第二十七話
「今日から当院に入る事になった竜胆悠さんです。皆さん仲良くしてあげてくださいね」
「は、始めまして、竜胆悠です。よろしくお願いします」
僕は名前だけの簡単な自己紹介をして、ぺこりとお辞儀をする。こういった時に、何か気の利いた言葉やジョークが出るなら、クラスの人気者にでもなれるのだろうが、生憎と僕はそのような物を持ち合わせて居ない。
お辞儀を終えた僕は顔を上げ、学校の教室位はありそうな集会室を見渡す。この養護施設の住人であろう、30人程度の少年少女達が見える。年代は小学生高学年から中学生だろうか。あまり高校生くらいの子は見当たらない
。
「それでは竜胆さん、一番奥の席が空いて居ますので、そちらへ」
「あ、はい」
まばらな拍手で迎えられながら、僕は示された席に座る。辺りを見回すと、此方を伺うようにする視線に気付く。う、ちょっと居心地が悪い。失敗したかな。
「それでは夕食にしましょうか。当番の方は準備と手伝いお願いします」
そう言って当番であろう数人の子供達と出て行く院長。
え、これで終わり!?僕どうすればいいんだ!このまま無言とか耐えられないよ!?
行かないでと言う心の中の懇願も届かず、アッサリと去っていく背中を見送った。
微妙な沈黙が漂いそうだ。し、仕方ない。此処は勇気を出して隣の子にでも話しかけよう。無言が続けば続く程余計に話し出せなくなる。
「あはは、ごめんね〜。みんな人見知りでさぁ」
話しかけようとした反対側から声が掛かる。危ない!声を出す前で良かった!声出てたら絶対気まずかった!
気を取り直して声の掛かった方を見ると、ショートと日に焼けた健康的な小麦色の肌が特徴的な、活発そうな同年代程度の少女がはにかむ様な表情で笑っていた。ノースリーブの服で、日焼けなんて気にしないといった様相が余計に少女の活発さを強調している。
「ハハ、急に押しかけたようなものだし、仕方ないよ。正直話しかけてもらえてホッとしたし」
「あ、自己紹介まだだったね。うちの名前は芦屋 綾。世田中学校の二年生だよ」
「改めてだけど、僕は竜胆 悠。15歳だから中学二年生かな」
「おー!同い年じゃん!ってか僕?僕っ子ってやつなの!?初めて見たー!」
何と言うか、凄くテンションの高い子である。声も大きいのでこの部屋の中全員に聞こえたであろう。此方を恐る恐る伺っていた他の子達も、僕の周りに集まって、様々な質問を浴びせていく。「好きな食べ物は?」というオーソドックスなものから「好きな男性のタイプ」というませたものまで、果ては「どうして自分の事を僕って言ってるの」という非常に答えづらいものまであった。僕はその一つ一つに、時には嘘を交えながら答えていった。
いそがしい…… 転校生ってこんな気持ちだったんだな……
でも、すこしだけ、悪くないと思っている僕がいた。
「それでもって、こっちが体育館。うちの中学ってバスケが強くて有名なせいか、体育館もバカでかいでしょー!」
いちいちオーバーなリアクションをしながら、芦屋綾さんこと綾が体育館の正面口で紹介する。僕は転校生と言う形で綾と同じ中学校へと編入と言う形になった。かれこれ10年弱以来になるであろう中学校は、記憶にあるよりやけに大きく感じた。まぁ女の子の姿になったせいで、中学時代と比べてもかなり小柄になってしまったせいだけど。
そして綾が何故この中学の施設の説明をしているのかと言うと、彼女と僕のクラスは同じになったため、僕への施設の案内は、既にある程度仲良くなった彼女がやるのがいいだろうという判断らしい。
そんな邪気を振り払うような彼女の陽気と、降るような蝉しぐれと日差しの中に一つの異界の様に横たわる昏い陰気を積み重ねたような空間が見える。
「あ……れ……」
おいおい、待ってくれ、嘘だろう。
その陰気な空間の発生源は、この日差しなど全く届いていないような白い肌と、陽光を浴びて一層輝かしい金髪の、だが、その輝きすら昏い空気を纏った少女……。
「あ、彼女は外国からの留学生で……えっとなんていったっけ。ニーニャじゃなくて、えーっと」
「あ、アーニャ……?」
「そうそう、アーニャ・ガランサスさんだっけ。外国人の人の名前って難しいよねぇ~。……あれ?」
「う、うぅ……悠……悠の声が聞こえる……幻聴?ふ、うふふふ、私もう本格的にダメかも……」
そう、“御使いの魔女”こと、アーニャ・ガランサスだ。アーニャが好んで着る普段見なれたワンピースではなく、僕と全く同じ校章の入ったカッターシャツとプリーツスカートが目新しいが、間違いなくアーニャの姿である。
僕の声が聞こえたらしいアーニャが、虚ろな目で本当にダメそうな声と表情で呟いている。こ、これはヤバそうな顔をしている。
「幻聴じゃないよ!し、しっかりしてよアーニャ!?」
「え、え?嘘、悠ちゃんってアーニャさんと知り合い?知り合いなの?」
驚く綾を余所に、僕はアーニャの肩を掴み少々乱暴に揺らす。力が全く入っていないのかアーニャの首がグワングワンと派手に揺れるが、この際気にしない。その衝撃で流石に目が覚めたのか、全く焦点の合っていなかった目が、僕の顔の辺りで点を結び、その顔が驚愕に染まる。
「悠!?悠なの!?どこ行ってたの!あぁ、悠!」
その時誰かが、いや、心の何処かで最大限の警報が鳴り響いた気がした。
「会いたかった、会いたかったです!」
「うわっ、ちょっと」
まるで猛犬の様に飛びつくアーニャ。あまりの突然の出来事になすすべなく僕は押し倒され、覆いかぶさるように馬乗りになる。
ちょっ、顔の横を突いた手が、頭に直撃してれば破裂してしまいそうな速度だったんだけど!?
「悠、私、心配で、悠、もう私……」
「なっ、ばっ、馬鹿!?何やってんだ!?」
異常な事態は続く。アーニャは僕を押し倒しただけにとどまらず、僕を抱きしめる。
アーニャは こんらん している。
って僕も混乱している場合じゃないし冗談じゃない。こんな公共の場で痴態を晒すのは御免蒙る!
「この……いい加減に、しろっ!!」
「悠、ゆ……ふぎっ!!?」
僕のあまり大きいとは言えない胸に頬を擦り付けているアーニャの脳天めがけて、全力でチョップを叩き込むと、アーニャは奇妙な悲鳴をあげて気絶をしてしまった。
あ、あれ、流石に気絶するほど強くしてないと思うけど?もしかしたら魔術的な加力が加わったのかもしれない……
まぁ魔獣と戦ったりできるアーニャなら大丈夫だろうと、木陰で座るように体勢だけ整えてあげて僕はその場を立ち去る事にする。
「悠ちゃん、いいの?アレ」
「しばらくしたら目を覚ますでしょ。とりあえず今近づきたくない。と言うか近づいたらいけないって気がする」
もしかしたらティアナさんの記憶なのかもしれない。アレは何故かしばしば起こり、そして落ち着けば元に戻るような気がする。……これからはもう少し本能的な警告を意識するようにしよう。
「彼女っていつもクールで近寄り難い雰囲気だったけど、個性的でおもしろい子だったんだね」
「……アレをおもしろい子って言える綾も十分個性的だよ」
僕の周りには変態な友人しか出来ないのだろうか。あ、なぜか目から汗が。
◆◇◆◇◆◇
「竜胆さん」
「あれ、朝日さん。どうしてこんな所に?」
突然の挨拶に少し驚き、その相手を見てもう一度驚く。少し前――と言っても一昨日の話だけど、お世話になっていた朝日警察官だった。
「少し時間が空いたので、様子見と以前に約束した話でもと思いまして」
「え、あ、あぁ。スミマセン、ご足労頂いてしまったみたいで」
そう言えば今日は土曜日。世間一般は休日で、彼もその例に漏れないのだろう。いつも見ていたキッチリ決めたスーツ姿ではなく、ジャケットとスラッとしたパンツできれいめに統一されている私服だ。彼のイメージに添っていてかなり似合っている。
「え?こののかっこいいお兄さん誰!?悠ちゃんの彼氏さん?」
……何故この年齢差で兄とか親戚の前に彼氏と言う選択肢が出てくるのであろうか。この頃の女子中学生の姦しさを目の当たりにして僕は微妙な表情になる。成人男性と中学生のカップルなんて普通に犯罪だ。いや、まぁ、確かに手を出さなければ犯罪にはならないのだろうけど、警察官である彼にそんな噂が立つのは非常に世間体が悪い。確かに彼は警察官と言う将来の安定した職業で、しかも見た目も中々と言う優良物件だが、僕にはまったく興味がない事。風評被害もいいところだ。
「違うよ。ここに来る前にお世話になった刑事さん。いろいろ警察官の話でも聞かせて貰おうと思って」
「若輩者なので大した話は出来ませんよ」
「別に朝日さんの話でなくても、他の警察官の人の武勇伝でもいいですよ」
「そ、そうですか。もしかして将来の夢が警察官とか?」
「そんなところです」
僕の言葉に少しだけ残念そうな顔をする。あれ、今の言葉に落ち込む様な要素があったのだろうか?
「う、うちも聞きたい!うちもお兄さんのお話聞きたいです!」
そう言って手を上げて朝日さんに詰め寄る綾。その目にキラキラと輝くハートマークを幻視する。内容自体より、その語り手である朝日さんに興味がある事が瞭然だ。思春期では女子の方が成長が早いので、このぐらいの年齢の子は歳上に憧れると言うが、彼女も例に漏れないのだろう。
朝日さんは快く承諾して、僕たち二人は仲良く彼の話を清聴している。自分で頼んでおいて何だが、実際彼の話は面白いし、興味深かった。さすがに映画やドラマの様な日本が滅亡するような劇的な事件は無いとは言え、世間一般を騒がせる事件を彼らは解決しているのだ。守秘義務に掛かりそうな部分辺りは誤魔化しているのか少し曖昧だけど。
「少し、喉が渇きましたね…… 何か飲みますか?」
「あ、いえ、お構……」
「うち、アップルジュース!」
いくつかの話を終えた後、彼は一呼吸置き、そう尋ねてきた。わざわざ足を運んでくれた上に奢ってもらう訳にも行かないと断ろうとする僕の声に被せるように、綾のハイテンションな返事が返る。
「悠さんも同じでいいですね?」
「あ、ハイ」
タイミングを逃し、かつ、絶妙なタイミングでの朝日さんの質問に抵抗する気力を失った僕は、思わずそう返事をしてしまう。せめて買いに行くの位と思ったが、軽く静止され、彼はスタスタと立ち去ってしまった。
うぅ、自分の押しの弱さがつらい。
「ねぇねぇ、悠ちゃん。やっぱり朝日さん狙ってる?カッコいいし、落ち着いてて大人って感じだし、いいよねぇ~」
朝日さんから見えなくなったであろうタイミングを見計らって、綾が質問をしてくる。予想はしていたが、やはりそう言う事か。
「狙ってるって…… そんなつもりは無いし、する気も無いよ」
「ほんと!?じゃあうち狙っちゃお!」
一目惚れ――とまではいかないかもしれないが、彼に対してそれなりの好感情を持ったらしい友人を安心させるためにそう言うと、クルクルと踊るようにはしゃぐ。
若いなぁ。これも青春なのかな?なんて、実年齢を考えても感慨に耽るには少し歳が足りないが、僕はついそう思ってしまった。




