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ホームレス魔法少女~Magic girl lost one's Home~  作者: あかむ
第三章 治にして乱を忘れず、それでも今だけは……
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第二十六話

「剣持警部、この子に何をされたのですか?酷く怯えているようですが……」

「大したこたぁしてねぇよ。ちょっと睨みをきかせてやっただけだ」

「失礼ながら言わせてもらいますが、鏡を見られるか、眼科に行かれた方がよろしいですよ」


 眼鏡を掛けた若くて爽やか方の警察官――朝日警官が中年の強面の警察官――剣持警部の顔をうんざりとした表情で見て言う。その言葉を聞いて僕は小さくうなずく。うん、うん、あの顔は怖すぎる。目力が凄いし、どう見ても警察官と言うよりは極道の顔だ。人を数人殺していると言われても納得できそう。


「お前、全く失礼だと思ってないだろ。ったく、硬すぎるから直せとは言ったがよ。あと嬢ちゃん、何か失礼な事考えてるだろう」

「ヒィッ」


 こ、この人は他人の心が読める魔法なり魔術なりを使えるのではなかろうか!?思っていたことを的確に当てられて、悲鳴が出る。すると朝日警官が僕の前に立ち、剣持警部の抉るような鋭い視線から僕を隠すようにして遮る。


「だから怯えているではないですか。後は私がやりますので、剣持警部は席を外してください」


 か、かっこいい……

 って、ハッ!?ときめいてない、僕はときめいてなんかいないぞ。そう簡単に男に惚れたりしない。しないったら。


「分かった、分かったよ。お前に任せるわ」


 横目で此方をチラと見た後、逡巡する様子も無くその警部は手を払うように振りながら退室していった。それを見届けた後、僕は思わず深いため息をつく。自分で考えてるよりも緊張していたようだ。


「言葉遣いや人相は悪いですが、普段は優しい方なのでそんなに怖がらなくても大丈夫ですよ」

「いえ、僕の方こそ…… やたらと怯えてしまってすみませんと伝えて下さい」


 そう言う僕に、やれやれと首を振る朝日警官。


「その事については謝らなくて結構ですよ。睨みつけた警部が悪いので」

「は、ハハ…… あ、そう言えば、何か要件でもありましたか?」


 上司、しかもかなり年上であろう相手にあまりにもぞんざいな扱いである。まぁ相手の方もそれを気にする人間では無さそうだし、これが彼らのちょうどいい距離感なのかもしれない。


「あぁ、すみません。朝食を持って来ましたので、これをどうぞ」


 そう言ってコンビニのサンドイッチと野菜ジュースを僕に渡してくる。時計を確認すると、朝8時。あの後グッスリと8時間も寝てしまっていたらしい。いくらなんでも寝過ぎだ。


「えっ、あぁ、有難うございます。いくらですか?」

「お金はいいですよ」

「でも……」

「子供がその様な事気にしないで下さい」


 朝食のお金を払おうとする僕に、それを拒む朝日警官。何度かその応酬を繰り返すも、全く譲る気のない彼に根負けした僕は、諦めてすごすごと受け取ったサンドイッチと野菜ジュースを膝の上に置く。


「食べ終わったら昨日の続きをしましょうか」

「……いえ、先にお願いします」


 食べながらでも良いと言われたが、サンドイッチに手を伸ばす気にもならず、神妙な面持ちでそう言う僕に、彼は少し迷った表情を見せたが、分かりましたと承諾する。

 その後の取り調べは割とすんなりと進行した。男であった頃の“竜胆悠”はもう死んでいる為、僕の過去は在って無い様な物だ。その為僕は、女の子になる以前の記憶を全く失ったと言う設定で語る事にした。“記憶喪失”だなんて眉唾ものの話だが、どんなに調べても僕の過去は明かす事は出来ないので、結果は変わらないだろう。


「“記憶喪失”…… 俄かには信じがたい話ですが……」

「自分でも、そう思いますけどね」


 信じるか信じないかは別として、一通り僕言い分を聞いた朝日警官は半信半疑と言った様子で呟く。そして、それに対して僕も同意する様に呟く。記憶喪失。正確に言えば健忘。ドラマや漫画で使い古されたネタではあるけれど、実際に現実で言われると、嘘くさく感じてしまう。とはいえ現実的にあり得ないと言うわけではなく、逆向性、前向性などの症状の差異があるが、医学的にも認められている病だ。


「まずは病院。あとは身元の調査になりますね」

「……信じてくれるんですか?」

「正直言えば半信半疑ですが…… 疑っていても始まりません。身元が判明すればはっきりする事ですので」


 そう言って書き込まれた資料を片付ける。どれだけ調べても僕の身元なんて分からない。彼の、彼等の努力が徒労に終わる事を僕は知っている。


「……刑事さん」

「はい、なんでしょう」

「他愛もない雑談として聞いて欲しいんですが、もし、もしも人助けをして、自分に途轍もない不利益を被ったとしたら、どうしますか?後悔、しますか?」


 どうしてこんな事を、見ず知らずの相手に聞いているんだろう。


 後悔すると言って貰いたいのだろうか?――それは嫌だ。僕の死が無駄だったと否定するみたいで。

 後悔しないと言って貰いたいのだろうか?――それは嫌だ。遥の、皆の涙を否定するみたいで。


 どちらに転んでも鬱屈とした質問。自分で自分が嫌になる。それを聞いた朝日警官は少し考える様子を見せた後、質問とは別の問いを投げかける。


「それは記憶の手掛かり、ですか?」

「……分かりません。ただ、とても気になって」

「…………」

「…………」


 それだけ言った後、僕と彼の間に沈黙が横たわる。朝日警官はどう答えたものかと悩むように、僕はこの問いの答えが返ってこない事を祈りながら。

 やけに長く感じられた数分の沈黙の後、僕が質問を取り消そうと口を開こうと思った瞬間、彼は照れくさそうに頬をかきながら、少し小さな声で話しだした。


「わ、笑わないで下さいね」

「え、あ、はい」

「私は、正義の味方に憧れていました」

「え、正義の……」


 意を決したように言う朝日警官の頬は少しだけ赤い。自分の夢を語るのは確かに少し気恥ずかしいものだ。


「女の子はあまり見ないかもしれませんが、テレビや漫画で出てくる正義の味方って怪我したり不利益被ったり、まぁ貧乏くじを引くことが多いです。頑張りを誰にも知られず、評価されない事だってあります。それでも、子供の頃はその姿がとても眩しくて、かっこよかったんですよ。

 私が警察官になろうと思ったのも、正義の味方になりたいって子供の頃の夢の延長なんですよ。だから私も、自分が不利益を被っても胸を張れる人間になりたいんです」


 子供っぽい夢だと言う人も居るのかもしれない。青い理想だと笑う人も居るかもしれない。だけど、今の僕に彼は、とても眩しく見えた。


「と言っても私は物語の人物では無いので後悔はすると思いますけどね。

 会ったばかりの人に話す事では無いですね。すみません、仕事がありますのでこれで」


そう言って逃げる様に部屋を出る朝日警官。よっぽど恥ずかしかったのか、顔が更に赤くなっていたが、僕は笑う気になんてならなかった。


――正義の味方。


 男の子なら誰でも一度は憧れる。僕だってそうだ。

 戦隊もの、ライダー、スーパーマン。世界中で、どんな時代にもスーパーヒーローは子供たちの憧れで、夢だ。誰もが夢想し、望むも届かない空想の英雄。至極当然、当たり前の事だ。誰においても絶対の正義なんてものは存在しないし、絶対の悪も在りえない。

 だけど、それでも誰かを護る為に頑張る人は、その誰かにとってはヒーローで、正義の味方なんだろう。朝日警官もその一人だ。彼も警察官と言う仕事を通じて正義の味方になろうとしている。

 そして漫画やアニメの世界の様に、人知れず化物と誰かを護る為に戦うヒーロー。今の僕はまさにソレじゃないか。いつか夢見た正義のヒーロー。其れになる事が出来たと思えたら……


(そう、思えたら、この後悔も少しは無くなるのかな)


 まだ割り切る事は出来ない。此れで良かったと思う事は出来ない。元の家族や友人たちとの繋がりを切り捨てる勇気はない。だけど、この胸の中に残る燻りが、少しだけ楽になった気がした。

 ふと、膝の上にあったサンドイッチの存在を思い出す。それは有名な全国チェーンのありふれた、2,3種類のサンドイッチの入った三角形のミックスサンドだ。その中でも、サンドイッチの中では一番の好物のツナサンドを取り出し、少しだけチビリと齧る。


「ん、おいし……」


 疲れていた所為だろうか、コンビニのものの筈のサンドイッチは、やけに美味しく感じた。







「……俺の勘もまだまだ捨てたもんじゃねぇな」


――剣持は鑑識から上がって来た資料を乱雑な机の上に放り投げながら呟く。その資料に書かれていたのは、二つの手形と、それに対する鑑定結果。指紋の様に千差万別では無いが、人の手というものは様々な形をしている。小さい手、大きい手、指の長さも太さも様々だろう。


――竜胆悠と名乗る少女と、若者連続殺傷事件の犯行者、天野 勇一の手首に残された手形。その二つが同一人物である可能性――80%。

――それは証拠とするには曖昧だが、容疑を掛けるには十分過ぎる数値だった


「朝日には……まだ言えねぇな」


――――恐らくあの少女の戸籍について調べているであろう若き警官の顔を思い出しながら、剣持は一人呟いた。





◆◇◆◇◆◇





 あの補導された日から数日後、僕はとある児童福祉施設の前に朝日警官と共に立っていた。当たり前だが、調べたところ僕の戸籍も、過去の情報も痕跡も全く出てこなかった。調査はまだ続くとは言え、現状ではらちが明かないと判断されたのか、当面の処置として無戸籍児扱いで施設に保護という形になったらしい。

 警察署からは逃げようと思えば逃げられた。だけど、逃げ出さなかった。これ以上警察の人達に迷惑を掛けたく無いと言う思いが強かったし、それに何故だかそんな気にならなかったんだ。


 目の前にある施設は2階建てのコンクリート造の建物で、アパートと言うよりは公民館のような公共の施設の様な出で立ちだ。


「記憶を取り戻す様な手掛りを全く掴めなくてすみません……」

「いえ、僕の方こそいろいろ調べさせてしまったようで、ごめんなさい」


 お互いに謝ると言う、何とも日本人らしい会話をしながら、僕達は門の中に向かう。玄関の前には何とも柔和そうな雰囲気の50歳くらいの男性が立っていた。恐らくあの人が、この施設の責任者になるのだろう。


「お疲れ様です、わざわざこんなところまで有難うございます」

「こちらこそ、お出迎えしていただいて済みません」

「これから宜しくお願いしますよ、竜胆さん」

「はい、こちらこそ宜しくお願いします」


 その後は朝日警官と男性の二人で簡単な連絡事項の交換を行い、それはあっさりと終わった。ある程度は既に段取通りらしく、こんな簡単なものなのかと拍子抜けしたくらいだ。




「朝日刑事さん。短い間ですが、お世話になりました」

「どうも。先程も言いましたが、力になれずに申し訳ないです。記憶の方、戻るといいですね。」

「いえいえ、感謝してます。ありがとうございました。残業までして調べて頂いたみたいで」

「えっ、どうしてそれを?」


 彼は遅くまで残業をしてまで僕の身元を調査してくれていたのだ。自分から明かしはしないが、剣持警部が僕にバラしていたのだ。曰く、あのバカ残業代もあげないで勝手に調べてやがる、と。


「えーっと……」

「あぁ、いえ、大丈夫です。出所(でどころ)は一つしかありませんでした」


 渋い顔をして言う様子を見る限り、情報の出所を察したらしい。恐らくその予想は当たっていると思う。


「何か新しい事が分かれば、また連絡します」

「ありがとうございます。

 ……あの、お願いがあるんですが」

「はい、なんでしょう?」

「迷惑でなければ、暇なとき…… 本当に暇な時で良いので、またお話聞かせて貰ってもいいですか?」

「え、それは、構いませんが…… どうしてですか?」


 至極当たり前な質問。いきなりこんなお願いをされれば、誰でも面食らうだろう。理由を打ち明けるのは何だかとても気恥ずかしくて、彼の顔を視ずに僕は一気に答える。


「だって、かっこいいじゃないですか。正義の味方。それじゃあ、また」


 それだけ言って僕は踵を返して施設の中に走り込んで行った。

 だから、彼がどんな表情をしていたのか、僕は知らない――

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