ひとりぼっち
階段を駆け上がりきったところで、クロはようやく足を止めた。
肩で息をする。
肺が焼けるように熱い。
反射的に振り返る。
暗い階段の下。
誰もいない。
「……博士?」
呼びかける。
返事はない。
警報だけが遠くで鳴り続けている。
もう一度。
「博士!」
声が階段へ吸い込まれていく。
返ってきたのは、たった一度だけ。
短い叫び声だった。
それが博士だったのかさえ分からない。
そのあとには、何も続かなかった。
静寂。
「……っ」
クロは一歩だけ階段を下りる。
もう一歩。
そこで足が止まった。
下へ行けば、博士を助けられるかもしれない。
そんな考えが頭をよぎる。
同時に、ラプトルの爪が床を叩く音が脳裏によみがえった。
体が動かない。
呼吸だけが乱れる。
拳を握る。
けれど、一歩が踏み出せない。
――生きろ。
博士の声が耳の奥で響く。
――外へ出ろ。
最後に向けられた笑顔まで、鮮明によみがえる。
「……っ」
喉の奥が熱い。
膝から力が抜けた。
その場へ崩れ落ちる。
冷たい床へ両手をつく。
指先が震えていた。
届かなかった手。
助けられなかった人。
そして、自分を逃がすために残った博士。
頭の中で、何度も何度も繰り返される。
「ごめんなさい……」
掠れた声が漏れる。
「ごめんなさい……」
謝っても、返事をする人はいない。
ただその言葉だけが、静かな階段へ落ちていく。
クロは顔を伏せたまま動けなかった。
遠くでは、まだ非常警報が鳴り続けている。
それだけが、この研究所に時間が流れていることを教えていた。




