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ホームレス魔法少女~Magic girl lost one's Home~  作者: あかむ
第四章 どうして自ら苦しむこと此のごとく
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第三十二話

「……ただーいまぁー」


 誰にも聞こえないように小声で挨拶をすると言う矛盾に満ちた行動をしながら、僕は養護施設の扉をそっと開ける。時刻は朝5時半。アーニャの家からの一時間ほどの道すがらも人通りは殆どなく、殆どの人達がまだ眠りの中か、或いは起きたばかりであろう時刻に僕は帰宅する。所謂“朝帰り”だ。

 やましい事は全く無かったとは言え、女の子の夜の一人歩きだ。そんな事がバレたら確実に問題児として警戒され、抜け出すのが更に困難になるだろう。実際、暴漢に襲われ、攫われかけたなんて事が知れてしまった時には、どれ程怒られる事か……


――バタン


 音が出ないように静かに閉めた扉だったけど、思った以上の音にビクリとしながらも、僕は無事、誰にも見つかる事無く自分に割り当てられた部屋に忍び込む事に成功する。主観的にはスパイ映画の様な緊張感だが、やっているのは門限を過ぎた子供が家にこっそり戻っているのと大差ない。


「……悠ちゃん?」

「はひぃ!?」


 「はい」と「ヒィ」を合わせた奇妙な返事なのか悲鳴なのかよく分からない声をあげながら、声を掛けられた方を見ると、掛け布団を抱き枕の様に抱きしめた綾が、今にも落ちそうな瞼をクシクシと猫のように擦りながらこちらに顔だけ向けていた。彼女にだけは昨晩施設を抜け出すことを伝えていたので、僕の帰りが遅くなったこと自体に対しての糾弾はない。そもそも、抜け出し方を教えてくれたのは綾だ。綾自身もどうやら“問題児”の一人のようで、友達の家でお泊り会をしたり、カラオケ等ですこし夜更かしして、こっそり部屋に戻ってくることもたまにあるようだ。


「遅かったねー。悪いんだぁ。あれ、そんな服だったっけ?」

「えっ、あぁ、うん、友達に貰って、ね」


 僕が行くときに着ていた服は暴漢に襲われた時にボロボロになっていて、とても着られる状態ではなくなっていた。シャツはボタンを千切られ、シンプルなキャミブラを露わにし、履いていたデニム生地のパンツも車から飛び降りた時と、最後に追いつかれた時にアスファルトの地面に思いっきり打ち付け、ダメージジーンズの様に大きな穴が開いていて、かつ血だらけだ。遺品であるあの服を処分するのは心苦しいので、アーニャに預かってもらっている。

 そして、綾の言うそんな服とは、アーニャに借りた服だ。花柄で膝丈のワンピースの上に、フワリとした純白のボレロを羽織っている。靴は無事だったのに、無理矢理はかされたサンダルは何故かサイズがピッタリで、始めて履いてここまで歩いて来たというのに、足が全く痛くない。た、たまたまサイズが同じだったんだよね。……たまに怖くなる。


「やっぱ悠ちゃんガーリー系が似合うね~。……ふぁあぁ~」

「ごめん、朝早くに起こしちゃって。時間前に起こしてあげるから、もう少し寝てなよ」

「そーするー。おやすみー」


 先程も言ったけど、現在時刻は5時半。学生が起きるには早すぎる時間だ。可愛らしく欠伸をする綾に二度寝を勧めると、あっさりとその誘惑に誘われていった。うん、二度寝は至福だ。対する僕は学習机に脚を放り出すという何とも行儀の悪い体勢をしながら、ぼんやりと窓の外を眺め、起床時間まで時間を潰す。


 ……眠れない。いや、寝るのが、怖い。

 今寝れば、あの悪夢をもう一度見てしまいそうで。あれは実際には起きなかった事。ただの妄想だ。けど、何故か鮮明に、まるでそれが在ったかのように、そして、その光景を脳裏に刻みこんでしまったかのように、はっきりと思い出せてしまう。


「…………」


 微睡みつつも眠る事のできない僕に、暁の光は容赦なく降り注ぐ。それを疎ましくも、有難くも思いながら、ゆっくりと流れる時間に僕は身を委ねていた。





◆◇◆◇◆◇





「ふ、ぁあぁぁ……」


 どんなに眠れなくても朝は、日常はやって来る。結局あれから一睡もしなかった僕は、大きな欠伸をしながらも学校に辿り着く。


「竜胆さんおはよー」


それは、挨拶とともにすれ違う瞬間、トン、と肩が触れ合っただけの事だった。相手は確か同じクラスの少年。お調子者で明るいムードメーカーで、名前は確か岸田君といっただろうか。だけど、そんな事に僕の気は回らない。気づかない。


(さわ、られた?誰?この、声、男の……?)


 男に触れられた、と気づいた瞬間、まるで足元から悪寒を伴った電気が上がってくるような、全身に蟲が這い上がってくるような、そんな得も言われぬ不快感が込みあがってくる。冷や汗が噴き出すのがわかる。鳥肌が立っているのがわかる。そしてなにより、触れられたことがとても恐ろしい。


「ひ、ッ!?」


――ガタン!!!


 とっさに飛び退くも、すぐ後ろは下駄箱だ。鉄製の下駄箱は小柄な少女の体当たり程度では倒れる気配はないが、それでも大きな音を立てて揺れ、衝撃でいくつかの扉が開いてしまっていた。そして、下駄箱に体当たりをした僕自身も、腰が抜けたように地面にへたり込んでいる。鉄の塊に背中と肘を強く打ち付け、ジンジンとした痛みが広がっている。


「……ッ、……ッ!」

「え、あれ、ごめ、ん?」


 彼にとっては文字通り袖振り合う程度の接触でこのようなリアクションが返ってくるとは思ってもみなかったことだろう。未だに全身を這いずるような悪寒に耐えていて、みっともなく床にへたり込んでいる僕を心配して、彼は様子を見ながらも謝罪を述べる。


「ごめん、そんなに強くぶつかったつもりは無いんだけど…立てる?」

「……ひっ、大丈夫!じ、自分で立てるよ!」


 ガヤガヤと周囲に人が集まっている。あれだけ大きな音を立てて下駄箱に突っ込み、盛大に揺らしたのだ。目立ちもするだろうし、何事かと野次馬も集まってくるだろう。気まずさ半分、心配半分といった様子で岸田君が僕を起き上がらせようと手を伸ばす。だが、僕に触れようと伸ばされた手すらもが恐ろしく見える。わたしを犯そうとしているあの男たちの姿が被り、思わず小さな悲鳴をあげ、その手を拒む。震える足に何とか力を入れて起き上がり、地面に座り込んでしまったためにスカートについた砂埃を叩いて払う。打ち付けた痛みは多少あるものの、特に血が出るようなケガはしてなさそうだ。


「あぁ、そう?」

「こちらこそゴメン、びっくりして転んじゃっただけだから」


 気まずそうに差しのべた手を戻し、頬をポリポリとかく岸田君に僕は謝罪をする。彼に落ち度はなかったのに、このようなことになってしまい申し訳なく思う。だが、彼の不幸は此れだけに終わらなかったようだ。


「きーしーだーくぅぅぅん?」


 まるで少女が友達を遊びに誘うような無邪気で陽気な、だけどどこか不気味さを感じる明るい声に、ビクリと肩を震わせて岸田君が後ろを振り返る。同じようにしてそちらを見ると、綾が笑いながら立っていた。それはもう無邪気に、不自然なほどきれいな笑顔で。


「悠ちゃんに何てことしてくれちゃってんのかなーかなー?」

「あ、芦屋っ!?落ち着け、話せば分かる。とりあえず手を振りかぶるのは止めろ!」

「ま、待って、綾!」


 手を後ろに振りかぶり、今にも全力で振りぬきそうな体勢で間合いをキープしたまま綾が岸田君を問い詰める。その間も張り付いた笑顔はそのままだ。ぶっちゃけ怖い。このままでは彼のほっぺたが大変なことになりそうだと思い、綾を止めるのに加勢する。平手打ちでも鼓膜が破れたりする事もあるし。


「いいのよ、悠ちゃん。岸田、遺言は?」

「……竜胆さんまじいい匂ひぶぇ!?」


 あぁ、うん、まぁいいか。少年の何とも言えない遺言を言い終える前に、綾の振りかぶった平手打ちは振りぬかれ、彼の右頬やや下を中心にして綺麗な紅葉を咲かせた。



「悠ちゃん、さっきは大丈夫だった?ケガ、してない?」

「大丈夫だって。ちょっと驚いてコケただけで大げさなんだよ、綾は」

「いや、ちょっとコケたってレベルじゃなかったようなー……」


 呆れたように綾が言う。確かにコケたで納得できる状態ではなかったかもしれない。だけど無事ケガも無かったし、特に問題にはならなかったので大丈夫だろう。それよりも……


「僕より岸田君の心配したほうがいいんじゃない?さっき、まだほっぺた赤かったよ」

「いいよ別にぃー。あいつだし」


 あの事件から数時間程経過したけれど、どれだけ強く叩いたのだろうか、彼の頬にはまだ僅かに赤みが残っていて、時折痛みを気にしてかさすっていた。それを綾に伝えると、拗ねたように唇をとがらせて言う。


「その割にはチラチラと確認してたみたいだけど」

「うにぇ!?見てたの?」

「ううん、カマかけただけ」

「……ゆーうーちゃぁぁああぁぁぁん?」


 綾の席は僕より後ろなので確認していたのを実際に見ていた訳ではないけれど、叩いた後明らかに気にしていた様子だったので、カマをかけてみたらあっさりと引っかかる。先程と比べると随分可愛らしい怒りの言葉に僕は笑いながらゴメンゴメンと言う。


「でも、素直にならない綾が悪い」

「あー…… うー……

 ……わかったよぅ。謝ります。謝りますよー。あーあ、みんな朝日さんみたいにクールで大人な感じだったらいいのになぁー」


 指を絡ませて可愛らしく唸った後、観念した綾。すこし不貞腐れながらも、謝る事を僕に約束をしてくれる。

 それにしても、朝日さんの人間の出来具合は他の同年代の成人男性と比べても高いと思うよ。少なくても僕が男だったころ、あれほど人間が出来ていたかと言われると、否と断言できる。それをただの中学生に見習えと言うのは余りにも酷だ。それに元成人として助言するならば、子供の内は子供らしくしているのが一番だと思う。大人を気取るのは、大人になってからで十分なのだ。

 僕達の話が聞こえていたのか、こちらをチラチラと窺っている岸田少年に綾は複雑そうな表情をしながら向かっていく。綾も素直ではないけれど、聞くところによると彼との関係はどうやら長いらしく、所謂幼馴染というものらしい。大丈夫だろうと思い、僕はトイレに向かった。うぅ、女の子になってからトイレが近いのも悩みの種だ。

 ……そして、少しトイレに行っていた間に、“コレ”である。


「だから、ごめんって言ってるでしょ!しつこい!」

「なんで謝ってるお前が偉そうなんだよ!」

「偉そうにしてないし、あんただって悠ちゃん驚かせて、転ばせたのは事実でしょ!」

「お前には関係ないだろ!」


 見事なまでに喧嘩している。お互い、そんなに顔近づけて怒鳴っていたら、ツバとかいろいろ飛んじゃいそうなものだけど……。近くにいたクラスメイトに聞いてみた所、不機嫌そうな岸田君にふてぶてしく謝った綾だけど、そこから言い合いになりこの(ざま)らしい。放っとけばいいよとは言うものの、そういう訳にもいかないだろうに。

 それにしても、不機嫌そう?あまり長い付き合いでもないけれど、彼は特に怒っていた様子も無かったし、根に持ったりするようには見えなかったけれど……


「あーもー!ほんっとガキ。少しは大人を見習いなさいよ!」

「それが朝日ってやつかよ」

「……なんであんたが朝日さん知ってんのよ。盗み聞き?キモいんですけど」

「お前らがでかい声でベラベラしゃべってただけだろうが」


 ……あぁ、そう言う事か。何とも青春な話である。

 不機嫌そうに朝日さんの名を口にする岸田君の顔を見て、僕は得心する。となると、僕がすべきは……


「ハイハイ、ストップ」


 そう言いながら二人の間に入り、胸の辺りを押すようにして引き離す。岸田君に触れた瞬間、また電気の様な悪寒が走るも、覚悟していたので何とか顔に出さない様にする。


「綾、あれは僕が自分でコケたんだから岸田君は悪くないって言ったじゃないか」

「でもっ……」

「岸田君も、すこし落ち着いて。……綾との仲、協力してあげるから」

「はっ、なっ、何言って……!」


 綾に聞こえないように声を絞って岸田君に言うと、彼は顔を真っ赤にして狼狽える。……分かり易すぎるぞ、少年。

 僕が介入して二人の頭が冷えたのか、少し二人を窘めるだけで、その後はすんなりと互いに謝罪をして仲直りしていた。二人でよく喧嘩してすぐ仲直りするのはこのクラスの名物らしく、誰も気にしていない辺り、実はとても仲良いんじゃないかと思う。


「悠ちゃん、最後に岸田に何か言ってた?」

「ん?いや、僕は悩める青少年の味方だから」


 僕の返事に何の事か分からず、首を傾げる綾。元男として彼の恋は応援してあげたいし、朝日さんをロリコンの犯罪者にする訳にもいかないしね。

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