それでも使う
「ユズ、後ろ!」
叫び声と同時に、ギンの身体は動いていた。
考えるより先だった。
振り向いたユズの視界に映ったのは、迫り来る怪異の腕。
巨大な爪が、彼女へ振り下ろされる。
間に合わない。
そう判断した瞬間。
ギンは、その間に割り込んでいた。
「――っ!」
構えた武器へ、凄まじい衝撃が走る。
本来ならば、その一撃だけで吹き飛ばされてもおかしくなかった。
だが。
「……押し返せる」
ギンの足は、地面を踏みしめたまま動かなかった。
怪異の腕が弾かれる。
その瞬間。
胸の奥で、何かが灯った。
熱。
懐かしい熱だった。
かつて背中を押してくれたもの。
もう失ったはずなのに。
確かに、自分の中に残っているもの。
エースから受け継いだ想い。
誰かを守りたいと願う意志。
それが今、力となってギンの身体を支えていた。
「ギン!」
ユズの声が飛ぶ。
「無茶しないで!」
「これくらい、平気だって」
ギンはいつものように笑った。
少しだけ、無理をして。
「俺、盾役だからさ」
冗談めかして言いながら、前へ出る。
戦場は、休む暇すら与えてくれなかった。
一体を退ければ、また次が来る。
守った直後には、別の場所から悲鳴が上がる。
ギンは走った。
仲間が傷つきそうになれば、身体を割り込ませた。
攻撃を受け止める。
押し返す。
倒す。
そして、また誰かの前に立つ。
以前よりも。
明らかに、守れる範囲が広がっていた。
自分でも、この力の正体を完全に理解しているわけではない。
ただ。
大切な誰かが傷つく瞬間。
身体の奥から、声が聞こえる。
――守れ。
その声に従っているだけだった。
「ギン、右!」
「分かってる!」
ユズの声に反応し、ギンは即座に振り向く。
次の瞬間。
飛来した瓦礫が、すぐ傍で怪異と切り結んでいた戦闘員へ向かっていた。
「危ない――!」
ギンは迷わなかった。
小さな身体を抱えるように、前へ出る。
鈍い衝撃。
巨大な瓦礫が、背中へ叩きつけられる。
「……っ、ぐ」
一瞬、息が詰まった。
身体の奥まで響く痛み。
視界が、わずかに揺れる。
立っている感覚が薄れる。
けれど。
「……まだ、いける」
ギンはゆっくり顔を上げた。
その戦闘員が無事なのを確認する。
それだけで十分だった。
「大丈夫」
自分に言い聞かせるように呟く。
「まだ、守れる」
そして。
また前を見る。
「……ギン」
すぐ近くで戦っていたユズは、その異変を見逃さなかった。
耳飾りが。
冷たくなった。
一瞬ではない。
何度も。
戦うたびに。
ギンが誰かを庇うたびに。
同じ感覚が伝わってくる。
これは、危険を知らせるものではない。
もっと別のものだった。
まるで。
ギン自身の何かが、少しずつ削れていくような。
「……嘘」
ユズの指が震える。
ギンの力。
誰かを守るほど強くなる、あの力。
でも。
その代わりに。
何かを支払っている。
「ギン……」
名前を呼ぼうとして、声が止まった。
分かってしまったから。
彼がなぜ、そこまでして戦うのか。
エースを失ったあの日から。
ギンはずっと、恐れていた。
もう二度と。
目の前で誰かを失うことを。
だから。
誰かが傷つくくらいなら。
自分が傷つけばいいと思っている。
誰かが倒れるくらいなら。
自分が盾になればいいと思っている。
それはきっと。
ギンにとって、嘘偽りのない優しさだった。
だからこそ。
ユズには止められなかった。
「やめて」
そう言えばいい。
無茶をするなと。
もう十分だと。
けれど。
それを言うことは。
ギンが守ろうとしているものまで否定することになる気がした。
「……っ」
拳を握る。
悔しい。
怖い。
止めたい。
それでも。
今この瞬間も。
ギンの力を必要としている人がいる。
「……なんで」
小さく漏れた声は、戦場の轟音に消えた。
「なんで、そんな顔で笑えるの……」
ギンは気づいていなかった。
自分の身体が、少しずつ限界へ近づいていることに。
力を使うたび。
誰かを守るたび。
胸の奥で燃える熱が、ほんの少しずつ。
誰にも気づかれないほど静かに。
何かを削り取っていることに。
そして。
その代償を知る時には。
もう、引き返せない場所まで来ていることに。




