表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ホームレス魔法少女~Magic girl lost one's Home~  作者: あかむ
第三章 治にして乱を忘れず、それでも今だけは……
31/87

第三十一話

 絶体絶命。今の僕に1番適した言葉だ。

 目の前には下卑たニヤけ面を浮かべる数人の若い男達。周りは何処かの廃ビルだろうか、内装が剥げ、下地の見えた壁や、既に通電していない照明が危うげにぶら下がっている様子が、此処に管理をする人間が訪れていない事を示している。そんな助けを求めるにはあまりにも絶望的な周囲の状況に加えて、僕の現状も劣らず絶望的だ。後ろ手に縛られたナイロン製の紐は素人にしては十分に硬く縛られ、同じく素人である僕には外せそうにもない。左脚はどこで手に入れたのか、或いは偽物か、手錠の様なもので古ぼけたベッドに繋がれていて、隙を見て逃げ出す事も無理そうだ。駄目元で魔法を使おうとしてみるも、先ほど同様全く発動する気配も無い。


「もう我慢できねぇや、ヤッちまおうぜ」


 誰かがそう言った。そして、僕以外の全員がそれに同意する。

 まるでパニック映画のゾンビの様に、しかし明確な悪意と嗜虐心を以ってそいつ等はわらわらと焦らしながらも確実に僕に手を伸ばす。


「や、やめろ!触るな!来るな!」


 唯一自由な右脚を振り回し抵抗を図るも、少女の脚力では相手を突き放す事も出来ず、すぐにそのか細い脚を掴まれ、捻りあげられる。別の男が僕の服を掴み、ボタンを力任せに引き千切る。小さい悲鳴を飲み込むと、堰を切ったように男達が僕に群がってきた。

 


「止め――」





――一体何時間経ったのだろうか。体力の限界が来たのか、それとも飽きたのか男達が嗤いながら部屋から出ていく。


 気持ち悪い。


 きもちわるい、きもちわるい、きもちわるい。


 ぁ、ぁあぁぁぁぁ……



「ぅ、ぅわああぁぁぁああぁぁぁ!!!」



 ガバッと布団を跳ね除け、弾かれたように体を起こす。自分の身体を見回して確認すると、吐き気を催すような“穢れ”は見当たらず、記憶の最後で着ていたボタンの引きちぎられたシャツではなく、サーモンピンクのチュニック丈のパジャマ。


「は、ハハ、夢?夢か……」


 悪夢で目が覚めるなんて何時以来だろうか。寝汗が酷かったのか、喉が声が掠れそうな程カラカラだし、汗でじっとりとしたシャツが素肌に張り付いて気持ち悪い。

 自分が気を失うまでの記憶を探り、男たちに襲われた事、エランティスに助けられ、そのまま気を失った事を思い出す。どうやらエランティスがどこか安全な所にまで運んでくれたらしい。あの小さな身体でどうやったかは分からないけれど、魔術的な力を使ったんだろうか。どちらにせよ有りがたい限りである。生き返らせてくれたことと言い、彼には返しきれない程の恩を受けている。口は悪いし皮肉屋だから普段素直にお礼を言う事も出来ないけれど、たまには面と向かって言わないとな。

 そう言えば此処は何処だろうと、辺りを見回す。見覚えのある家具類の、特に家電製品の殆どおいていない質素な部屋。だけど所々に置かれた小物が女の子らしい可愛らしさがある部屋。ここは確か――


「アーニャの、部屋?」

「目が覚めたか、竜胆悠」

「――――ッッ!」


 男の声が聞こえた瞬間、身体が反射的にビクリと震え、金縛りにでもあったかのように強張る。少し遅れて、その声が聞き覚えのあるものだという事に気付き、声の主に思い至った後、ゆっくりと其方に顔を向ける。


「え、エランティス?」

「……どうした竜胆悠?その様子は。ってオイ、何をする、止めろ」

「……驚かせるなよ」


 抵抗するエランティスを抱き上げ、無理矢理膝の上に乗せて抱えると、ふわふわの毛が気持ちを落ち着かせてくれる。当のエランティスは相当不満そうにしているが、驚かせた罰として、しばらくはこのまま僕の精神安定剤の役目を果たしてもらおう。


「貴様、我を何だと思っている」

「……うるさい。少しくらい良いだろ」


 小さく震える僕の肩を見た後、わざとらしい溜息をついたエランティスはそれっきり抵抗を止める。ありがたいんだけど、もう少し素直になってくれないだろうか、なんて自分の事を棚に上げた事を考えながら、僕は震えが納まるのを静かに待った。


「なぁ、エランティス」

「……何だ」

「魔法が、使えないんだ。呪文を唱えても、あの“気持ち”と“力”が湧き上がる感じがしないんだ。アーニャが言ってた。僕から魔力を感じないって。

 エランティス、僕は、どうなったんだ?これから、どうなるんだ?」

「……」


 エランティスが押し黙る。答えるのを拒む、と言うよりはどう答えるか迷っているという様子だ。僕はそのまま、一言も発さずに静かにエランティスが答えるのを待つ。

 ……怖い。その答えは聞いてはいけない気がする。それはまるで死刑宣告の様に、余命を告げる死神の言葉の様に恐ろしいものである気がする。その答えを聞くのが恐ろしくて仕方ない。折角収まった震えがまた戻ってくる。

 身体がカタカタと小さく震えるのは、抱きかかえているエランティスにも伝わっているのであろう。言葉を選ぶ顔の見えないその表情が雄弁に語る。


「――それは私から説明します」


 いつの間にか部屋の入口に立っていたアーニャが告げる。


「もしかしてと思っていたのに、そうで無ければいいなんて期待に縋ってまた(、、)あんな目に合わせてしまった。

 ごめんなさい。そのせいでこんな目に会わせてしまって。……悠、恐らくあなたの魔法は壊れています」


 アーニャは魔術や魔法をほとんど知らない僕に分かるように、分かりやすく、ゆっくりと、だけど、とても辛そうに説明をする。僕があの少女を助けた事によって、魂を定着させている楔が抜け、魔法が壊れた状態にある事、今の状態では魔法が使えない事。そして――


「……魔法が壊れたのも分かった。楔ってのを早く見つけないといけない事も分かった。

 けど、それは何時までなんだ?そうしないと僕はどうなるんだ?」

「普通の魔女の場合は魔法が使えなくなり、精神的にも、肉体的にも極端に弱体化するだけです。と言っても私達の世界では致命的な出来事ですけれど」


 そこまでアーニャが話した時点で、いままで黙っていたエランティスが遮るようにして説明をする。それは本当に僕に対しての余命宣告だった。


「竜胆悠、(なれ)の場合はそれだけに納まらぬ。その生命活動の維持にティアナの魔力を使っているのでな。

 ……まず、遅くてもひと月以内に、味覚が無くなる」

「――ッ」


 余命宣告を受ける人の気持ちとはこんな感じなのだろうか。頭をハンマーで殴られたような衝撃に思わず息をのむ。

 味覚の、五感の喪失。想像もできない疾患だ。衝撃を受けて言葉を発する事も出来ない僕に、追い打ちの様にエランティスが言葉を続ける。


「次に嗅覚を失い、追って聴覚が鈍り視覚は色を失う。

 感覚が消え、熱も痛みも失い、何も見えず聞こえ無くなり、感情が消える」


 もういい、止めてくれ。その言葉すら発する事も出来ない。人としての機能をすこしずつ失っていく様は既に僕の想像の範囲を超えているが、それでも底知れぬ恐怖に身体の震えが増す。


「最後は物言わぬ生きた死体と成り果てる。意識のみをその身体に残したままでな」


 一気に最後、いや、末期(まつご)まで言い切ったエランティス。そしてそれを黙って聞いた僕はハァッというため息が出る。息をするのも忘れていた。


「……そうなる前に、竜胆悠。汝を殺す」

「……ッ!」


 僕が言葉を発するよりも早く、アーニャがエランティスの首を掴み、持ち上げる。片手で行うネックハンギングツリーとでも言えば分かりやすいだろうか。エランティスが小柄だといえその状態はかなり苦しいのであろう、苦悶に顔を歪ませている。


「何を言っているの?悠を殺す?冗談は辞めて。

 どういうつもりなの?返答次第じゃただじゃおかないわ」

「あ、アーニャ!」

「グ…… 御使いの、いや、アーニャ・ガランサス。貴様こそ何を、言っておる。“いままで通り”であろう」

「…………」


 “いままで通り”、エランティスの発したその言葉でアーニャは口を紡ぐ。


「願いの、渇望の“壊れた”魔女は魔法を扱えぬ。そして、魔女の屍骸は魔術師に、魔獣に――いや、魔導を扱う全てのものにとっての垂涎の餌だ。

 このままではティアナの身体を失う事になる。そうなれば“誰我接触不叶(だれもわれにふれることかなわず)”は永久に失われる。その前に我らが“回収”し、また新たな魂を探さねばなるまい。

 それとも何だ?貴様が、貴様が守れるとでも言うのか?その壊れかけの魔法で!?自惚れるなよ“御使いの”!」


 話しているうちに気が立ったのか、少しずつ語気を上げ、最後には叫ぶようにエランティスが言う。エランティスとアーニャの目的。その目的のためには、魔法を使えなくなった僕は不要だろう。そういった意味ではエランティスの方が正しい。寧ろ、其れだけを求めて行動し続けてきた彼らにとって、アーニャの行動の方が“間違っている”のかもしれない。


「……護るわ。悠はこんな私を、私達を友達だと言ってくれた。助けると言ってくれた。なら、それに報いるのも、悠を護るのも私達の義務よ」

「ハッ、絆されたか?貴様の自惚れがティアナの死の原因の一端だということを忘れたか!?」

「……それでも、よ。魔法が壊れかけていても関係ない。壊れ果てていても構わない。私が護る、私が救う」

「……好きにしろ」


 意外にも観念したのはエランティスの方だ。彼も僕を見捨てるのは躊躇するから先に折れたと思うのは僕の自惚れだろうか。


「……アーニャ」

「悠、安心して下さい。エランティスも口ではああ言ってますけど、本当は見捨てるなんて本意では無いですし、悠を助ける為に全力を尽くしてくれます」

「……フン」

「……ありがとう、二人とも」


 不機嫌そうに鼻を鳴らしそっぽ向くエランティスだが、アーニャの言葉に対する否定は無い。素直ではないけれど、それが何よりの肯定だ。

 あぁ、ありがとう二人とも。感謝してもしきれない。だけど、僕は、そんな二人に、残酷で最低の嘘をつく。


「……死にたくないよ」

「えぇ、私達が護ります。命に代えても」

「……ごめん」


 本当にごめんなさい、アーニャ。

 分かっているんだ。僕を見捨てるのが“正解”で、“最善”なんだって。アーニャの選択は彼女自身の命を危険に晒し、ティアナさんの肉体を失うリスクを背負い、そして彼ら全員の望みを絶たせる可能性のある選択だ。

 だけど、やっぱり怖い。死ぬ事よりも、五感も感情もを失って生きる屍になる事よりも、君たちに見捨てられる事が、何よりも怖い。

 せめて、せめて全て失って死に絶えるまで、僕の側に居てほしいから……。


 ――僕は「護って欲しい」だなんて残酷な嘘をつく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ