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VERSE0.0-世界政府記録アーカイブ文書001  作者: 甘酒
エピソード8
87/94

分岐

 裂け目は、一つではなかった。


 神奈川県内だけでも十数か所。


 そのすべてで怪異が姿を現し、世界政府の職員たちが応戦している。


 エースもまた、その一つへ派遣されていた。


「左だ!」


 叫ぶと同時に剣を振るう。


 怪異の首が宙を舞い、黒い粒子となって霧散した。


 隣ではギンも最後の一体へ飛び込み、鮮やかに刀を振り抜く。


 静寂。


 どうやら、この一帯は制圧できたらしい。


 エースは息を整えながら、隣へ視線を向ける。


「……なあ。」


「なんだ。」


「お前さ。」


 言葉が詰まる。


 何がおかしいのか、自分でも説明できない。


 それでも。


 胸の奥で、小さな違和感だけが膨らんでいた。


「そんな喋り方だったか?」


 ギンは少しだけ眉を動かした。


「気にするな。」


 短い返事。


 それだけだった。


 妙だ。


 どこがとは言えない。


 だが、妙だった。


 エースは笑って誤魔化そうとする。


「そういや耳飾りは?」


「……耳飾り?」


 ギンが首を傾げる。


「アクセサリーなんか興味ない。」


 その瞬間だった。


 心臓が、嫌な音を立てる。


(違う。)


 ギンは。


 そんなことを言わない。


 腰の拳銃へ手を伸ばく。


 だが。


 ほんの一瞬、遅かった。


 偽ギンの口元が、不気味に歪む。


「気付くのが――」


 早いな。


 その言葉は最後まで紡がれなかった。


 乾いた風が吹く。


 いつの間にか。


 そこに、もう一人立っていた。


「……やはり、この瞬間か。」


 低い声。


 黒髪の青年が、偽ギンの真後ろに立っていた。


 誰も、その姿を見ていない。


 気付いた時には、もうそこにいた。


 偽ギンが振り返る。


「な――」


 言い終える前に。


 青年の手刀が喉元を正確に打ち抜いた。


 衝撃。


 偽ギンの身体が宙を浮き、そのまま地面へ崩れ落ちる。


 一撃。


 それだけだった。


 静寂。


 エースは動けなかった。


「……は?」


 理解が追いつかない。


 目の前で起きたことが、速すぎた。


 青年は倒れた偽者を一瞥すると、通信機へ淡々と告げる。


「神奈川第七地点、なりすまし一体確保。」


 まるで予定通りだったかのような口調。


「もう一体も処理済みだ。」


 エースが顔を上げる。


「……もう一体?」


「本物のギンへ化けた個体。」


 青年は短く答える。


「予定通り出現した。」


 予定通り。


 その一言に、エースは眉をひそめた。


「予定……?」


「こちらの話だ。」


 それ以上は説明しない。


 青年は偽ギンを拘束しながら、静かに目を閉じた。


 ほんの一瞬だけ。


 誰にも気付かれないほど小さく。


 安堵するように。


(……間に合った。)


 その表情は、一瞬で消える。


 再び無機質な最高司令の顔へ戻ると、青年は踵を返した。


「次へ向かう。」


「ま、待て!」


 エースが思わず呼び止める。


「あんた、最高司令なんだろ!」


 青年は足を止めない。


「何で現場なんかに来てる!」


 少しだけ間が空く。


 青年は振り返らないまま、小さく答えた。


「ここが、一番重要だった。」


 それだけ残し、歩き去っていく。


 エースは、その背中を見送ることしかできなかった。


 風が吹く。


 足元には、拘束された偽ギン。


 そして、自分は生きている。


 理由は分からない。


 だが、一つだけ確かなことがあった。


 ここで死ぬはずだった何かが、今、確かに変わった。

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