授業参観
転移魔法陣の光がゆっくりと消えていく。
浮遊感が抜け、足の裏へ重力が戻った。
「……何回やっても慣れねぇな」
肩を軽く回しながら、エースは儀式間を見渡す。
アメリカ支部ほど大きくはない。
だが、床も設備も隅々まで手入れが行き届いている。
忙しい支部ほど整理整頓ができなくなるものだ。
それができているということは、それだけ現場が回っている証拠でもある。
「よう、ギンちゃん」
出口で待っていたギンが軽く手を挙げる。
「長旅お疲れ」
「迎えありがとな」
「仕事だからな」
「はいはい。そういうことにしといてやるよ」
昔ならもっと拗ねたような返事をしていた。
そんなことを思いながら、エースは隣を歩く。
少し見ない間に、随分と肩の力が抜けた。
いい環境でやれているらしい。
「こっち」
案内されて会議室へ入る。
すでに席はほとんど埋まっていた。
神奈川支部だけではない。
近隣支部からの応援部隊も集められている。
室内を一目見ただけで分かる。
今回は、本気だ。
空いている席へ腰を下ろすと、正面の男性が静かに口を開いた。
「遠方からの応援に感謝する」
穏やかな声だった。
それでも自然と背筋が伸びる。
「神奈川支部長を務めている。皆からは室長と呼ばれている」
「アメリカ支部所属、エースです。よろしくお願いします」
簡潔に返す。
その隣に座る少女と目が合った。
黒髪。
凛とした空気。
「ユズです」
短く名乗る。
「ギンがお世話になっています」
「こちらこそ」
それだけのやり取りだった。
だが、一瞬で分かった。
この少女は強い。
力だけではない。
責任を背負う人間の目をしている。
室長が資料を開く。
「本題に入ろう」
全員の視線が前へ集まる。
「本日行われる祭礼は、一般には厄除けの祭りとして知られている」
資料には過去の記録が並んでいた。
「しかし実際は違う」
室長は淡々と続ける。
「祭礼は結界を維持するための儀式でもある」
ページが切り替わる。
数十年分の記録。
毎回わずかな穢れが発生し、その都度封印されてきた履歴。
「例年であれば神奈川支部のみで十分対応可能だった」
そこで照明が少し落ちる。
正面スクリーンへ新しい映像が映し出された。
「ココアです」
通信越しの声。
伊達眼鏡を掛けた少女が資料を操作している。
『過去の地脈活動と比較した結果、今年は例年を大きく上回る異常値を観測しました』
グラフが切り替わる。
一目で分かる。
今年だけ突出していた。
『誤差を考慮しても、この数値は説明できません』
室内が静かになる。
『通常戦力では不足する可能性が高いため、増援を要請しました』
室長が頷く。
「これが今回、合同任務となった理由だ」
なるほど。
エースは納得する。
祭りの警備ではない。
祭りを守る任務なのだ。
「配置を説明する」
地図が映る。
結界維持班。
避難誘導班。
解析班。
遊撃班。
誰がどこを担当するか、細かく決められていた。
「ギン」
「はい」
「エース隊員」
「了解」
「両名は遊撃班だ。異常発生時には最優先で現場へ向かってもらう」
「任せてください」
「了解です」
短く返事をする。
無駄なやり取りはない。
室長は最後に全員を見回した。
「今回の目的は討伐ではない」
静かな声だった。
「祭りを最後まで無事に終えること。それが最優先だ」
その一言で、全員が頷いた。
ブリーフィングは終了した。
席を立ちながら、エースはギンの肩を軽く叩く。
「なあ」
「なんだ」
「いい支部じゃねぇか」
ギンは少し照れくさそうに鼻を鳴らす。
「そうか?」
「ちゃんと人も動いてる。室長も切れる」
エースは笑う。
「お前がここを気に入る理由、なんとなく分かったよ」
ギンは何も答えなかった。
その代わり、少しだけ口元が緩む。
それを見て、エースもそれ以上は何も言わない。
この場所は、ギンにとって帰る場所になっている。
それだけ分かれば十分だった。




