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VERSE0.0-世界政府記録アーカイブ文書001  作者: 甘酒
エピソード6
77/94

乾いた衝突音が、広大な訓練場へ幾度も響き渡る。


木製の模擬武器がぶつかり合う音。戦闘靴が床を蹴る音。荒い息遣い。そして時折鳴り響く、訓練用モニターの電子音。


世界政府本部の合同訓練施設には、今日も各支部から集められた戦闘員たちが汗を流していた。


エースを失ってから、数週間。


世界政府は、来るべき総力戦に備え、生き残った戦力の再編と強化を急いでいた。


円卓が予告した「決着の時」は、確実に近づいている。


誰もその言葉を口にはしなかったが、この場にいる全員が、その事実を理解していた。


「――ギン、右!」


鋭い声が飛ぶ。


その声を聞いた瞬間、ギンの身体は反射的に動いていた。


振り向くよりも早く足を踏み込み、迫ってきた模擬怪異の一撃を受け止める。


鈍い衝撃が腕へ伝わる。


「っ……!」


重い一撃だった。


以前なら体勢を崩していてもおかしくない。


それなのに。


「……いける」


押し返せる。


腕に伝わる重さを、そのまま力でねじ伏せるように押し返し、得物を振り抜く。


模擬怪異が砕け、光の粒となって消えた。


「ナイス!」


ユズがすぐ横へ滑り込み、別方向から迫る標的を切り払う。


二人の連携は、以前よりも滑らかだった。


互いに余計な言葉を交わさなくても動きが噛み合う。


それでも。


「……ふぅ」


息を整えながら得物を下ろしたギンを見て、ユズは小さく眉を寄せた。


「大丈夫?」


「ん?」


「少し反応が遅れた。」


「あー……ちょっと考え事してただけ。」


笑って誤魔化す。


その笑顔は以前よりも増えた。


けれど、その奥に残る影だけは、消えてはいなかった。


ユズは何も言わない。


言ったところで、どうにもならないこともある。


だから今は、隣で戦うことだけを選んでいた。


少し離れた観覧スペースでは、ダージリンが静かに端末へ記録を入力している。


各隊員の動き。


反応速度。


連携。


そして、新たな契約による能力変化。


一つひとつを淡々と記録しながらも、その視線だけは、何度もギンへ向いていた。


「……やはり。」


小さく呟く。


隣に立っていた補助員が首を傾げる。


「何か?」


「いえ。」


ダージリンは首を横に振る。


まだ確信ではない。


だが。


ギンは以前よりも明らかに危険な動きを選ぶようになっていた。


敵を倒すためではない。


仲間を守るため。


誰かが攻撃を受けそうになると、考えるより先に身体が動く。


それは勇敢さとも言える。


だが、その動きには、どこか躊躇がなかった。


まるで。


自分が傷つくことなど最初から勘定に入れていないかのように。


「――ギン殿。」


ダージリンが声を掛ける。


「もう一本、お願いできますか。」


「もちろん。」


ギンは迷わず頷いた。


模擬戦が再開される。


今度は複数体。


四方から一斉に標的が迫る。


「左!」


「了解!」


別の隊員へ一体が飛び掛かった瞬間だった。


「危ない!」


誰かの叫び。


その声と同時に、ギンの身体が一直線に飛び出す。


考えるより早かった。


身体が勝手に動いていた。


得物を交差させる。


激しい衝撃。


訓練場へ甲高い音が響き渡る。


本来なら二人で受け止める威力だった。


しかしギンは一人で押し返した。


黄金の林檎を口にして以来、身体の奥底に宿った新たな力。


仲間を守ろうと思った瞬間だけ、身体の芯から湧き上がるような圧倒的な力。


それが今も確かに発動していた。


だが。


「……っ」


ほんの一瞬。


ギンの膝がわずかに沈む。


呼吸が浅くなる。


それは瞬きをするより短い時間だった。


周囲の誰も気付かない。


ただ一人。


すぐ隣にいたユズだけは、その小さな揺らぎを見逃さなかった。


「ギン?」


「平気。」


返事が早すぎる。


問い掛け終わる前には笑っていた。


「ちょっと踏み込みすぎた。」


「本当に?」


「平気平気。」


軽く手を振る。


だが、その笑顔を見たユズの胸の奥には、説明のできないざわめきだけが残った。


以前なら、こんな無茶はしなかった。


いや。


正確には、できなかった。


守れると信じているから飛び込むのではない。


守れなかった後悔があるからこそ、飛び込まずにはいられない。


そんな戦い方に、いつの間にか変わっていた。


訓練終了の電子音が鳴る。


隊員たちが散っていく中、ダージリンは静かにユズの隣へ歩み寄った。


「……今の動き、見えましたか。」


「はい。」


ユズは迷わず頷く。


「また庇いました。」


「ええ。」


ダージリンも静かに頷いた。


「しかも以前より迷いがない。」


少しだけ沈黙が流れる。


訓練場の中央では、ギンが一人、得物の手入れをしている。


その背中を見つめながら、ダージリンは静かに言った。


「力が増したこと自体は喜ばしいことです。」


「でも……」


「ええ。」


視線は変わらずギンへ向けられたままだった。


「守ろうとする意志に比例して力を発揮する能力。」


その言葉を口にした瞬間。


ダージリンの胸に、わずかな違和感が走る。


「そのような力に、本当に限界はあるのでしょうか。」


ユズも息を呑む。


もし。


本当に際限がないのだとしたら。


その力は、一体何を代償に成り立っているのだろうか。


二人の視線が自然とギンへ向けられる。


その時だった。


訓練場の空気が、不意に変わった。


誰も足音を聞いていない。


それなのに。


入り口には、一人の偉丈夫が静かに立っていた。

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