第二十一話
家族連れやカップル、友人同士であろうか数人のグループと言った老若男女――比較的主に若年層の人々で溢れかえり、活気に満ちた喧騒が聞こえる。大きく吹抜けとなったメイン通路は天窓からの光で明るく照らされており、左右どちらを見ても様々な、主にブティック関連の店がズラリと並ぶ大型商業施設、ショッピングモールだ。mall――遊歩道の名が示す通り、歩いているだけでも楽しめそうな程の華やかさに満ちた空間だが、対する僕は引きつった笑みと罪悪感で一杯だった。
ここは以前僕が切り裂き魔との戦いで地下の駐車場を破壊してしまったあのショッピングモールなのだ。地下の柱や壁、天井をボコボコに凹ませてしまった為、安全性を確認するとかでしばらく営業停止していたが、つい先日どうやら無事再開したらしい。已む無しとは言え、ボコボコにしてしまった犯人である僕としては非常に後ろめたいと言うか、出来れば近づきたくは無い場所であった。
「それにしても、無事営業再開してよかったですね」
道中でアーニャはこういう店が好きと言っていた。あちらの世界では文明はそこまで発達していない為、このような巨大な店と言うのは存在しないらしく、今にもスキップを始めそうな程浮かれながら歩いている。そして、先の一言だ。その無邪気な笑みに嫌味を言っている様子は感じられないけれど、営業停止していた責任の一端を担う僕としてはその純粋な笑みが辛い。
「ハハ、壊した側としては頭が下がる思いだよ……」
「……えっ?」
「えっ」
アーニャが唖然とした表情で此方を見ている。少し顔を開けて呆けた表情をしている。対する僕も恐らくは似たような表情をしているのだろう。慌ててぽかんと開いていた口を閉じる。
この、反応は、あれ?もしかして、僕が壊したって知らなかった?
「悠が、壊したの?」
「え、あ、うん……」
「悠、私達まだ、友達になったばかりだけど、その、悩みあるなら、聴くよ?」
「ちょっ!?」
酷い、まるで犯罪者扱いだ!アーニャの憐憫の視線と、言葉を選ぶように一言一言躊躇しながら話す姿に僕の精神力はがりがりと音を立てて削られる。あ、でも確かに壊したのが僕だから、器物破損の犯人で間違いないのか…… うぅ、胃が痛くなってきた。
「あの時は仕方なかったんだって!魔獣じゃないけど、異世界から切裂き魔がこっちに来てたんだし!そいつが滅茶苦茶強くて、辺りの事気にする余裕も無かったし!エランティスだって知ってるよ!」
「え?エランティスもその場に居たの?」
「あ、あぁ、うん。あの場所に連れてきたのもエランティスだし」
「それは…… 妙ですね……」
「妙?」
手を口元に当ててアーニャが考え込む。今の会話の内容に何か変な事があっただろうか?
「エランティスがその場に居たのなら、どうしてその破壊された部分を直さなかったのでしょう?」
「ぁ……」
「エランティスは再生と探知の魔術を得意としています。複雑な機械や植物や意思を持った生物で無ければ元のように戻す事は容易なはずです」
そう言われてハッとなる。言われてみれば確かに妙だ。修行の間、エランティスは破壊された樹木や壁等を魔術で修復していた。僕とアーニャは二人して考え込む。道行く人たちが通路のど真ん中で立ち止まって考え事をしている僕達二人を見て、怪訝な顔と迷惑そうな顔をしている事にも気が付かずにしばらくあれこれ考えてみるが、全く、さっぱり見当が付かない。僕がお手上げだとばかりに肩を竦めて頭を振ると、アーニャも似たような仕草で首を振る。
「結局はエランティスに聞かないと、分からないって事か」
「そうですね……。この問題もエランティスが戻ってくるのを待つしかなさそう。まぁ今日はデートを楽しみましょう」
デートね……。その言葉を聞いて顔が熱くなるのを感じる。自分でも顔が赤くなっているのが分かる。友達感覚とはいえ、こんな可愛い子にデートと言ってもらえるのは正直嬉しい。断っておくが僕は決してロリコンではない。そう、これはこう、父性と言うか、きっとそういうものに違いない。
◆◇◆◇◆◇
「これなんてどうでしょう。アミノ酸系のシャンプーなので髪への栄養補給も出来て、悠の髪質にも合いそうなんですけど」
1本千円のワインがあれば、数十万のワインがあるように、100グラム200円の牛肉があれば一万円の高級品があるように、“物”の値段には同じような物でも、途轍もない程の格差が出る。かと言って実際にその高級なワインやお肉が安価なものと比べて、本当に100倍も50倍も美味しいのかと言われると、それは誰にも分からないが、僕は違うと思っている。結局は希少価値と手間、そしてブランドネームによって値段を付けられてしまうのが経済の常と言うものだ。
つまりですねアーニャさん、僕が何を言いたいのかと言いますと。
「シャンプーで1本6,980円は、高すぎるんじゃない……?」
最初見た時、桁を一つ間違えてるのかと思ったよ。
「まぁ確かに実際に使ってみないと合う合わないがありますしね。それならこの小さいのはどうでしょう」
それでも1本3,000円だ。と言うかさっきの量の1/3位だから実質数量当たりの単価はもっと高くなっている。
「ごめん、アーニャ……。もっと安いのでお願い……」
「えっ……。あっ、あぁ、ごめんなさい。そうですね、金額とか全く考えていませんでした」
「ハ、ハハハ……。ごめんね、せっかく選んでくれたのに……」
アーニャはお嬢様か何かなのだろうか。金額と言うのを全くと言っていい程気にしている様子が無い。確かに高いものはそれなりにいいものであるだろうけど、多くの一般人は自分の財布の中身と折り合いをつけて、妥協をするものだ。だけどアーニャはそう言った気配が全くない。それがどんな値段であっても、質の良い物を優先するという感じだ。貧乏人としてはその感性に若干ひいてしまう。
「今のシャンプーじゃダメ、かなぁ」
「それはダメです。いいですか、悠。悠が今使っていると言ったシャンプーは硝酸系と言って、洗浄力が強すぎるので頭皮や髪そのものに必要な脂質まで取り過ぎてしまいます。皮膚に残りやすく、毛根などに悪影響をおよぼすこともあるんです」
まずい……。と思ったときは既に手遅れだった。アーニャの美容関係のスイッチ、いや地雷を踏んでしまったことに気付く頃には、ありがたい講義が始まる。それにしても、良くかまずにこれだけ出て来るものだ。
「悠の髪質はティアナと恐らく同じです。あの子も結構痛みやすい髪質でした。それなのにティアナったら髪を洗うのを適当にガシガシガシガシと……。ちゃんと手入れすればもっと綺麗なのに……」
「すとっぷ、ストーップ。分かったから、分かったから。ちゃんとアーニャの言うとおりに髪を洗うし、スキンケアもするって」
「む、そうですか。それならまぁいいですけど」
まだ喋りたかったのだろうか。若干拗ねた表情をするアーニャ。だがこれ以上講義を聴いている余裕も体力も僕にはない。女の人はいくらでもしゃべり続けることが出来ると言うけれど、アーニャも中々のものらしい。
結局、シャンプー、コンディショナー、洗顔用の石鹸、スクラブ入りの洗顔料、化粧水、そして乳液を買うことになった。更には美容液やクリームも付けたりするらしいけど、予算の都合上断念した。と言ってもアーニャに無理やり買わされたと言う訳でもない。この身体は元はティアナという少女のものだ。女性としてのケアを疎かにしてしまうのは、姿を借りているティアナさんに失礼だからと言う気持ちがある。かと言って女になってしまったばかりの僕では、“女の常識”と言うものが全く分からないので手の付けようが無かっただけなのだ。
すべてを買い揃えた時には外は少し暗くなり始め、モールの中はライトアップが付き始めていた。意匠の凝った照明が様々な形で光を放つのはとても綺麗で、最近常に非日常の中に居た僕にとって、当たり前の光が、やけに幻想的に見えて仕方なかった。
滅入りそうになる気分を振り払うため、頭を振って僕はアーニャに話しかける。
「そういえばお腹もすいたし、何か食べに行こうか?」
「あら、いいですね。何にしましょう」
そう言って楽しそうに微笑むアーニャ。ここは元男として少しぐらいかっこつけたいところだ。こっそりと100円均一で買った財布の中身を確認してみる。
ん?
見間違いかな。
財布の中に、小銭が数枚しか見えない。
目をこすってもう一度確認するも、財布の中身は増えそうになかった。
「…………」
「ぁっ……、悠?ここは私が出しますよ」
僕の表情を見て察したであろうアーニャが言う。中学生位の少女に奢ってもらう事になり、かっこつけるどころか元男としてのプライドはズタズタだった。傍から見たら財布の中身を涙目で見ながらプルプル震える憐れな少女でしかなかったが。
◆◇◆◇◆◇
僕達が居るのはショッピングモールのレストランエリア、その中の大衆向けのフレンチレストランの中だ。少々割高だけど、焼き立てのパンが食べ放題を売りにしているらしく、店中から焼き立てのパンのいい香りがする。パンはバイキング形式になっているらしく、オーダーを終えた僕達はさっそくパンのおいてある一角に向かうと、香ばしい匂いが更に強くなり、ますます食欲をそそる。パッと見ただけでも20種類くらいのパンが並んでおり、目移りして仕方ない。
あー、あのチーズの美味しそうだな……。ヨモギのも良さそう……。
「ゴメン、アーニャ。ご飯まで奢ってもらって」
「いいんですよ。無理矢理買い物に誘ったのは私ですし。それより、あの、さっきのシャンプーとかのお金も……」
「いや、それはいいよ。元々いつか何とかしないとって思ってたけど、とっかかりも知識も無くて困ってた所だから」
「そう、ですか?それならいいんですけど。ところで悠……」
「ん?」
「そのパン、ホントに全部食べますの?」
「…………」
指摘されて視線を皿に向けると、そこには7個のパン。男の時はこのくらいなら確かに食べ切れたんだ。食べ放題とかだと、ついつい勿体ないからと、食べれるだけ取ってしまう事は誰にでもある事だろう。
「ごめん、手伝って……」
この身体になってからは男の時と比べて、胃袋のかなり許容量が少なくなっている。パン自体は一つ一つはそこまで大きくないとは言え、流石に一人で7個は食べきれないし、取り分けたものを今更戻すわけにもいかないので、敢え無く救援を求めた。
うぅ、何か情けない姿を見せてばかりだ。
「さて、そろそろ帰りましょうか」
そう言ってアーニャが席を立つ。皿の上のパンは無事にすべて僕達のお腹の中に片づけられた後だ。
夕食を食べ終わって時間を確認すると、21時前を指していた。時間にすると延べ7時間はここに居た事になる。久々の買い物とはいえ幾らなんでも長居しすぎだ。レストランエリア以外は閉店作業を始めていて、今にも蛍の光が流れ出しそうだ。いや、ショッピングモールで流れないとは思うけど。
「お風呂はどちらの家に行きます?悠の家?それとも私の?」
「えっ?」
「『えっ』って、使い方も教えると言ったでしょう?お風呂が無ければ髪や顔洗えないでしょ」
「……あぁ」
言われてみればその通りだ。しかし、今は女と言え年頃の女の子の部屋にあがるのは問題がある。かと言って僕の家というのも問題がある。僕の家、無いんだよね。寝泊りしているネットカフェに一応有料のシャワーもあるが、どう見ても一人用で、二人で入るには小柄な僕達とは言え少々無理がある。ううん、でもアーニャの家のお風呂を借りるってのも気恥ずかしいし……
悩む事数分、そもそも今日のネットカフェに泊まるお金すら無かった事を思い出した僕は、観念して彼女の家のお風呂を借りる事にした。
「アーニャの、家で、お願いします……」
「それでは私の家に行きましょう」
にっこりと微笑むアーニャはどこか嬉しそうだった。うーん、アーニャは僕のが男だって知っているはずなのに平気なのだろうか。




