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ホームレス魔法少女~Magic girl lost one's Home~  作者: あかむ
第三章 治にして乱を忘れず、それでも今だけは……
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第二十八話

 朝日さんに警察官達の武勇伝を聞かせて貰った後も、彼と離れるのが嫌なのか、綾の熱烈なアピールは続く。折角だから夕食もここで食べましょうよ、との事だ。流石に其れは、と遠慮する朝日さんだが、綾に引く気配は全く見受けられない。寧ろ、こちらに視線を寄越して何かを合図している。恐らく僕にも引き留めるのを手伝えと言うことだろう。


「食事はいつも少し余ってますし、折角だから食べて行きませんか?明日もお休みでしょう?」

「ちょっと、竜胆さんまで……」

「ほら、ほら!悠ちゃんもこう言ってますし!」


 朝日さんからの彼女を止めてくれという視線をあえて無視をして、僕は綾に加勢する。

 罪悪感が湧くから、そんな裏切られたような目をしないでほしい。


「朝日さん。実は今日僕が料理当番なんですよ」

「え、あ、料理当番とかあるんですね」


 そう、この施設には料理当番と言うものがある。専門の調理師の人達は勿論居るが、彼らの手伝いを通じて料理を習得してもらおうと言うこの施設の方針の一つのようだ。


「お世話になったお礼として、少しでも恩返ししたいんです。料理、食べて行きません?」

「うちも今日料理当番だから、楽しみにしてください!!」


 僕は学生時代は自炊をしていた。さらに居酒屋でバイトをしていた為、料理には多少の心得がある。「普通に美味しい。お前は女子か」という乱れた日本語ととち狂った頭で評価を下してくれたのは、かつての友人だ。その程度の恩返しでも、受けた恩はなるべく早く返していきたい。……後悔しないように。


 ちなみに綾の料理当番は嘘だ。恐らく誰かと無理矢理替わって貰うつもりだろう。


「……わかりました。頂きます」


 しばらく迷った結果、二人掛かりの説得に観念したのか、手料理に惹かれたのか朝日さんは僕達の提案を承諾した。警察署に居た数日の間だけど、見る限り彼の食生活はコンビニ弁当ばかりだ。やはり人が作った料理と比べると劣るし、身体にも良くない。子供のものとは言え彼も人が作った料理を食べたいと思ったのかもしれない。

 尤も――


「そもそも院長に許可貰えたらだけどね」

「大丈夫だよ。それに絶対貰う!何が何でも貰う!」


綾の目が燃えていた。恋する乙女は何やらだろうか。青春だねぇ。


 自信満々だった綾と裏腹に、院長との交渉は少々難航した。

 児童養護施設。何らかの原因で親や後見人といった保護者に養育が出来なく、或いはされなくなった少年少女が集まる施設だ。その中には酷い心の傷を負った子も少なくはない。そして、成人男性に強い抵抗感を示す子もいる。そう言った理由で食事を共にするには許可を出せないという院長。尤もな話だが、綾は納得出来ないらしい。


「みんなと一緒ではなく、別室で僕と綾、そして朝日さんだけなら問題は無いんですか?」

「それはそうですが……」

「お願いします。朝日さんには警察署でとてもお世話になったんです。僕には他に恩返しをする手段が思い付きませんし」

「……分かりました。今回だけですよ」

「やったぁ!いんちょーありがとー!悠ちゃん、どっちが朝日さんに喜んでもらえるか勝負だよ!」


 万歳をして喜びを全身で表す綾。そしてこの宣戦布告である。この様子だとかなり料理には自信があるようだ。

 でも、綾には悪いけど、これは僕の恩返しの意味も含めている。手は抜かないよ。



 それから一時間後。

 自分たち3人だけではなく、この施設全員分の30人前の料理ということもあり、少し時間が掛かった。調理師の人の作った料理を出すわけにはいかないので、僕達の料理は手伝いが終わった後の別作業だ。綾が色々口走ったせいで、僕までもが調理師のお姉さん方の「若いっていいわね」と言うお言葉と暖かい視線を頂く羽目になった。

 いや、僕の場合はそういったものでなくて、ただの恩返しですよ。という僕の言葉は誰も信じてくれてなかった。



 完成した料理を持ち、朝日さんの待つ応接室に入る。恐らく携帯電話を見ているのか、少し俯いている背中が見える。僕が入室した事にも気付いていないようだ。よっぽど集中しているのだろう。


「んー……」


 真剣な顔でスマートフォンを睨みつけ、悩む朝日さん。一体何に対してそんなに悩んでいるのか気になり、近づくと、別に盗み見をしようと思ったわけでもないが、そのスマートフォンの画面がチラリと目に入る。


(なんだ、麻雀のゲームか)


 目に入ったものは様々な絵柄や数字が描かれた14枚の牌。それならば別にみても問題ないかと、集中しているのを邪魔しないようにして画面を覗き込む。有名なアーケード版の麻雀ゲームをスマートフォンアプリに移植したものだ。全国でインターネット回線を介して色々な相手と対戦が出来るというそれなりに人気があるゲームで、僕も何度かやったことはある。尤も、麻雀は学生時代に友達の家で手積みでやっていたのが殆どだが。

 もう少し近づいて配牌を見ると、萬子(まんず)の染め手。しかも面前(めんぜん)聴牌(てんぱい)になっていた。待ちが多くて良い手だがどうやら切る牌が分からないようだ。もしかして初心者なのだろうか?初心者が染め手にして、待ちが分からなくなる事があるのは、僕も経験上知っている。


「そこは八萬(ぱーわん)切りじゃないですか?」

「のわあぁっ!!?」


 いつもの理知的な雰囲気はどこへいったのか、あまりにも素っ頓狂な叫び声を上げる朝日さん。


「驚き過ぎです。それより、時間切れになりますよ」

「えっ、あっ、あぁ」


 残り時間を示すタイマーが放つ赤い警戒色に気付いたのか、言われたとおりに八萬を切る朝日さん。他のメンバーも初心者なのか、長考の後の萬子打牌につっぱって朝日さんの和了。ゲームはオーラスを待たずして終了となった。こちらとしても料理が冷める前に出したかったので助かる結果だ。


「竜胆さんですか、びっくりしましたよ」

「だから驚き過ぎですって。別に勤務中にゲームしてた訳じゃないんですから」

「それでも集中してる時にいきなり声を掛けられたらびっくりすんですよ」

「漫画みたいな慌て様でしたね。それにしても朝日さんみたいな真面目そうな人でも麻雀なんてやるんですね。少し、意外でした」


 勝手なイメージだが、パチンコや麻雀等のギャンブルはやらなさそうにに見える。似合わないと言うか、していて欲しくないと言うか……


「ちょっと上司にね…… 男なら麻雀の一つ位できなくてどうするってさ」


 ……言ったのはあの剣持と呼ばれていた強面の警部なのだろうか。脳内でその発言をしている様子がイメージできる。全くもって迷惑な話である。顔も目つきも無駄に怖いし、警察官より極道の方が向いていると思う――と言った失礼な考えが浮かぶ。あの警部はキライだ。


「今時出来る人の方が少ないと思いますけどねぇ」

「尊敬できる人なんだけどね。どうしてもそこら辺の考え方は古いと言うか……」


 そう言ってどこか嬉しそうに苦笑する朝日さん。何だか少し心の底がムズムズした気がした。

 知らずの内に不機嫌になった僕は、彼に対して少しだけイジワルな質問をする。


「でも警察官が賭博なんてしても大丈夫なんですか?」

「ハハハ、もちろんお金は掛けませんよ。そんな事がばれたら懲戒免職ものです」


 ……なぁんだ。思ったよりクリーンな麻雀らしい。

 イジワルと言うか(ささ)やかな悪戯は失敗に終わった。脅すつもりはなかったけど、その辺りをつついて気を晴らそうというしょうもない悪戯だ。まぁ尤も、ムズムズした感情はもう無くなっていたので、僕自身もあまり残念だとは思ってなかったけれど。


「そうですか、安心しました。チクらずに済んで」

「ちょっと…… 怖いですね。それにしても竜胆さんこそ、麻雀なんてよく知ってましたね」

「まぁ、学せ……じゃなかった、昔ちょっとやった事あるような記憶がどことなーく……」


 ってあっぶない!油断してた!記憶喪失と言う設定を忘れて危うく口走りそうになる。学生時代にやったことがあるなんて口走った時にはどこの学校か?と言った追求は免れない。


「……記憶の方はまだ?」

「……そうですね。まだ何も。それより、料理出来ましたよ」


 少し訝しげだが朝日さんが尋ねる。心配半分、疑惑半分と言った所か。もしかしたら記憶喪失ではないのはとっくにバレているのかもしれない。申し訳なさと気まずさで話題を変える為に僕は料理をテーブルの上に置く。


「おぉ、チャーハンと麻婆豆腐ですか」 

「あまり時間も無かったので簡単なもので申し訳ないんですが」


 嬉しそうな表情を見る限り嫌いなものでは無いようだ。チャーハンはまだしも、辛いものがダメだったらどうしようと少し不安ではあったが、この様子なら大丈夫なようだ。そんな会話をしていると、綾も追って応接室の中に元気よく入ってくる。


「うちも出来た!!うちはから揚げ作りました!」

「二人とも、ありがとうございます。すごく美味しそうです」


 僕が作ったのは、レタスを多めに使ったレタスチャーハン。それと甜面醤(テイメンジャン)が無かったので味噌と砂糖で代用した即席の麻婆豆腐だ。割と早く作れる料理と言え、流石に30人分の料理を手伝った後に作るのは骨が折れる。

 そして綾が作ったのはから揚げとオリジナルドレッシングのサラダ。打合せしたわけではないが、見事に中華で揃っている。から揚げはカラッと揚がっていてかなり美味しそうだ。綾も伊達に料理当番をしていないのか、手際も料理の腕もこの年齢の女子と比べてかなりのものだと思う。しかし、当の本人はそう思っていないのか、さっきから失礼な事を呟いている。


「テイメイジャンって何よ。何で代用品とかすぐに作れるのよ。くっ、なんて女子力……」


 ……女子力って。チャーハンってどちらかと言うと男の料理って感じじゃないか?



「それでは、頂きます」

「「…………」」


 僕と綾は息をのんで朝日さんの箸の行方を見つめる。自信が無い物を出した訳ではないが、それでもやはり人に食べてもらうのはかなり緊張する。最初に朝日さんが箸を、もといスプーンを伸ばしたのは僕が作ったチャーハンだった。隣で綾が少しガッカリした気配を感じる。ごめんね。


「これは…… 美味しいですね。しかも店で食べるみたいにパラパラしてます」

「……ここのコンロの火力のおかげですよ」


 朝日さんの嘘偽りの無さそうな感想にホッとしながら僕は言う。ここの施設のコンロはかなりの火力があったので、学生時代のバイトで調理していた時と同様の感覚で料理を作る事が出来たのだ。

 続いてから揚げを頬張る朝日さん。此方も好評で、綾は照れながらもはしゃいでいた。それを見た僕も、から揚げを食べてみる。カリッとした衣に肉汁が閉じ込められていて、肉は程よい柔らかさだ。うん、美味しい。綾、やるじゃないか。


 その後朝日さんはチャーハンとから揚げをおかわりして、3人の食事会は無事終わった。此方が恐縮するぐらい喜んでいた朝日さんはよっぽど手料理にでも飢えていたのだろうか、お礼として「今度は私がおごります」という言葉に大喜びの綾に引っ張られて次の食事会の予定が決まってしまう。

 恩返しのつもりだったのに、またお返しされては、中々返済が出来ないじゃないか。なんて事を考えながら、僕はハイテンションな綾に振り回されていた。




◆◇◆◇◆◇




――月曜日。

 学生やサラリーマンにとってはとても憂鬱なものだ。かく言う僕も学生時代やサラリーマン時代だった頃は1週間の中で一番嫌いな曜日だった。しかし社会人になった人達なら共感できるかもしれないが、もう一度学生に戻れたら月曜日はとても待ち遠しいものになるだろう。

 実際に体験する羽目になるとは思わなかったけれど、やはり学校と言うのは楽しい物で、憂鬱だった授業もどこか心が躍る。中学生程度の授業内容ならば復習も要らず、まさに人生イージーモードである。

 ……これで魔獣や魔法関連の問題が無ければ、の話だけれども。これだけでハードモード通り越している。


 授業も半分を終え、お昼休憩の時間となる。綾や他のクラスメイトに一緒に食べようと誘われたけど、僕はそれを断り、ある人影を探す。体育館をぐるっと回るようにして歩いていると、目標の人影はあっさりと見つかった。


「アーニャ」

「悠!この前のはやっぱり夢じゃなかったんだ!」


 僕がアーニャの背中に声を掛けると、勢いよく振り返った彼女は満面の笑みになる。この様子だとどうやら僕が来るのを待っていたらしい。


「この前は叩いたりしてごめんね。つい身の危険を感じて」

「いえ、慣れているので大丈夫です。私こそ取り乱してごめんなさい」


 ……ティアナさんとやらは一体何度アーニャに斥力チョップを喰らわせていたのだろうか。僕自身叩くつもりは無かったのに、反射的にと言うか、身体が勝手に動いてチョップをしていた。このやり取りは身体が覚えている程にはやっているのは間違いないのだろうけれど。


「それよりも悠!」

「……アーニャ、声、大きい」

「我慢してください!どれだけ心配したと思ってるんですか!」

「そんな事言われたって…… それにいつもはアーニャやエランティスの方から連絡してくるじゃないか」


 そう、実の所僕はアーニャやエランティスへの連絡手段が無い。いつも彼らからの連絡で事足りるので、あまり気にしていなかったけど、こうなると不便極まりない。何事も必要にならなければ後回しにしてしまいがちだけど、困ってからでは遅すぎる事もある。

 ちなみに連絡方法は携帯電話の様な便利なものでは無く、念話だ。僕は魔術を全く扱えないので、彼女たちの念話を受けるだけと言う一方通行な連絡手段だ。どうにも僕には魔術に対する適正が低く、魔法を扱えても魔術を扱えないという奇妙な状態になっている。


「何故か悠の魔力が掴めなかったんです。遮断やジャミングしてた様子もありませんし、何かあったんですか?」

「いや、特に何も」


 アーニャの言葉を受けて考えてみるも、魔獣と戦ったり襲われた覚えもないし、そもそも最近魔法自体を使っていない。特に魔法に不具合が出る様な事は無かったと思う。


「今も魔力を感じませんね…… でも、私に魔法の籠ったチョップをする位だから、魔法が使えなくなったり、“壊れた”訳では無さそうですし」

「……“壊れた”?」


 随分と物騒な単語が聞こえた。壊れたって何が?魔法が?え、壊れるの?


「……こちらの話です。それより、このままだと連絡手段に困りますね…… 原因が分からないのも不安ですし」


 少し考えた後、話題を逸らすアーニャ。追求したい気持ちはあるが、泣きそうな顔で目を逸らされては問い詰めるにも問い詰めれない。一体何があったのだろうか。

 それにしても…… えー、これ壊れるのか……


「アーニャの家は知ってるし、とりあえず今日は夜にそっちに行くよ」

「そうですか。分かりました。鍛錬も最近してませんし、そちらも一緒にしましょうか」


 言われてみれば…… ここ数日は(せわ)しなくて、サボっていたつもりは全く無かったけど、修行は全くしていなかった。コレがエランティスに知れたらと思うとゾッとする。あいつの事だ。ネチネチクドクドとした説教と、地獄の様な鍛錬が待っている事だろう。


「手遅れだとは思いますけどね。エランティスこういうの鋭いですし」


 ええと、こういう時は何て言うんだっけ。アーメン?ホザンナ?

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