違和感
裂け目は、一つではなかった。
神奈川県内だけでも複数箇所。
さらに世界各地でも同時発生しているという報告が、無線越しに絶え間なく飛び交っている。
神奈川支部だけでは戦力が足りない。
その結果、現場の部隊は細かく分散し、それぞれが独立して怪異の迎撃に当たっていた。
「ギンちゃん! 右!」
「了解」
短く返事が返る。
エースは振り向くことなく銃を構え、左から飛びかかってきた怪異を撃ち抜いた。
乾いた銃声。
直後、隣では"ギン"が流れるような動きで別の怪異を切り伏せる。
息は合っている。
動きにも無駄はない。
何一つおかしくない。
――それなのに。
「……」
胸の奥に、小さな引っかかりだけが残った。
戦闘は続く。
裂け目から現れる怪異を次々と撃破しながら、それでもエースの意識は隣へ向いていた。
何だ。
何がおかしい。
答えは出ない。
だが、違和感だけは消えない。
怪異を撃ち抜いた直後、エースは何気ない調子で口を開いた。
「なあ」
"ギン"は視線だけを向ける。
「お前、そんな喋り方だったか?」
「……何が」
返事は短い。
淡々としている。
いつものギンなら、少しくらいは呆れたように返す。
「急に何言ってんだよ」
そんな一言くらい返してくる。
だが。
今の返事には妙な硬さがあった。
「いや、気のせいならいい」
そう言って前を向く。
だが、その違和感はむしろ大きくなっていた。
長年一緒にいる。
兄弟ではない。
血も繋がっていない。
それでも、誰より近くで見てきた。
だからこそ分かる。
目の前にいるのは、確かにギンの姿をしている。
けれど。
何かが違う。
戦闘が一瞬途切れる。
周囲に怪異の姿がなくなった、そのわずかな時間。
エースはふと思い出したように耳へ触れた。
「そういやさ」
軽い口調のまま尋ねる。
「今日は耳飾りしてねえのか?」
"ギン"は首を傾げた。
「耳飾り?」
その反応だけで、エースの鼓動がわずかに速くなる。
次の言葉を待つ。
「アクセサリーなんて、俺は興味ないね」
静かに。
何気なく。
そう答えた。
その瞬間。
エースの中から、最後の迷いが消えた。
――違う。
ギンはアクセサリーなんかに興味はない。
それは事実だ。
でも、あの耳飾りだけは別だった。
ユズから贈られた、大切な耳飾り。
なくしそうになっただけで青ざめるほど、大事にしていたもの。
あいつなら。
興味があるかどうかではなく、
「これは別だ」
そう言う。
それを知らない時点で。
目の前のこいつは。
ギンじゃない。
エースは何事もないように一歩だけ距離を取る。
同時に、対怪異戦闘銃の安全装置を静かに解除した。
金属の小さな音は、戦場の喧騒に紛れて誰にも聞こえない。
「……なるほどな」
口元だけが笑う。
けれど、その目から笑みは消えていた。
「お前――誰だ」
返事はない。
代わりに。
目の前の"ギン"から、隠すつもりもない殺気がゆっくりと溢れ出した。




