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ホームレス魔法少女~Magic girl lost one's Home~  作者: あかむ
第三章 治にして乱を忘れず、それでも今だけは……
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第三十話

「ゼヒ、ゼヒ ……ッ!?あっ、うわっ」


 走り続ける僕が視界の端に捉えた“もの”、思わずそれを振り返った瞬間、足がもつれ、身体が道路に投げ出される。何とか受け身を取るも、こけた先の相手はアスファルトだ。手や膝を強かに打ち付け、擦り傷が出来る。まるで焼けるような痛みを手足がジクジクと訴えていて、涙目だったまぶたから遂に涙が零れ落ちる。僕がこけた痛みに顔を顰めている間に、背後の気配は既に追いつき、じらすように、弄ぶようにゆっくりと僕に近づいて居る。


「楽しい鬼ごっこはお終いだぜ」

「このガキ俺の手思いっきり咬みやがった上に、エルボーまでしやがった。ただじゃおかねぇ。マワしまくった後ヤク漬けにして風俗に沈めてやる」


 上機嫌そうな一人の男と違い、僕の噛み付きとエルボーを受けた男は怒り心頭といった様子だ。いまだに目が血走り、威嚇する様に指をポキポキと鳴らしている上に言っている事が物騒すぎる。そんな事になるくらいなら舌を噛み切って自殺した方がマシだ。


(そんな事より、い、今見えたのって!?)


 あの白い身体を見間違う訳が無い。確かにあれはエランティスだった。しかし、同じ場所を見返してみても、白いモフモフとしたあの姿は見当たらない。続いて辺りを見回してみるも、其れらしき姿は影も形も無かった。

 ……見捨てられたのだろうか。それとも、僕の願望が見せた幻だったのか。


(ここ、までなのか……)


 深夜のオフィス街だけど、辺りに人影は全く無い。オフィスビルのいくつかには明かりが灯っているけど、あれ程騒いでいたにも関わらず、誰も窓の外を覗く事をしているらしき様子も無い。尤も、疎らと言え辺りに人が居る状態で誘拐を決行したこの4人組に、通報されたからと言え僕を放置して逃げる選択肢があるとは思えないけれど。


(おか、されるのか?ころされるのか?)


 僕を待ち受けているであろう結果を想像する。通報されているであろう現状、すぐに警察の手は伸びて来るだろうけど、それでも、その手が届くのは今すぐでは無いだろう。それまでの間僕はどうなる?少なくてもこの下衆な男たちの慰み者にされるだろうし、最悪、そのまま殺されかねない。


(嫌だ)


 あぁ、嫌だ。嫌だ、嫌だ。

 男に、しかもこんな奴らと肌を触れ合わせるなんて嫌だ。

 殺されるかもしれないなんて嫌だ。

 汚されたくない。穢されたくない。


――――だから、どうかお願い。“触らないで”。



「誰か、たす、けて」


 呟くように口から洩れた言葉を聞いて、外道染みたニヤけ面を深めるチンピラ達。僕の命乞いや助けを呼ぶ言葉は、彼らにとってはこの状態を演出するスパイスにしかならないのだろう。これ以上あの顔を見たくない。跡が出来そうなくらい深く目を瞑り、歯を食いしばりながら俯く。

 だが、あるはずないと思っていた返事が、言葉が僕の正面から聞こえた。


「……何故法を展開せぬ。いや、それよりも、汝、魔力をどうした?」


 その懐かしい言葉に、ダンディな、壮年の男性の声色に、そして古臭くて芝居がかった言い回しに、思わず顔を上げる。


「あ?何だこの犬っころ。いつから居やがった?」

「へっへっへ、嬢ちゃんの前に座って護ってるつもりらしいぜ?良かったなぁ、心強い騎士様(ナイトさま)が現れてよぉ」


 あぁ、今度こそ見間違えじゃない。幻じゃない。白いフワフワとした毛玉の様な、可愛らしいぬいぐるみの様な姿の仔犬。そしてあの憎たらしい、芝居がかった口調すら懐かしい。チンピラ達の煽る言葉ももう、気にもならない。僕は万感の思いを込めて彼の名を呼ぶ。


「え、エランティス!」


 エランティスだ!エランティスだった!やっぱり幻なんかじゃなかったんだ!

これ以上無い位に破顔した僕をエランティスは少し安心した様に、チンピラ達は訝しげに見る。

そしてエランティスが、僕に背を向け、代わりに彼らに向き合う様にして座る。そして、その身体からは漏れ出す様にして、肌が粟立つ程の殺気が漂う。顔を見なくても分かる。エランティスは途轍もなく、怒っている。


「……どちらが悪か、問うまでも無いな」

「あ、え?今、こいつ喋って……」

「“(ひざまず)け”」


 この声の発生源が、目の前の小さな犬にしか見えない“もの”から発されていると気付いたチンピラ達の、驚きと疑念の言葉を遮るようにしてエランティスが命じる。そして、その言葉と共にエランティスから魔力が溢れる気配を感じる。次の瞬間には僕を追ってきていたチンピラ達は地面に伏せるようにして倒れていた。一体何が起きたのか分からない僕とチンピラ達は驚きに目を見張る。


「ガッ、なんだっ、コレ!?起き、上がれねぇ!」

「アデッ、イデデデデっ!?」


 チンピラ達の腕や体を起こそうともがいている様子を見るに、上からの圧力なりによって地面に押しつけられているようだ。かなりの圧力がかかっているのか、彼らの手足が数センチたりとも浮く様子は無い。


「“黙れ”」

「「ギャッ」」


 再びエランティスが、魔力を込めながら命じると、彼らにかかって居る圧力が爆発的に増加したのか、地面に置いたバスケットボールの様に一度数センチ程跳ね上がる。蛙の様な無様な悲鳴をあげた彼らはそのまま意識を失ったのか、静かになる。

し、死んで無い、よね?


「竜胆悠、これはどういう事だ?一体何があった?“楔”をどうした?」


 ピクリとも動かないチンピラ達を一瞥する事もなく、振り向いたエランティス。早速始まるお小言に、僕は助かったのだという事を確信する。

 安心したと同時に、今迄押さえ込んでいた感情が、堰を切ったように溢れ出る。


 怖かった。恐ろしかった。魔獣との戦いで感じるものとは違う、初めて感じる“女”としての恐怖。もし、エランティスが僕を見つけてくれ無かったらという、在り得たかもしれない未来を思うと、再び涙が零れ出す。


「ぅ、ぅう……」

「おい、聞いておるのか?……どうした?」

「わ、わかん、ないよ。えぐっ。急にっ、魔法、使えなくなって。チンピラには犯されそうになるし。怖かったし」


 えずきながら、何とかエランティスの質問に答えようとするも、涙と鼻水と、ぐちゃぐちゃになった思考ではまともな返事を返せない。支離滅裂な返事を必死に答えようとする僕をエランティスは優しく制止する。


「……色々聞きたい事はあるが、まずは少し落ち着け」

「エランティスぅ……グスッ……ぅぅぅ……」


 エランティスの小さな体を持ち上げ、まるで人形の様に深く抱きしめる。耳元で聞こえるエランティスの言葉は呆れている風だが、その声色はとても優しい。それが、今の僕にはとてもありがたくて、嬉しくて、涙を止めることが出来なかった。


「ごめん、エランティス、ちょっと、眠い……」


 数分後、やっと泣き止んだ僕が感じたのは酷い倦怠感と、泥の様なあがらい難い眠気。緊張の糸が切れたのか、限界を超えた走行と、その後の号泣で体力を使い果たしたのか、とても眠たい。既に僕の瞼は半分ほど下がり、頭には霞がかかったようだ。ため息と共に出てきた「今は休め」というエランティスの言葉を受け、安心した僕の意識はゆっくりと落ちて行った。

 




◆◇◆◇◆◇






――土下座。


 日本における最大限の崇拝や謝罪の意思を示す際に行われる行為だ。

 土の上に座り、地面に額を付けると言う日常から逸脱した行為をすることで、その恭儉(きょうけん)恐縮(きょうしゅく)の意を示すと言うものだ。


「えっと、あれ、ティアナ、ちゃん?」


 目の前でお手本のような綺麗な土下座をしている少女の名前を僕は呼ぶ。少女の、ティアナちゃんの小さな肩がビクリと揺れる。そして、おそるおそると言った様子で顔をあげる。いつもの年齢の割に大人びた表情や仕草はなりを潜め、今の彼女は悪戯や大きな失敗をしてしまい、親に怒られる寸前の少女にしか見えない。


「ほんっとうに、ごめんなさいっ!」


 そして意を決した様にして勢いよく謝罪の言葉を叫び、再び頭を下げる。しかし、必死に謝られても、心当たりの無い僕にとっては何が何だか分からない。人の目が無いとは言え、こんな小さな少女に土下座をさせている絵面は御免蒙りたい。


「とりあえず頭を上げてよ。それで、何に対して謝ってるのか、分からないんだけど」

「う、えっと、それは、その……」


 僕は身体を無理矢理起こす様にして土下座を辞めさせる。大人しく従ったティアナちゃんは、今ではペタンと礼拝堂の床に女の子座りと言われる座り方で、しかし、表情は恐縮したままで座っている。そんな彼女に、謝られている原因に心当たりの無い事を正直に明かしてみると、少女は言いづらそうに(ども)る。


「……以前、わたしが現界に干渉出来る回数は全部で5回。残りはあと3回って言いましたよね」

「あぁ、うん。そうだったね」


 ……忘れていた。そう言えばそんな事言っていた。この世界から元の世界に戻る時に記憶を失うって話は本当らしく、今、此処に来るまでここに居た記憶は完全に僕の頭の中から失われていた。しかし、どういった原理か、この世界に来た時に記憶は蘇ったらしい。


「……あと2回です」

「えっ」

「あと、残り2回です」


 意を決して罪を告白する少女の声は小さいが、僕にはハッキリと聞こえた。聞こえたのだが、あまりの内容に、思わず間抜けな声をあげてしまう僕に、ティアナちゃんはもう一度だけ同じ言葉を、少しだけ声量を上げて言う。

 あと2回。つまり1回使ってしまったという事だ。一体何時何処で?確か発動するのは『僕が望んだ時』そして、『ティアナちゃんが致命傷に成り得ると判断した時』の二つだった筈だ。僕が望んだ訳ではないから、必然的にもう一つの条件で発動した事になる。


「なっ……いつ? そんな命に係わる事が一体いつの間に」

「……アーニャに抱きつかれた時」

「はっ……?」

「だから、アーニャに抱きつかれた時ですよぅ」



「………………え?」



 涙目で言った内容は確かに聞こえたけれど、僕の頭が理解を拒否してしまう。思わず聞き返してしまうと、目に涙を更に溜めながらティアナちゃんは答える。何度も聞き返してしまったせいか、唇を尖らせ、若干拗ねたような口調になっている。

 『アーニャに抱きつかれた時』。心当たりが無いわけではない。数日前、久しぶりに――と言っても数日ぶりだけれど。アーニャと再開した時、抱きつき摺りついてくるアーニャを引き離すために振り下ろしたチョップ。そこまで力を込めたつもりもなかったけれど、アーニャが気絶する程の衝撃が発生していた。あれはやっぱり魔力が籠っていた一撃だったらしい。


「いつもの癖でつい、魔法使っちゃったんですよ!ごめんなさい!」

「え…… えぇ~っ……」


 納得は出来ないが、合点はいった。詠唱もしていないのにと不思議に思っていたが、ティアナちゃんの仕業だったらしい。しかし――


「勿体ない、って言うか無駄使い……」

「全くもっておっしゃるとおりです……」


 思わず口に出てしまい、ティアナちゃんもさらに恐縮してしまう。僕の命の保険とも言えるティアナちゃんの魔法による介入。それを無駄に消費されるのは確かに心外ではあるけれど。


「いいよ、それはティアナちゃん頼りだったんだし、これは元々君の“もの”でしょ?」

「……ありがとうございます。本当にごめんなさい」


 回数制限があるとは言え、元々助けてもらえる自体が幸運なのだ。少しばかり過失で無駄遣いしてしまっても、僕にそれを責める権利は無い。そう言うと、少しだけ複雑そうな表情をしたティアナちゃんだがすぐに取り直す。

そして今度は逆に気を引き締めたのか、以前の様な、見た目の年齢にそぐわない大人びた表情をする。さっきまでの子供らしい表情とのギャップに、感心と幾許かの滑稽さを感じてしまい、苦笑してしまうけれど。



「それと、本題はもう一つ。悠さん。あなたは今、魔法を使うことが出来ません」


 その言葉を聞いて、僕の苦笑の表情は凍りつく。予想はしていた事。それでも信じられなかった事をティアナちゃんはきっぱりと言い切る。


「……それは、どうして?」

「魔法が、壊れてしまったから」

「壊れた……?」

「願いを否定して魔法を使えなくなる事。“壊れた”と私たちは呼んでいます」


 どこかで聞いたことがあり、記憶を探ると、その答えはすぐに浮かんできた。昼、アーニャと話した時に彼女が言った言葉だ。しかしアーニャは壊れた訳ではないと言っていたのに……


「悠さんの場合は少し特殊なんです。エランちゃんの『魂を物質に定着させる魔術』。

 これによってわたしの身体と魂を定着させることで魔法を扱っています。

 ただ、その魔術の発動条件の一つに“その物質に深い縁のある魂”でないとならないというものがあります」

「……僕とティアナちゃんの間にどんな縁が?」


 今まで話を聞く限り、僕とティアナちゃんに深い縁があるとは思えない。そもそも産まれた場所どころか、“世界”が違うのだ。面識なんて絶対に無い筈である。


「ありませんよ。当たり前ですよね。会った事すら無い人同士に縁もゆかりもある訳がありません。

 ――故に“楔”が必要だった」

「くさび?」

「“ティアナ・ブリュゲルと竜胆 悠は似ている”――そうエランちゃんが確信できる“楔”

 それがあの悠さんが助けた少女。エランちゃんが確信した共通点。

 悠さん。あなたは其れを否定してしまった。助けなければ良かったと願ってしまった。だから楔は抜け、魂の定着が緩み、私の魔法は壊れてしまったんです」

「そんな、ことで?」


 そんな、たったそれだけの事で?僕が自分の墓の前で、あの少女を助けなければ良かったと後悔してしまったから、願ってしまったから魔法が使えなくなってしまったって言う事なのか?


「えぇ、そんな事。たったそれだけの事。ですが、わたし達魔女にとっては不可能な事。

 魔女はその魔法の原点となった願いを忘れることは出来ない。否定する事は出来ないんです。例えそれをどんなに後悔してしまっても」

「……だったら何?僕は自分が死んだ原因を後悔するのも許されないってのか?」


 思わず低い声になってしまう。それを聞いたティアナちゃんは悲しそうに微笑んだ後、少しだけ俯いて謝罪の言葉を述べる。先ほどまでの勢いのあった謝罪よりも静かで淡々としたものだけれど、そこに込められている後悔の量は比べ物にならないものを感じる。


「……それについても謝ります。わたし達の勝手な願いに無関係の悠さんを巻き込んでしまって、その上そんな重石を、理不尽を背負わせてしまって……」

「っ、ごめん、言い過ぎたよ。君達が望んでそんな風にしたわけじゃないって分かっているのに」

「いえ、本当の事ですから」


 僕達の間に気まずい沈黙が漂う。時間にして数秒位であろうけれど、とても長く感じる静寂を破ったのはティアナちゃんの静かに告げる解決策と言う名の難題。


「……一度抜けた楔は使えません。もう一度エランちゃんに別の楔を打ち込んでもらう必要があります。

 あの少女の救出よりも、強く、劇的にエランちゃんに確信させなくちゃならない」


 僕が命を失ってまで助けた少女だ。それよりも劇的に何かをエランティスに確信させろだって?そんなの……


「そんな、事ッ」

「難しいです。ですが、時間もあまり在りません……

 ッ…… こちらも時間、ですか。速いですね」


 その言葉と同時に、いつもの眩暈がする。歪む視界の中で、少しだけあせった様子のティアナちゃんが早口で僕に告げる。待ってくれ、まだ、聞きたいことが……


「悠さん。楔が抜けた以上、あなたの魂をわたしの身体にとどめておくのも限度が有ります。なるべく早く、楔を見付けて下さい。でないとあなたの魂はーー」


 ティアナちゃんの最後の言葉を待たず、僕の意識は再び闇に閉ざされた。見付けれなければ、僕の魂とやらはどうなるのだろう。起きた時、僕は此処の記憶を思い出す事が出来るのだろうか?今の僕には、何もわからなかった。


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