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VERSE0.0-世界政府記録アーカイブ文書001  作者: 甘酒
エピソード6
76/94

あの日から

エースの遺品は、驚くほど少なかった。


傷だらけの戦闘用籠手。


何度も火をつけた跡の残る安物のライター。


財布の奥には、行きつけの屋台の割引券が何枚も押し込まれている。


どれも、本人がいなくなった途端、急に持ち主の温度だけを失ってしまったように見えた。


中庭へ集まったのは、ほんの数人だけだった。


室長。


ダージリン。


通信越しのココア。


机へ遺品を並べ、花を一輪供える。


それだけの、小さな追悼だった。


「……彼は、良い戦士だった」


静かに室長が口を開く。


「そして、それ以上に良い人間だった」


その一言だけで十分だった。


ダージリンは目を閉じ、小さく頭を下げる。


『エースくんって』


通信の向こうで、ココアが苦笑した。


『初対面でいきなり口説いてきたんですよ』


少しだけ笑う。


その笑いは、すぐに震えへ変わった。


『ほんと、困る人だったのに』


少し沈黙が流れる。


『……もう二度と、困らされないんですね』


誰も返事をしなかった。


返せなかった。


風だけが、中庭を静かに吹き抜けていく。


黙祷が終わる。


室長は周囲を見回した。


「……ギンは」


「来てません」


ユズが静かに答える。


室長は責めなかった。


「そうか」


ただ、それだけだった。


悲しみの向き合い方に、正解などないことを知っていたから。


「……行ってきます」


誰に言うでもなく呟き、ユズは中庭を後にした。


通信機は使わない。


心当たりが、一つだけあった。


屋上。


エースがよく立っていた場所。


祭りの日。


串焼きを片手に、少し離れたところから二人を見守っていた場所。


階段を上る足音だけが静かに響く。


扉を開ける。


やっぱりいた。


ギンだった。


手すりへ寄り掛かり、ただ空を眺めている。


ユズは何も言わず隣へ立った。


風が吹く。


長い沈黙。


それが不思議と苦しくはなかった。


「……追悼」


ユズがぽつりと呟く。


「来なかったね」


「……行けなかった」


掠れた声。


「行ったら」


少し間が空く。


「本当に終わる気がして」


ユズは何も返さない。


「みんなが前を向いてるのに」


ギンは笑うように息を吐いた。


「俺だけ、まだあの日にいる」


その言葉が、胸へ刺さる。


ユズは少しだけ空を見上げた。


夕焼けだった。


「私は」


静かに口を開く。


「まだ前なんて向けてないよ」


ギンが少しだけこちらを見る。


「毎日思い出す」


「何かあるたびに、『エースさんなら何て言うかな』って考えちゃう」


苦笑する。


「だから、無理に前なんて向かなくてもいいんじゃないかな」


「……」


「忘れないままでも、歩けると思う」


その言葉だけが、静かに風へ溶けた。


しばらくして。


ギンが、小さく呟く。


「……怖い」


「また誰か死ぬのが」


その一言は。


エースが死んでから初めて、自分の弱さを誰かへ見せた瞬間だった。


ユズは何も慰めなかった。


何も励まさなかった。


ただ、一歩だけ近付く。


肩が少し触れるくらいの距離。


「一人じゃないよ」


その一言だけを残す。


ギンは返事をしない。


けれど。


少しだけ力の入っていた肩が、ほんのわずかに下りた。


それだけで十分だった。


まだ笑えない。


まだ立ち直れない。


傷は何一つ癒えていない。


それでも。


誰かが隣へ立つことだけは、もう拒まなかった。


夕暮れの空の下。


遠くから支部の日常が聞こえてくる。


世界は止まらない。


だからこそ。


二人は何も言わず、その景色を並んで見つめ続けていた。

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