封じる裂け目
中央作戦指揮所。
無数のモニターに映る戦場を、青年は静かに見つめていた。
時計の針が進む。
あと数秒。
「最高司令!」
通信士が声を張る。
「敵部隊、前進を停止!」
「各戦線で撤退行動を確認!」
その瞬間だった。
青年は静かに目を開く。
「……来ました。」
その一言だけだった。
室長が青年を見る。
青年はすでに次の命令書へ手を伸ばしていた。
「全戦線へ。」
静かな声が指揮所へ響く。
「封鎖作戦を開始します。」
空気が変わる。
「ダージリン。」
『はい。』
「予定どおり。」
『了解しました。』
それだけで十分だった。
説明はいらない。
すべて準備してきた。
◇
世界各地。
裂け目を囲む術師たちが、一斉に術式を展開する。
「開始!」
巨大な魔法陣が地面いっぱいへ広がる。
同時に。
神々の加護が天から降り注いだ。
裂け目そのものが光に包まれる。
◇
指揮所。
「裂け目に変化!」
「閉鎖反応を確認!」
室長が息を呑む。
「……まさか。」
青年は静かに頷いた。
「敵は帰還を始めています。」
「ならば。」
「帰路を閉じます。」
室長は思わずモニターへ目を向ける。
そうか。
だから待っていたのか。
敵が最も無防備になる、この瞬間を。
◇
裂け目が閉じ始める。
ゆっくりと。
しかし確実に。
黒い裂け目は細くなっていく。
怪異たちが慌てて飛び込もうとする。
間に合わない。
裂け目はさらに狭まる。
向こう側から、初めて悲鳴が響いた。
聞いたこともない言葉。
それでも。
恐怖だけは伝わってくる。
◇
「最高司令!」
「敵部隊、混乱しています!」
「撤退できません!」
青年は静かに命じる。
「封鎖出力、維持。」
「加護、継続。」
「術式、固定。」
迷いはない。
一度目では。
何度も。
何度も。
この瞬間を見送るしかなかった。
今日は違う。
「……帰さない。」
小さな呟き。
誰にも届かない。
その一言だけが。
長い年月を越えてきた彼の決意だった。
◇
やがて。
最後の裂け目が閉じる。
音はなかった。
ただ。
空から黒い裂け目が消えた。
世界中の空が、本来の青さを取り戻していく。
静寂。
そして。
『勝った……。』
誰かの呟き。
それをきっかけに。
歓声が広がった。
『やった!』
『終わったぞ!』
『全戦線、制圧完了!』
『人的被害、最終確認!』
通信士が震える声で報告する。
「……死者。」
一度言葉を飲み込む。
もう一度、画面を見直す。
「死者……ゼロ。」
指揮所から音が消えた。
誰も言葉を発せない。
信じられなかった。
あれほどの戦いで。
世界規模の総力戦で。
誰一人、欠けていない。
室長はゆっくりと目を閉じた。
「……完全勝利、ですな。」
青年は答えない。
ただ。
モニターに映る世界地図を見つめ続ける。
そこには最後まで、消えることのなかった無数の光点が輝いていた。
青年は静かに息を吐く。
(……守れた。)
その安堵だけを胸にしまい。
誰にも見せることなく、再び最高司令として前を向いた。




