第6話 キミだけでも、生きるの
化け物が、飛びかかる。
時間がゆっくりと流れ始めた。
避けられない。
もう間に合わない。
ギンは静かに目を閉じた。
(あぁ。)
(終わった。)
(父さん。)
(母さん。)
(ごめん。)
――その瞬間。
一枚の紙が、視界を横切った。
風は吹いていない。
それでも、その紙はまっすぐに飛び続ける。
ひらり、と。
化け物の額へ吸い寄せられるように貼りついた。
一瞬の静寂。
そして。
白い閃光が世界を包み込んだ。
轟音。
衝撃。
化け物の身体が吹き飛ぶ。
ギンは思わず目を開けた。
無数の紙が空を舞っている。
雪のように。
羽のように。
その向こうから、一人の少女がゆっくりと歩いてきた。
黒い和服。
揺れる金色のツインテール。
透き通るような赤い瞳。
混乱の真っただ中だというのに、その足取りだけは不思議なほど落ち着いていた。
「……。」
ギンは言葉を失う。
少女はギンを見つめると、静かに尋ねた。
「無事?」
返事はできなかった。
少女は倒れた化け物と、その奥から迫ってくる新たな群れを見回し、小さく息をつく。
「……最悪。」
指先で一枚の札をつまむ。
軽く放る。
札は宙で光を帯びると、生き物のように化け物へ向かって飛んでいった。
閃光。
爆音。
迫っていた化け物たちは、一瞬で光に飲み込まれる。
「な、なんなんだよ……。」
ギンは震える声でつぶやく。
「説明してる時間は、ない。」
少女は迷いなくギンの腕をつかんだ。
「ちょっ……!」
「ほら立って。」
足に力が入らない。
身体が言うことを聞かなかった。
「……もう。」
少女は小さくため息をつくと、半ば強引にギンを立ち上がらせる。
「今は逃げるの!」
「でも父さんと母さんが……!」
その言葉に、少女の表情がほんの少しだけ曇った。
けれど、その瞳は前だけを見据えている。
「……ごめん。」
短い沈黙。
「もう助けられない。」
ギンは何も言えなかった。
「だから。」
少女はギンの手を強く握る。
「キミだけでも、生きるの。」
その言葉は、不思議なほどまっすぐ胸に届いた。
抵抗しようとした、そのとき。
遠くから、無数のうめき声が響く。
まだ終わっていない。
むしろ、ここから始まるかのように。
「走るよ!」
少女が駆け出す。
ギンの身体も、その勢いに引かれるように前へ動いた。
二人の姿は、灰色の街の奥へと消えていった。
この日。
ギンの日常は終わった。
そして。
世界の真実へ続く物語が、静かに幕を開ける。




