巡る世界で
決戦から数日。
神奈川支部には、いつもの日常が戻っていた。
屋上には穏やかな風が吹いている。
「いやぁ、本気で終わったと思ったわ。」
フェンスにもたれたエースが大きく伸びをする。
「ギンちゃん、あの時俺のこと盾にしようとしたろ。」
「してねえよ。」
「絶対した。」
「してないって。」
二人は睨み合い――同時に吹き出した。
「はいはい。」
ユズが苦笑する。
「また始まった。」
笑い声が風へ溶けていく。
何気ない午後。
どこにでもあるような日常。
その光景を、一人の青年が静かに見つめていた。
「……。」
書類を抱えたまま、屋上の入口へ立つ。
「あ。」
ギンが気付く。
「補佐官。」
「……。」
青年は小さく首を振る。
「補佐官で構いません。」
「いや、もう誰も信じてないって。」
エースが笑う。
ユズも小さく微笑んだ。
「今日はどうしたんですか?」
「近くまで来たので。」
「絶対それだけじゃないだろ。」
ギンが笑う。
「最高司令ってもっと忙しいもんじゃねえの?」
青年は少しだけ考えて。
「……そうですね。」
それだけ答えた。
短い沈黙。
風が吹く。
青年は踵を返す。
「失礼します。」
「もう帰るのか?」
「はい。」
歩き出す。
あと数歩で扉。
そこで青年は立ち止まった。
「……ギン。」
「ん?」
呼ばれた本人だけが振り向く。
青年は振り返らない。
ただ静かに。
前を向いたまま言う。
「……ありがとう。」
それだけだった。
屋上を後にする。
「……え?」
ギンは首を傾げる。
「俺、なんかしたっけ?」
「知らない。」
エースが肩をすくめる。
「変な補佐官だな。」
「でも。」
ユズは少しだけ微笑んだ。
「いい人なんだと思う。」
三人はまた笑い始める。
「きゅう!」
笑い声が屋上へ響く。
青年は廊下を歩いていた。
その声だけを聞きながら。
足を止めることはない。
もう振り返らない。
その必要はなかった。
守りたかったものは。
もう、そこにあった。
屋上から聞こえる笑い声は、いつまでも途切れない。
それでよかった。
本当に、それだけでよかった。
世界は巡る。
悲劇も。
願いも。
誰かが託した想いも。
それでも。
今日、この世界には。
誰一人、欠けていない。




