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VERSE0.0-世界政府記録アーカイブ文書001  作者: 甘酒
エピソード4
36/94

覚えてしまうだけ

朝一番の仕事は、いつも決まっていた。


資材庫の棚を開け、使用記録と照らし合わせながら消耗品の数を確認する。


ガーゼ。

手袋。

消毒液。

輸血パック。

固定具。


棚を一つずつ見渡し、端末へ数字を入力していく。


「……ガーゼ四十二。手袋百十八。消毒液、残り三本」


小さく呟いた数字を、端末が淡々と記録していく。


昨日の記録との差を見れば、どの区画で何が使われたのか、おおよその見当はついた。


――またCブロックか。


夜勤だった研究員が慌ただしくしていたことも思い出す。


別に推理したいわけじゃない。


一度目にした数字や配置が、勝手に頭へ残ってしまうだけだ。


子どもの頃からずっとそうだった。


教科書も、名簿も、廊下の掲示物も、一度見ればしばらく忘れない。


便利だと言われたことはある。


でも、それだけだった。


「クロ。また棚とにらめっこか」


背後から聞き慣れた声が飛んできた。


振り向くと、白衣の上から作業着を羽織った博士が立っている。


恐竜の飼育管理を任されているベテランで、この施設では珍しく、クロを名前で呼んでくれる人だった。


「あ、おはようございます」


「今日の血清、Cブロックまで運んでくれ。俺は向こうで準備がある」


「はい」


博士は棚を一瞥する。


「お前、力仕事はからっきしだけど、中身だけは絶対間違えねえから助かる」


苦笑しながら言われるその一言に、クロも曖昧に笑い返した。


否定はできない。


力はない。


運ぶ速度も速くない。


誰かを守れるような腕力もない。


だから任されるのは、こういう仕事ばかりだった。


箱を抱えて廊下へ出る。


朝の研究所では、研究員たちが忙しそうに行き交っていた。


「おはようございます」


クロが会釈すると、


「ああ、おはよう」


返事は返ってくる。


けれど、それだけだった。


名前を呼ばれることはほとんどない。


呼ぶ必要がないのだ。


雑務をこなす少年。


それが、この施設でのクロだった。


廊下の壁には、施設の歴代責任者たちの写真が並んでいる。


中央には祖父。


その隣には父。


世界政府創設を支えた男と、その時代を築いた英雄。


どちらの肖像も、自信に満ちた表情を浮かべていた。


クロは足を止めることなく、その前を通り過ぎる。


比べられることには、もう慣れていた。


「あ、そうだ」


博士が振り返る。


「血清、六本だからな」


「はい。棚の三段目、右奥に六本ありました」


「……まだ棚閉めてから一分も経ってねえぞ」


「え?」


「いや、なんでもない」


博士は苦笑して肩をすくめた。


「相変わらず変な覚え方するな、お前」


クロは少し困ったように笑う。


「見たら、忘れないだけです」


それだけ。


自分では当たり前すぎて、特別なことだとは思えなかった。


博士は何か言いかけて、そのまま飲み込む。


「……行くか」


「はい」


二人は並んで歩き出す。


遠くで空調が低く唸り、研究所は今日もいつも通りの朝を迎えていた。


クロもまた、それが当たり前の一日になると信じていた。


――まだ、この日がすべての始まりになることを知らずに。

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