アベンジ
円卓が告げた「決着の時」は、静かに近付いていた。
世界政府本部。
中央作戦指揮所には、昼夜を問わず通信が飛び交い、大型モニターには世界中の裂け目観測情報が映し出されている。
職員たちは休む間もなく走り続けていた。
「東第三防衛線を一キロ後退。」
指揮卓の前で、一人の青年が淡々と言う。
「ですが最高司令。」
参謀の一人が首を傾げる。
「敵の進行予測は西側です。」
「変わる。」
短い返答。
「三分後に。」
参謀は戸惑いながらも命令を書き換える。
「……了解。」
数分後。
通信士が声を張り上げた。
「敵部隊、進路変更!」
「東第三防衛線へ向かっています!」
指揮所がざわめく。
青年は、何事もなかったかのように次の資料へ目を落とした。
「北部支部。」
「はい。」
「増援を一個中隊減らしてください。」
「理由を伺っても?」
「必要ありません。」
短い沈黙。
「代わりに神奈川へ。」
「……承知しました。」
誰も理由を聞かなくなっていた。
これまで何度も。
青年の判断は、すべて正しかった。
◇
少し離れた場所で、その様子を室長は静かに見つめていた。
迷いがない。
考えているというより。
思い出している。
そんな指揮だった。
「……最高司令。」
青年が振り向く。
「何でしょう。」
室長は少しだけ笑う。
「失礼なことを申し上げます。」
「構いません。」
「あなたは。」
一拍置く。
「まるで、この戦を経験したことがある方のようですな。」
青年は何も答えない。
ほんのわずかに。
その視線だけが揺れた。
「……慎重なだけです。」
静かな返事。
室長は小さく頷いた。
「そういうことにしておきましょう。」
それ以上は聞かない。
聞くべきではないと、本能が告げていた。
理由など、もうどうでもいい。
目の前の青年が、人類を勝たせようとしている。
それだけは疑いようがなかった。
◇
指揮所の空気は、これまでとは違っていた。
誰も諦めていない。
誰も死を覚悟していない。
勝つための準備だけが、着々と積み重ねられていく。
「装備点検、完了!」
「転移門、全基稼働確認!」
「各支部との同期、異常なし!」
次々と報告が上がる。
その中で、一人の若い隊員が装備を握り締め、小さく呟いた。
「……今度こそ。」
誰に向けた言葉でもない。
「今度こそ、全員で帰る。」
青年はその声を聞いていた。
しかし振り返らない。
ただ静かに、新しい命令書へ判を押す。
その一枚一枚が。
誰かの未来を書き換えていく。
やがて。
司令室中央の大型時計が、静かに予定刻限を示した。
円卓が宣言した時刻。
決戦は、もう目の前まで迫っていた。




