに変化します。“法衣”を纏った私は悠の方に視線を移し、彼女の様子を確認すると、不安そうにこちらを見ています。
(大丈夫、私は負けない)
悠を安心させるために笑顔を向けた瞬間、周囲から溢れる魔力の気配を感じます。……門が開きますね。相変わらず異常な魔力。流石は千年級の魔女といったところですか。
――――
そのまま待つこと数十分。聞こえるのは風が木々を揺らす音と、わずかに街から聞こえる喧騒だけ。門の膨大な魔力が少しずつ霧散していくのを感じます。どうやら今回は何も出ないのかと思った瞬間、門から魔獣のものであろう魔砲が放たれます。
「ア、アーニャ!」
「この程度、心配ありませんよ」
放たれた魔砲に平手打ちをするように払うと、光の束のような魔砲は薄い氷の様に割れて消滅します。ふむ、この程度なら問題ありませんね。心配する声をあげる悠に安心するように告げます。魔砲の威力から察するに中位程度の魔獣でしょうか。リハビリ相手としては少し役者が不足していますが、傍に悠が居るのです。安全であるに越したことは無いでしょう。
「……さて、門の向こうの誰かさん?私としてはそのまま引き返すことをお勧めします。大人しく去るなら良し、向かってくるのならば、容赦はしません」
門の向こうの魔獣に対して私は言い放ちます。魔女である私や悠はアレ等にとっては垂涎の餌ですが、同時に強大な敵でもあります。魔力という餌に誘われて食虫花に誘われる蟲の如く、本能に誘われてしまえば“魔法”を持つ魔女に容易く葬られてしまう事は、先ほどの魔砲を払った事で相手の魔獣も力の差を理解している筈です。
門から一歩でも出れば待っているものは“死”。されど目の前の極上の餌を見過ごしたくない……と言ったところでしょうか?悩んでいるらしい魔獣は門から出ず、魔獣の気配はその中に留まったままです。警戒するのも疲れるのでいっそ攻撃してしまいましょうかと思い始めたころ、時間にして数分、“門”の魔力の霧散が加速的に早まります。焦った魔獣が選択したのは――
「――残念です」
私の前に立った魔獣の後ろの“門”は閉じてしまいました。つまり、この魔獣が選択したのは死への前進。こうなった以上見逃すわけにもいきません。残念ですが、死んでもらいます。
「オ、オオォ、オオオオオオオォォォォォ!!!!」
「響け、“福音”」
――ゴォォオオォォォン
鬨の声をあげてこちらに突進してくる魔獣。悠も居るので此方に近づけるわけにはいきません。一撃で終わらせるために、私は“福音”、鐘の音色の様な、聖なる音の塊を突進する魔獣にぶつけます。
魔法名――天衣無縫乃理。その本質は『私の願う救済の象徴“天使”になる事』。私たちの育ての親である人が教えてくれた物語、その中の天使の姿、能力。それの顕現が私の魔法。
発動した“福音”の威力を確認すると……全盛期の1/3、いえ、もっと低いですね。私は発現した魔法の威力を冷静に分析します。音という特性上、指向性を絞っているとは言え、放射的に放たれた音が十数メートル程度の範囲に存在していたあらゆる物体を振動させ、無差別に破壊していますが……
「……この程度の威力しかでないのね」
「じ、十分凄く見えるんだけど……」
断末魔をあげる事すら叶わず跡形もなくなった魔獣と抉れた地面を見て、驚いた表情の悠がつぶやきます。そういえば修行の時はここまで威力を上げていませんでしたね。
「そんなことないですよ。だって私は――」
――私は彼女を救えなかったから。
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