分岐
裂け目は、一つではなかった。
神奈川県内だけでも十数か所。
そのすべてで怪異が姿を現し、世界政府の職員たちが応戦している。
エースもまた、その一つへ派遣されていた。
「左だ!」
叫ぶと同時に剣を振るう。
怪異の首が宙を舞い、黒い粒子となって霧散した。
隣ではギンも最後の一体へ飛び込み、鮮やかに刀を振り抜く。
静寂。
どうやら、この一帯は制圧できたらしい。
エースは息を整えながら、隣へ視線を向ける。
「……なあ。」
「なんだ。」
「お前さ。」
言葉が詰まる。
何がおかしいのか、自分でも説明できない。
それでも。
胸の奥で、小さな違和感だけが膨らんでいた。
「そんな喋り方だったか?」
ギンは少しだけ眉を動かした。
「気にするな。」
短い返事。
それだけだった。
妙だ。
どこがとは言えない。
だが、妙だった。
エースは笑って誤魔化そうとする。
「そういや耳飾りは?」
「……耳飾り?」
ギンが首を傾げる。
「アクセサリーなんか興味ない。」
その瞬間だった。
心臓が、嫌な音を立てる。
(違う。)
ギンは。
そんなことを言わない。
腰の拳銃へ手を伸ばく。
だが。
ほんの一瞬、遅かった。
偽ギンの口元が、不気味に歪む。
「気付くのが――」
早いな。
その言葉は最後まで紡がれなかった。
乾いた風が吹く。
いつの間にか。
そこに、もう一人立っていた。
「……やはり、この瞬間か。」
低い声。
黒髪の青年が、偽ギンの真後ろに立っていた。
誰も、その姿を見ていない。
気付いた時には、もうそこにいた。
偽ギンが振り返る。
「な――」
言い終える前に。
青年の手刀が喉元を正確に打ち抜いた。
衝撃。
偽ギンの身体が宙を浮き、そのまま地面へ崩れ落ちる。
一撃。
それだけだった。
静寂。
エースは動けなかった。
「……は?」
理解が追いつかない。
目の前で起きたことが、速すぎた。
青年は倒れた偽者を一瞥すると、通信機へ淡々と告げる。
「神奈川第七地点、なりすまし一体確保。」
まるで予定通りだったかのような口調。
「もう一体も処理済みだ。」
エースが顔を上げる。
「……もう一体?」
「本物のギンへ化けた個体。」
青年は短く答える。
「予定通り出現した。」
予定通り。
その一言に、エースは眉をひそめた。
「予定……?」
「こちらの話だ。」
それ以上は説明しない。
青年は偽ギンを拘束しながら、静かに目を閉じた。
ほんの一瞬だけ。
誰にも気付かれないほど小さく。
安堵するように。
(……間に合った。)
その表情は、一瞬で消える。
再び無機質な最高司令の顔へ戻ると、青年は踵を返した。
「次へ向かう。」
「ま、待て!」
エースが思わず呼び止める。
「あんた、最高司令なんだろ!」
青年は足を止めない。
「何で現場なんかに来てる!」
少しだけ間が空く。
青年は振り返らないまま、小さく答えた。
「ここが、一番重要だった。」
それだけ残し、歩き去っていく。
エースは、その背中を見送ることしかできなかった。
風が吹く。
足元には、拘束された偽ギン。
そして、自分は生きている。
理由は分からない。
だが、一つだけ確かなことがあった。
ここで死ぬはずだった何かが、今、確かに変わった。




