忘れられない一日
仮設ヘリポートへ着いた頃には、西の空が赤く染まり始めていた。
沖合に浮かぶ孤島は、遠目にも分かるほど無残な姿になっている。
崩れ落ちた建物。
立ち上る黒煙。
三年間を過ごした場所は、もうそこにはなかった。
海風が静かに吹き抜ける。
「今回の件は機密扱いになるそうです」
後方支援の職員が、事務的な口調で告げた。
「公式発表は設備老朽化による事故。詳細は公開されません」
クロは何も言えなかった。
博士のことも。
助けられなかった職員のことも。
あの研究所で命を落とした人たちも。
世界は知らないまま終わる。
「……そう、ですか」
返事はそれだけだった。
少し離れた場所では、ギンとユズが装備の返却を終えていた。
もう次の任務の準備をしているらしい。
「じゃあ、行くぞ」
ギンは淡々と言う。
いつも通りの声だった。
今日の出来事を引きずっているようには、とても見えない。
クロは思わず駆け出した。
「あの!」
ギンが振り返る。
「……ありがとうございました」
深く頭を下げる。
しばらく沈黙が流れた。
「……別に」
ギンは少しだけ頭を掻いた。
「仕事だから」
それだけ言う。
照れ隠しなのか、本心なのかは分からない。
けれどクロには、その一言だけで十分だった。
「僕は……」
続きを言おうとしたところで、通信機が鳴る。
『ギン、次の現場だ』
「あー、了解」
返事をすると、ギンはクロへ軽く手を振った。
「元気でな」
それだけ残し、歩き出す。
その背中を、ユズが追い掛ける。
すれ違いざま、ユズはクロへ目を向けた。
「今日は生き残れてよかった」
短い言葉だった。
けれど、その声には確かな優しさがあった。
「……はい」
クロが頷く頃には、二人はもう輸送機へ乗り込んでいた。
ローターが回り始める。
風が吹く。
輸送機がゆっくり浮かび上がる。
クロは空を見上げたまま、その姿を目で追い続けた。
助けられなかった人がいる。
届かなかった手がある。
守れなかった命がある。
胸の奥が痛む。
「……もっと」
思わず声が漏れる。
「もっと力があったら」
博士は。
あの人は。
誰も死なずに済んだのだろうか。
答えはない。
それでも考えてしまう。
もし、あの日へ戻れるなら。
もし、もう一度だけやり直せるなら。
今度こそ。
今度こそ、自分は――。
輸送機は小さな点になり、やがて夕焼けの空へ消えていった。
クロはその空を見つめながら、小さく呟く。
「……ありがとうございました」
その感謝は、生涯消えることはない。
そして、この日の後悔もまた。
静かに。
けれど決して消えない傷として、クロの心へ刻まれた。




