↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
VERSE0.0-世界政府記録アーカイブ文書001  作者: 甘酒
エピソード4.5ー閑話
52/94

ガキ

日が傾き始めた頃には、参道は提灯の明かりと人々の笑い声で賑わっていた。


祭り囃子が流れ、屋台からは香ばしい匂いが漂ってくる。


「いやぁ、祭りってのはこうでなくちゃな」


串焼きを片手に歩くエースが、楽しそうに辺りを見回した。


もっとも、その視線は時折人混みの奥や屋根の上へと向いている。


遊んでいるように見えて、警戒は一瞬たりとも切らしていなかった。


「食いながら仕事すんなよ」


「逆だよ。仕事しながら食ってんの」


肩をすくめるエースに苦笑しながら、ギンも参道を歩く。


そのときだった。


「……ギン」


聞き慣れた声に振り返る。


巫女装束のユズが、小さな包みを両手で持って立っていた。


「これ。」


「ん?」


「屋台で見つけたの。」


少しだけ視線を逸らしながら続ける。


「今使ってる小物入れ、だいぶ傷んでたから。」


「祭りの記念みたいなもの。……別に深い意味はないけど。」


そう言って包みを差し出す。


開いてみると、黒い革に飾り紐が付いた小さな小物入れだった。


派手ではない。


けれど丈夫そうで、いかにもギンが普段使いそうな品だった。


「……これ。」


思わず声が漏れる。


「ありが──」


その瞬間だった。


「あっ、ギンくーん!」


明るい声が人混みの向こうから飛んできた。


私服姿のココアが、小走りで駆け寄ってくる。


「ちょうどよかったぁ!」


手には、やはり小さな包み。


「あ、ユズちゃんもいたんだ!」


屈託なく笑う。


「実はね、私も屋台で見つけて、ギンくんに似合うかなって思って。」


そう言って包みを差し出した。


中には革紐を編み込んだシンプルな腕輪が入っている。


「あれ?」


ココアが目を丸くする。


「ユズちゃんもプレゼント?」


「……うん。」


「わ、偶然だね!」


悪気は、本当に一つもなかった。


だからこそ、その場の空気だけが少しずつ固まっていく。


ユズは小物入れを持ったまま。


ココアは腕輪を差し出したまま。


二人とも自然な笑顔を浮かべている。


なのに、ギンだけが汗を流していた。


(やばい。)


(これ、どうすりゃいい。)


受け取れば、もう一人に悪い気がする。


順番を決めても角が立つ。


断るのも失礼だ。


頭の中が一気に真っ白になる。


恋愛経験ゼロ。


こんな状況の対処法など知るはずもない。


(落ち着け。)


(今日は任務だ。)


(そうだ、それを理由に──)


「……二人とも。」


ようやく絞り出した声は、思っていたより硬かった。


「今日は任務中だろ。」


二人が同時にこちらを見る。


「こういうのは……任務が終わってからにしてくれ。」


ここまでは、まだよかった。


けれど焦りは止まらない。


「今は余計なことで気を散らしたくない。」


「こういうことで揉められても困る。」


言った瞬間。


空気が止まった。


ユズの表情から、すっと笑みが消える。


「……そう。」


小さく息をついたあと、無理に笑顔を作る。


「ごめん。」


「仕事中だったね。」


それだけ言って、小物入れをそっと引っ込めた。


「また今度にする。」


踵を返し、人混みの中へ歩いていく。


その背中は、どこか少しだけ小さく見えた。


「……。」


ココアも静かに腕輪を見つめる。


それから、困ったように笑った。


「えへへ……私も空気読めなかったかぁ。」


包みをバッグへ戻す。


「解析班、戻らなきゃ。」


「またあとでね。」


いつもの調子を崩さないよう努めながら、反対方向へ歩いていった。


残されたギンは、その場で固まる。


「…………。」


胸の奥が重い。


言いたかったのは、あんなことじゃない。


二人とも任務に集中してほしかった。


喧嘩になってほしくなかった。


それだけだった。


なのに。


「……違うんだよ。」


誰にも届かない声が漏れる。


少し離れた屋台の陰。


串焼きを食べ終えたエースが、その一部始終を静かに見ていた。


「……あーあ。」


苦笑しながら紙串を捨てる。


「ギンちゃん、それは一番やっちゃいけない失敗だぞ。」


もちろん、その声は本人には届かない。


エースは肩をすくめると、それ以上は何も言わず、人混みの警戒へと戻っていった。


祭り囃子は変わらず賑やかに鳴り続けている。


けれどギンの耳には、それが少しだけ遠く聞こえていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。