積み重なる違和感
対神交渉部門の資料保管庫には、何百年にも及ぶ円卓の記録が保管されている。
紙の議事録。
電子化された報告書。
協定更新の履歴。
神々との面会記録。
人と神が築いてきた信頼の歴史、そのすべてがここに眠っていた。
ダージリンは棚から過去五年分の記録端末を取り出し、自席へ静かに積み上げる。
円卓で感じた違和感。
あの空席へ向けられた視線。
もし気のせいではないのなら、必ずどこかに痕跡が残っている。
そう信じていた。
端末を起動する。
会議ごとの議事録。
各派閥の発言記録。
協定更新の履歴。
会議前後の面会申請。
その一つ一つを照らし合わせ、年代順に並べていく。
神々は基本的に群れない。
それぞれが独自の神話体系を持ち、
互いの誇りを何より重んじる。
だからこそ円卓が存在する。
必要最低限だけ話し合い、
終われば、それぞれの神域へ帰る。
それが長年変わることのない慣例だった。
……そのはずだった。
ダージリンの指が止まる。
半年前。
そこを境に、記録の傾向が変わっていた。
会議終了後。
複数派閥による面会。
合同視察。
儀礼的交流。
記録上はいずれも問題はない。
むしろ、書類だけ見れば極めて自然だった。
しかし。
その件数だけが不自然に増えている。
オリンポス。
高天原。
ヴァルハラ。
インド。
本来なら交わる理由の薄い神々が、短期間に何度も接触していた。
「……偶然ではありませんね。」
誰に聞かせるでもなく呟く。
さらに資料を読み進める。
そして、もう一つの違和感に気付いた。
面会には必ず立会人が記録される。
誰が立ち会い、
誰が確認したのか。
責任の所在を明らかにするためだ。
だが。
ここ数か月の記録だけ、その欄が妙だった。
空欄。
あるいは、
「確認済み」
その一文だけ。
本来記載されるべき担当者名が、どこにもない。
単なる記入漏れ。
そう片付けることもできる。
だが、それが何度も続けば話は別だ。
しかも、すべて円卓関係の記録だった。
胸の奥がざわつく。
理由は分からない。
けれど、交渉官として積み重ねてきた経験が告げていた。
これは見逃してはいけない違和感だ、と。
ダージリンは通信端末を起動した。
「――対神交渉部門、ダージリンだ。
情報解析局のココア殿へ取り次いでいただきたい。」
数秒後、聞き慣れた明るい声が返ってくる。
『はぁい、ココアです♪』
『ダージリンさんから通信なんて珍しいですね。』
柔らかな声音。
しかしダージリンが要件を伝えると、その空気がすっと変わった。
「円卓関連の記録について確認したい。
ここ半年ほど、複数派閥による接触頻度が増えている。
加えて、立会人情報が欠落した記録が散見される。」
『……少々お待ちください。』
キーボードを叩く音だけが響く。
やがてココアが静かに口を開いた。
『……接触回数が増えているのは、うちでも確認できます。』
『でも理由は分かりません。』
「立会人の欠落は。」
『正式なデータには存在しません。』
『というより……』
一瞬、言葉が止まる。
『そこだけ、不自然なくらい情報が薄いんです。』
ダージリンは眉を寄せた。
「情報が消されている可能性は。」
『断定はできません。』
『でも……』
ココアは少しだけ声を潜める。
『事件Bと事件Cで見つかった"説明できない異常"と、雰囲気が似ています。』
『証拠はありませんけど。』
事件B。
事件C。
ダージリンは詳細までは知らない。
しかし、その二つが世界政府内部で極秘扱いになっていることだけは知っていた。
「解析結果を共有してもらえるか。」
『もちろんです。』
少し間を置いてから、ココアは続ける。
『ダージリンさん。』
「何だ。」
『これ、嫌な予感がします。』
普段なら、
「99.99%そうです!」
と言い切る彼女が、
今回は断言しなかった。
それだけで十分だった。
「感謝する。」
通信を終え、端末を静かに閉じる。
ダージリンは積み上げられた資料へ視線を落とした。
神々の接触は増えている。
記録には不自然な空白がある。
情報解析局でも説明がつかない。
どれも決定的な証拠ではない。
だから報告書には書けない。
しかし。
交渉官としての勘が、
静かに警鐘を鳴らし続けていた。
ふと、円卓から届いた招集通知が脳裏をよぎる。
――全代表、出席必須。
たった七文字。
それが今は、何よりも重く感じられた。
ダージリンは新しい報告書を取り出す。
そこへ書いたのは、結論ではない。
ただ一文。
「円卓内部に通常と異なる動きあり。継続調査を進言します。」
それだけだった。
証拠が揃うまでは断定しない。
それが、対神交渉官ダージリンの流儀だった。




