分析官
神奈川支部から送られてきた資料が、次々と端末へ展開されていく。
古い巻物を高精度でスキャンした画像、歴代の神職が書き残した祭事記録、地脈観測データ、過去数十年分の報告書。
「……なるほど」
伊達メガネの奥で、ココアの瞳が静かに細められる。
画面をスクロールする速度は速い。
それでも、一つ一つの数字も文章も見落としてはいなかった。
祭りが行われた年。
地脈の変動。
滲み出した穢れの規模。
動員人数。
結界の補強回数。
被害の有無。
それらを瞬時に整理し、現在の観測データと重ね合わせていく。
「過去データとの誤差……許容範囲外。」
数式が画面いっぱいに展開される。
地脈の流れを示す三次元モデルが回転し、予測シミュレーションが何通りも実行されていく。
数秒後。
解析結果が静かに表示された。
《予測危険度:S》
《過去最大観測値を更新》
《結界負荷予測:安全基準を超過》
「……やっぱり。」
小さく呟きながら、新しいレポートを開く。
過去の記録だけでは見えなかったものが、最新の解析技術によって少しずつ輪郭を持ち始めていた。
「今年だけ、地脈の揺らぎ方が違う。」
単なる周期では説明できない。
何か別の要因が重なっている。
現時点では断定できない。
けれど、警戒レベルを引き上げるには十分だった。
ココアはそのまま報告書を書き上げ、上官へ送信する。
数秒後、通信が繋がった。
『解析は終わったか』
「はい。」
先ほどまでの柔らかな口調は消えていた。
分析官としての声で、淡々と報告する。
「地脈活動は危険域へ到達しています。
過去最大規模の滲み出しが発生する可能性が高く、神奈川支部単独での対応は推奨しません。」
『追加戦力は』
「近隣支部との合同対応を推奨します。
それと、アメリカ支部から遊撃戦力を一部投入してください。」
『理由は』
「前衛の継戦能力が不足します。
結界維持班を減らせない以上、遊撃を厚くするしかありません。」
即答だった。
迷いはない。
必要な戦力を、必要な場所へ。
それだけを考えた結論だった。
『……了解した。』
少し間を置いて、上官が続ける。
『他には』
ココアは一瞬だけ資料へ視線を落とした。
「あと一つ。」
「できれば、私も現地へ向かわせてください。」
『分析官の現地派遣は珍しいな』
「リアルタイムでしか取得できない地脈データがあります。
解析精度を上げるなら、本部より現地です。」
そこに嘘はなかった。
現場でしか拾えない情報は、確かに存在する。
数秒の沈黙。
『許可する。』
「ありがとうございます。」
通信が切れる。
静まり返った解析室で、ココアはようやく背もたれへ身体を預けた。
「ふぅ……。」
ここまでは仕事。
全部、本音。
でも。
「……それに。」
ぽつりと呟く。
少しだけ、現場の空気も自分の目で見ておきたかった。
事件Bから続く違和感。
神奈川支部。
そして。
「……ギンくんもいるし。」
誰にも聞こえないくらい小さな声だった。
すぐに頬を軽く叩いて気持ちを切り替える。
「よし。」
仕事は仕事。
浮かれて判断を誤るつもりはない。
それでも。
鞄へ端末をしまいながら、前髪だけはいつもより少し丁寧に整えてしまう。
「……ほんと、何やってるんだろ。」
照れ隠しのように笑う。
転移魔方陣の起動準備が始まり、床一面に青白い光が広がっていく。
ココアはもう一度だけ、解析結果へ目を向けた。
《結界負荷予測:危険域》
《原因:解析不能》
笑みが、少しだけ消える。
「……嫌な予感、外れてくれるといいんだけど。」
小さく息をつき、ココアは光の中へ足を踏み入れた。




