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VERSE0.0-世界政府記録アーカイブ文書001  作者: 甘酒
エピソード5
64/94

契約の終わり

円卓の間を満たす静寂の中、一柱の古き神がゆっくりと立ち上がった。


その姿を見ただけで、誰もが口を閉ざす。


神々の視線は、一点へ集まっていた。


円卓の最奥。


そこに在る、名も知れぬ"何か"へ。


「……長き時であった。」


古き神が静かに口を開く。


「我らは人の世と歩み、人々の願いに応え、協定のもとで力を貸し続けてきた。」


誰も否定しない。


「その年月に偽りはない。」


その言葉には、確かな重みがあった。


何百年。


あるいは何千年。


神々は世界政府と共に歩んできた。


その事実だけは、誰にも覆せない。


古き神は一度目を閉じ、そしてゆっくりと続ける。


「だが、約束とは永遠ではない。」


その一言に、円卓の空気が変わった。


「時は流れる。」


「世界も変わる。」


「ならば、我らもまた、新たな道を選ぶ。」


静かだった。


あまりにも静かだった。


それなのに、その決意だけは揺るがない。


「待ってください。」


ダージリンは気付けば立ち上がっていた。


記録係である自分が発言するなど、本来なら許されない。


それでも、止めなければならない。


「世界政府と皆様が結んだ協定は。」


「互いの信頼の上に築かれたものです。」


「そのような形で終わらせてよいものではありません。」


古き神は穏やかな眼差しを向けた。


怒りではない。


侮蔑でもない。


ただ、どこか遠くを見るような目だった。


「交渉官よ。」


「そなたは誠実だ。」


「だからこそ、そのように考える。」


「しかし。」


神は静かに首を振る。


「信頼とは、永遠を保証するものではない。」


ダージリンは息をのむ。


「約束とは。」


「互いが歩む限り続くもの。」


「歩む道が分かれたならば。」


「約束もまた終わる。」


「それは裏切りではない。」


「選択だ。」


「違います!」


思わず声が大きくなる。


「契約は、簡単に終わらせていいものではありません!」


「だからこそ契約なのです!」


円卓へ声が響く。


「信じ切れないからこそ。」


「互いに約束を交わす。」


「それでも守ると誓う。」


「それが契約です!」


一瞬だけ。


誰も言葉を発さなかった。


やがて。


円卓の最奥にいた"何か"が、静かに視線を上げる。


輪郭は相変わらず定まらない。


その姿を見ているのに、思い出せない。


声だけが、空間へ染み渡った。


「約束とは。」


男とも女ともつかない声。


「終わらせることもまた、約束。」


その一言だけだった。


長々と語ることはない。


ただ、それだけで十分だった。


神々は誰一人として反論しない。


むしろ、その言葉を待っていたかのように、静かに頷く。


ダージリンの胸が冷えた。


――いつから。


――いつから皆、この考えに至っていた。


古き神が再び口を開く。


「世界政府との協定は、本日をもって終結する。」


その声に、各神話圏の神々が立ち上がる。


誰一人として迷わない。


「長き友誼に敬意を表し。」


「我らは正面から告げよう。」


古き神の視線が、真っ直ぐダージリンを射抜く。


「我らは、そなたたちと戦う。」


「逃げも隠れもせぬ。」


「力を尽くし。」


「すべてを賭け。」


「決着をつける。」


その言葉には憎しみがなかった。


怒りもない。


ただ。


決意だけがあった。


「宣戦布告もまた、一つの契約だ。」


静かな声が円卓へ響く。


「交わした以上、違えることはない。」


ダージリンは言葉を失った。


契約。


その言葉を。


神々は今、自分とはまったく違う意味で使っている。


守るためではない。


終わらせるためでもある。


その価値観を、今まで一度も考えたことがなかった。


神々の姿が、一柱、また一柱と光へ溶けていく。


最後に。


最奥の"何か"だけが残った。


輪郭が揺らぐ。


存在そのものが霞んでいく。


消え際。


その声だけが、ダージリンの耳元へ静かに届いた。


「いずれ。」


「本当の契約とは何かを知る日が来る。」


それだけ言い残し。


存在は完全に消えた。


静寂。


円卓の間には、ダージリンだけが残されていた。


膝から力が抜けそうになる。


それでも倒れなかった。


交渉官だからだ。


最後まで立っていなければならない。


震える手で端末を取り出す。


指先が思うように動かない。


それでも文字を打ち込む。


緊急報告。


円卓、世界政府との協定を終了。


全派閥が共同声明を発表。


世界政府に対する宣戦布告を確認。


送信。


わずか数行。


たったそれだけの文章では、この場で失われたものを到底伝え切れない。


ダージリンは画面を見つめたまま、静かに目を閉じた。


――契約とは、互いを縛るものではない。


――互いを信じ続けるためのものだ。


そう信じてきた。


だからこそ。


その信念が、今、音を立てて崩れていくのを、彼女はただ見届けることしかできなかった。

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