祭りの終わり
後片付けが始まった境内には、先ほどまでの喧騒が嘘のような静けさが戻っていた。
提灯の明かりはまだ残っている。
けれど、屋台を片付ける音や、参拝客の足音は少しずつ減り、祭りは終わりへ向かっていた。
ギンは境内の端に立ったまま、ポケットの中へ手を入れる。
指先に触れたのは、昼間ユズから渡された小物入れだった。
ずっと持っていた。
戦闘中も、結界が張られている間も。
理由なんて、とっくに分かっていた。
「……俺、何やってんだろ」
小さく呟く。
別に、贈り物が嫌だったわけじゃない。
むしろ嬉しかった。
自分のために選んでくれたことも、それを渡そうとしてくれたことも。
分かっていた。
分かっていたのに。
照れくささと、任務中だという緊張と、どう反応すればいいのか分からない焦り。
全部が混ざって、最悪の言葉になって口から出た。
『邪魔』
思い出すだけで、自分でも腹が立つ。
「――で?」
突然、背後から声がした。
振り返ると、エースが腕を組みながら立っていた。
「何ぼーっとしてんの」
「……いや」
「行かないの?」
ギンは視線を逸らす。
「……行くって、どこに」
「決まってんだろ」
エースは呆れたように笑った。
「謝りに」
「……」
「ギンちゃんさ」
エースは少しだけ真面目な顔になる。
「敵には向かっていけるくせに、大事な相手ほど逃げるよな」
言い返せなかった。
図星だった。
「別に、逃げてねえ」
「じゃあ行け」
「……」
「ほら」
軽く背中を押される。
その力は強くなかった。
でも、不思議と逆らえなかった。
「……余計なことすんなよ」
「はいはい」
エースは笑う。
「でも、そういうところ直した方がいいぞ。兄貴分からの忠告」
ギンは小さく舌打ちしながら、それでも足を進めた。
境内の隅で、ユズは片付けられた護符を確認していた。
声をかける直前、少しだけ足が止まる。
さっきまでなら、何も考えず話しかけられたはずなのに。
「……ユズ」
名前を呼ぶ。
ユズの肩がわずかに揺れた。
振り返った表情には、まだ少しだけ距離が残っている。
「……何?」
ギンは一瞬だけ口を閉じた。
いつもなら、適当に誤魔化していた。
冗談にして逃げていた。
でも。
今日は、それをしたくなかった。
「さっきのこと」
ギンは小物入れを取り出す。
「悪かった」
短い言葉だった。
けれど、誤魔化しはなかった。
「本当は、嬉しかった」
ユズの目が少しだけ動く。
「これも」
小物入れを見る。
「俺のために選んでくれたんだろ」
「……」
「なのに、変なこと言った」
少し俯く。
「任務中だからとか、そういうのじゃなくて……ただ、俺がどう反応すればいいか分からなかっただけだ」
自分で言っていて、情けなくなる。
けれど、今さら格好をつけても仕方がない。
「だから、ごめん」
しばらく沈黙が続いた。
やがて、ユズが小さく息を吐く。
「……遅い」
「……」
「謝るの、遅すぎ」
「悪かったって」
「本当に分かってる?」
少しだけ意地悪そうな声。
でも、もう怒ってはいなかった。
「今日、ずっと持ってたんでしょ」
「……」
「なら最初からそう言えばよかったのに」
ギンは小物入れを握る。
「……そういうのができないんだよ」
「知ってる」
即答だった。
「だから困ってる」
「……悪かったな」
「でも」
ユズは少しだけ笑う。
「ちゃんと言えたじゃない」
その言葉に、ギンは少しだけ目を逸らした。
「……うるせえ」
「褒めてるんだけど」
「分かってる」
小さな笑いがこぼれる。
いつもの二人の空気が、少しずつ戻っていった。
「ギンくん」
その声に振り返る。
少し離れた場所で、ココアが待っていた。
「……お前にも」
ギンは少し気まずそうに近づく。
「悪かった」
ココアは目を丸くする。
「え」
「腕輪」
ギンは視線を逸らしながら続けた。
「ちゃんと使う」
一瞬だけ、ココアは驚いた顔をした。
それから、いつもの笑顔になる。
「うん。それで十分」
「……」
「今日のギンくん、ちゃんと格好良かったよ」
「からかってんだろ」
「違うよ」
ココアは笑う。
「ちゃんと大事な人に向き合えたじゃん」
ギンは返す言葉に詰まった。
「……そういうこと言うなよ」
「照れてる?」
「違う」
「顔赤いけど」
「うるさい」
そのやり取りを見て、ユズが小さく笑う。
三人の間に、ようやくいつもの空気が戻っていた。
少し離れた場所。
エースはその様子を眺めていた。
祭りの終わりを告げる太鼓の音が、静かに響いている。
「……上出来だな」
誰にも聞こえない声で呟く。
昔のギンなら、きっと最後まで逃げていた。
強がって、誤魔化して、全部なかったことにしようとしていた。
でも今は違う。
少しずつだけど。
ちゃんと誰かを大切にする方法を覚え始めている。
「頑張れよ、ギンちゃん」
エースは空になった串を見つめ、小さく笑った。
祭りの灯りが消えていく。
それでも、その夜に残った温かな記憶だけは、誰の中からも消えることはなかった。




