仲間想いの兄
境内の裏手まで足を運んだのは、半分は勘だった。
さっき参道で起きたことを見てしまった以上、そのまま見過ごす気にはなれない。
――あいつ、またやっちまったな。
ギンは昔からそうだ。
肝心な場面になるほど、照れ隠しや強がりが先に出る。
成長はした。
昔よりずっと、人を思いやれるようにもなった。
それでも、不器用なところだけは昔のままだった。
「……邪魔していいか?」
風に紛れるような声を掛けると、護符を手にしていたユズがゆっくり振り返る。
「エースさん……」
「そんな固くならなくていいって。ちょっと散歩してたら、こっちまで来ちまっただけ」
軽く笑いながら近づく。
ユズも笑い返そうとしたのだろう。
けれど、その笑みは最後まで形にならなかった。
「仕事中だったか」
「うん。結界の点検」
「なら安心だ。ちゃんと仕事してる顔してる」
「……それ、褒めてる?」
「もちろん」
少しだけ空気が緩む。
エースは少し離れた石段へ腰を下ろした。
風が木々を揺らし、祭り囃子が遠くから流れてくる。
しばらく、二人とも何も話さなかった。
「……ギンちゃんさ」
沈黙を破ったのはエースだった。
「昔から、あんな感じなんだ」
ユズは黙ったまま護符を整える。
返事はない。
けれど耳だけは、ちゃんとこちらへ向いていた。
「家族以外と、まともに人付き合いなんてしてこなかった奴だからな。誰かを大事に思っても、それをどう伝えればいいのか分かってない」
少し笑う。
「俺も何回あいつにイラッとしたか分かんねぇよ」
その言葉に、ユズの肩がほんの少しだけ揺れた。
「……知ってる」
ぽつりと漏れる。
「そういう人だって」
「うん」
「分かってるんだけど」
そこで言葉が止まる。
俯いたまま、小さく息を吐いた。
「今日は……ちょっとだけ、期待しちゃった」
エースは何も言わなかった。
慰めもしない。
否定もしない。
ただ静かに頷くだけだった。
「俺さ」
少ししてから、夜空を見上げる。
「神隠し出身なんだ」
ユズが顔を上げる。
「ギンちゃんより、少し前だけどな」
祭りの灯りが、遠くで揺れている。
「あいつを初めて見たときさ、昔の自分を見てるみたいだった。」
「……」
「危なっかしくて、強がりで、人を頼るのが下手で。」
苦笑する。
「だから放っとけなかった。」
その一言だけだった。
弟みたいだ、とも。
家族みたいだ、とも。
あえて言わない。
その方が、本音はよく伝わる。
「俺には夢がある。」
エースは前を向いたまま続けた。
「神隠しで人生を狂わされた奴らが、ちゃんと報われる世界にしたい。」
風が吹く。
護符が小さく揺れた。
「危険な仕事ばっか押し付けられて、使い捨てられるような組織じゃなくてさ。」
笑う。
「ちゃんと帰ってきて、ちゃんと笑える場所にしたい。」
少しだけ間を置く。
「俺が変えられなかった現実の中でも。」
静かな声で続ける。
「あいつくらいは、幸せになってほしい。」
ユズは黙ってその横顔を見つめていた。
しばらくして、小さく笑う。
「……エースさんって、お兄ちゃんなんだね。」
「そうかもな。」
照れくさそうに頭を掻く。
「本人は嫌がるだろうけど。」
その一言に、ユズも少しだけ笑った。
さっきより自然な笑顔だった。
「だからさ。」
エースは立ち上がる。
「今日のことは、今日のうちに終わらせた方がいい。」
「……」
「仲直りしろ、とは言わない。」
「……うん。」
「でも、話す機会くらいは残してやってくれ。」
ユズは少し考え、
静かに頷いた。
「……今日だけ。」
「十分。」
その返事だけで、エースは満足そうに笑った。
そのとき、奥の参道から足音が近づいてくる。
「エース殿。」
室長だった。
「娘がお世話になったようで。」
「いえ。世話なんて大したことは。」
エースは軽く会釈する。
そして少しだけ笑って言った。
「ギンちゃんは、不器用です。」
室長は一瞬だけ目を細め、
静かに頷いた。
「……知っている。」
それだけだった。
それだけで十分だった。
室長が去ると、エースは祭りの灯りを見つめる。
屋台の明かり。
笑い声。
子どもたちのはしゃぐ声。
そんな当たり前の景色を眺めながら、小さく息を吐いた。
――神隠しの子どもたちが、当たり前に笑える世界。
そのために、自分は戦っている。
そして、その最初の一人が。
ギンであってほしい。
エースは口元だけで笑うと、再び祭りの賑わいの中へと歩き出した。




