最終決戦
空が、裂ける。
世界中で。
無数の次元の裂け目が同時に開き、黒い怪異たちが雪崩れ込んできた。
その数は、一度目を知る者がいれば絶望したであろう規模だった。
だが――。
『第一波、接敵!』
『予定どおりです!』
『各部隊、作戦Cへ移行!』
通信に混じる声は、不思議なほど落ち着いていた。
誰も慌てていない。
誰も取り乱していない。
すべてが、準備してきたとおりに進んでいた。
◇
「ユズ!」
「うん!」
二人は同時に駆ける。
ギンの剣が怪異の腕を断ち切り、その隙へユズの一閃が走る。
黒い霧が風へ溶けていく。
「右!」
「任せて!」
言葉は短い。
それだけで十分だった。
互いの動きは、もう考えるまでもなく噛み合っている。
ギンは思わず笑う。
「なんか今日、やりやすいな!」
「私も!」
ユズも笑い返す。
「ちゃんと周りが見えてる!」
その声を聞きながら、後方の隊員たちも次々と前へ出る。
「今だ!」
「押し返せ!」
戦線は崩れない。
誰一人、倒れない。
◇
『ギン!』
無線からエースの声が飛び込む。
『そっち聞こえるか!』
「聞こえてる!」
『東側片付いた!』
『これからそっちへ回る!』
その声に、ギンは自然と笑みを浮かべた。
「ああ! 待ってる!」
通信が切れる。
それだけのやり取りだった。
それだけで十分だった。
エースは、生きている。
◇
「神奈川方面、加護を追加します。」
ダージリンは無数の術式が描かれた大型モニターを見つめる。
「第三班へ、防御結界。」
「第四班へ治癒支援。」
「……間に合う。」
補佐官が驚いたように顔を上げる。
「すべて予定どおりですね……。」
「ええ。」
ダージリンは静かに頷いた。
「最高司令のおかげです。」
◇
「解析終了!」
ココアの指がキーボードを駆ける。
「敵増援、あと四十秒!」
「みんな、そのまま耐えて!」
通信の向こうから返事が返る。
『了解!』
『四十秒なら持つ!』
ココアは画面を見つめたまま、小さく息を吐く。
「……すごい。」
自分たちが解析する前に。
最高司令は、もう答えを知っていた。
◇
世界政府本部。
中央作戦指揮所。
巨大な世界地図には、無数の光点が映し出されている。
そのどれ一つとして、消えていない。
「西ヨーロッパ戦線、優勢!」
「北米支部、制圧率七十五パーセント!」
「南極方面、敵部隊後退!」
報告が次々と上がる。
指揮所には、これまでにない熱気が満ちていた。
青年は静かにモニターを見つめている。
「最高司令。」
参謀が声を掛ける。
「敵主力、予測どおりです。」
「……はい。」
青年は頷いた。
「予定時刻まで、あと九分。」
その一言だけで、参謀たちは理解する。
ここからが本番だ。
◇
戦場では、名もない隊員たちも戦っていた。
「後退するな!」
「援護入る!」
「大丈夫か!」
「平気だ!」
倒れそうになった仲間へ、すぐ別の隊員が肩を貸す。
傷ついた者には治療班が駆け寄る。
誰かが孤立する前に、必ず誰かが支える。
一人で戦う者は、誰もいなかった。
◇
青年は静かに時計を見る。
予定より三十七秒早い。
誤差の範囲だ。
やがて。
敵の動きが、わずかに鈍る。
モニターに映る怪異たちの進軍速度が落ち始める。
青年は誰にも聞こえないほど小さく呟いた。
「……来た。」
待ち続けた瞬間。
何度も夢に見た瞬間。
一度目には、誰も止められなかった時間。
今度は違う。
青年は指揮卓へ手を置く。
その瞳だけが、静かに鋭さを増していく。
「全戦線へ通達。」
指揮所の空気が張り詰める。
「最終段階へ移行します。」
その一言を合図に。
世界政府は、決着をつけるための最後の一手へと動き始めた。




