群れ
博士が飛び出していってから、どれほど時間が経ったのか。
数十秒なのか。
数分なのか。
警報だけが鳴り続け、時間の感覚はとうに失われていた。
勢いよくモニタールームの扉が開く。
飛び込んできた研究員は肩で息をし、顔から血の気が引いていた。
「だ、駄目です……!」
壁に手をつき、息を切らせながら叫ぶ。
「檻が……何か所も……!」
「落ち着いてください!」
クロが声をかけても、研究員は首を激しく振る。
「三頭……いや、もっといる……!」
その言葉だけ残して、研究員は再び廊下へ駆け出していった。
クロは扉の前で立ち尽くす。
廊下の奥。
赤い非常灯が点滅する薄暗い通路に、小さな影が滑るように現れた。
二本脚。
低い姿勢。
長く伸びた尾。
床を爪が引っかく、乾いた音。
――ヴェロキラプトル。
頭が勝手に答えを出していた。
図鑑で見た骨格。
復元模型。
研究資料。
すべてが一瞬で繋がる。
一頭。
そう思った瞬間。
その後ろから、もう一つ影が現れる。
さらにもう一つ。
互いの距離を保ちながら、音もなく前へ進む。
まるで獲物を囲むことを知っているような動きだった。
クロの喉が鳴る。
そのとき。
「クローーッ!」
博士の声が響いた。
通路の向こうから、全力で走ってくる。
「博士!」
安堵したのも束の間だった。
博士の背後。
三頭のラプトルが床を蹴る。
人間とは比べものにならない速さで距離を詰めてくる。
逃げなきゃ。
そう思う。
体は命令を受け取っている。
なのに。
足だけが床へ縫い付けられたように動かなかった。
心臓だけが激しく暴れる。
呼吸が浅くなる。
声も出ない。
「クロ!」
博士が飛び込むように駆け寄る。
そのまま腕を掴み、力任せに引いた。
「走れ!」
体が前へ投げ出される。
ようやく足が動いた。
二人は廊下を駆ける。
後ろから、何かが床を蹴る音。
爪が金属を擦る耳障りな音。
そして。
短い悲鳴。
反射的に振り返ってしまう。
赤い非常灯の下で、一人の研究員が転倒するのが見えた。
その周囲へ黒い影が一斉に飛びかかる。
視界が途切れる。
「見るな!」
博士の怒鳴り声が飛んだ。
クロは前を向く。
涙で景色が滲む。
それでも走る。
走るしかなかった。
背後では、鳴り止まない警報と、人ではない咆哮が、研究所中へ響き渡っていた。




