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VERSE0.0-世界政府記録アーカイブ文書001  作者: 甘酒
エピソード8
92/94

封じる裂け目

中央作戦指揮所。


 無数のモニターに映る戦場を、青年は静かに見つめていた。


 時計の針が進む。


 あと数秒。


「最高司令!」


 通信士が声を張る。


「敵部隊、前進を停止!」


「各戦線で撤退行動を確認!」


 その瞬間だった。


 青年は静かに目を開く。


「……来ました。」


 その一言だけだった。


 室長が青年を見る。


 青年はすでに次の命令書へ手を伸ばしていた。


「全戦線へ。」


 静かな声が指揮所へ響く。


「封鎖作戦を開始します。」


 空気が変わる。


「ダージリン。」


『はい。』


「予定どおり。」


『了解しました。』


 それだけで十分だった。


 説明はいらない。


 すべて準備してきた。



 世界各地。


 裂け目を囲む術師たちが、一斉に術式を展開する。


「開始!」


 巨大な魔法陣が地面いっぱいへ広がる。


 同時に。


 神々の加護が天から降り注いだ。


 裂け目そのものが光に包まれる。



 指揮所。


「裂け目に変化!」


「閉鎖反応を確認!」


 室長が息を呑む。


「……まさか。」


 青年は静かに頷いた。


「敵は帰還を始めています。」


「ならば。」


「帰路を閉じます。」


 室長は思わずモニターへ目を向ける。


 そうか。


 だから待っていたのか。


 敵が最も無防備になる、この瞬間を。



 裂け目が閉じ始める。


 ゆっくりと。


 しかし確実に。


 黒い裂け目は細くなっていく。


 怪異たちが慌てて飛び込もうとする。


 間に合わない。


 裂け目はさらに狭まる。


 向こう側から、初めて悲鳴が響いた。


 聞いたこともない言葉。


 それでも。


 恐怖だけは伝わってくる。



「最高司令!」


「敵部隊、混乱しています!」


「撤退できません!」


 青年は静かに命じる。


「封鎖出力、維持。」


「加護、継続。」


「術式、固定。」


 迷いはない。


 一度目では。


 何度も。


 何度も。


 この瞬間を見送るしかなかった。


 今日は違う。


「……帰さない。」


 小さな呟き。


 誰にも届かない。


 その一言だけが。


 長い年月を越えてきた彼の決意だった。



 やがて。


 最後の裂け目が閉じる。


 音はなかった。


 ただ。


 空から黒い裂け目が消えた。


 世界中の空が、本来の青さを取り戻していく。


 静寂。


 そして。


『勝った……。』


 誰かの呟き。


 それをきっかけに。


 歓声が広がった。


『やった!』


『終わったぞ!』


『全戦線、制圧完了!』


『人的被害、最終確認!』


 通信士が震える声で報告する。


「……死者。」


 一度言葉を飲み込む。


 もう一度、画面を見直す。


「死者……ゼロ。」


 指揮所から音が消えた。


 誰も言葉を発せない。


 信じられなかった。


 あれほどの戦いで。


 世界規模の総力戦で。


 誰一人、欠けていない。


 室長はゆっくりと目を閉じた。


「……完全勝利、ですな。」


 青年は答えない。


 ただ。


 モニターに映る世界地図を見つめ続ける。


 そこには最後まで、消えることのなかった無数の光点が輝いていた。


 青年は静かに息を吐く。


(……守れた。)


 その安堵だけを胸にしまい。


 誰にも見せることなく、再び最高司令として前を向いた。

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