見えない敵は
事件の収束から、半日。
孤島研究所は封鎖され、救助と回収作業だけが続いていた。
特別情報解析局。
静まり返った執務室へ、小さな通知音が鳴る。
「検体、届いた」
ココアは新しい解析データを開く。
画面いっぱいに並ぶ数値。
血液成分。
細胞組織。
薬物反応。
その一つへ視線が止まる。
「……これ」
もう一度確認する。
自動解析。
手動照合。
どちらも同じ結果だった。
回収された肉食恐竜の血液から、未知の化合物が検出されている。
攻撃性を異常なまでに高める薬理反応。
神経系への急激な刺激。
そして。
世界政府のデータベースには存在しない分子構造。
「照合」
端末へ指を滑らせる。
世界政府保有薬物。
軍事研究。
医療開発。
封印技術。
すべて検索する。
結果。
該当なし。
ココアは静かに眼鏡を押し上げた。
「……外」
小さく呟く。
「少なくとも、こっちの技術じゃない」
画面を切り替える。
事件B。
事件C。
監視ログ。
通信履歴。
初動対応。
一つずつ並べていく。
「やっぱり」
偶然では説明できない。
初動が遅れる。
監視が乱れる。
重要な数分だけ記録が欠ける。
そして今回。
存在しない薬物。
一本ずつだった線が、少しずつ繋がっていく。
『ココア主任』
上官から通信が入る。
『報告書の進捗は』
ココアは画面を閉じる。
「事故原因については暫定報告を提出します」
『内容は』
「収容設備破損による大規模収容違反。原因については現在も解析中」
『薬物反応は』
「再現性確認前です」
嘘ではない。
一件だけでは断定できない。
『了解した』
通信が切れる。
ココアは小さく息を吐いた。
もし、この情報が本当なら。
世界政府の内部に、未知の薬物を持ち込める誰かがいる。
あるいは。
もっと別の場所から、何かが入り込んでいる。
どちらにしても。
今、この推測を不用意に広げるわけにはいかなかった。
「まだ証拠が足りない」
独り言のように呟く。
「だから、まだ動けない」
モニターの片隅へ、生存者一覧が表示される。
『ギン 生存』
『ユズ 生存』
その二つの名前を見て、指が止まった。
「……よかった」
ほんの少しだけ表情が柔らかくなる。
けれど、その笑みも数秒で消えた。
新しい資料を開く。
画面には、未知薬物の分子構造。
そして、その横へココアは小さくメモを残す。
事件Bとの関連性あり。
内部協力者、もしくは外部勢力の介入を強く疑う。
継続調査対象。
ココアは端末を閉じる。
静まり返った解析室に、電子音だけが静かに響いていた。
事件は終わった。
だが、本当の敵はまだ一度も姿を見せていない。




