解析不良
派遣から数日。
ココアの捜査は、思うように進んでいなかった。
情報の流れに、誰かが意図的に手を加えている。
その確信だけは日に日に強くなっていく。
けれど、確信を裏付ける証拠だけが、どこにも見つからない。
記録を洗い直しても。
通信ログを突き合わせても。
報告書を読み返しても。
あるはずの綻びは、肝心なところだけ綺麗に消えていた。
「……いるはずなのに。」
廊下を歩きながら、小さく息を吐く。
「見つからない。」
分析官として、こんな感覚は初めてだった。
まるで、誰かが一歩先を歩いているような。
そんな居心地の悪さだけが、胸に残る。
「——ねえ。」
不意に声を掛けられ、ココアは顔を上げた。
「暗い顔してるね。珍しく。」
銀髪の少年が立っていた。
「え?」
思わず頬へ手を当てる。
「そんな顔してた?」
「してた。」
ギンは短く答える。
「変な顔。」
「もう、失礼だなぁ。」
笑って返すと、いつもの調子が少しだけ戻る。
「……よく見てるね、私のこと。」
「別に。」
肩をすくめる。
「目についただけ。」
「ふふ。」
自然と笑みがこぼれた。
「そういうところ、ギンくんって面白いよね。」
「……観察対象みたいに言うな。」
「あ、バレた?」
冗談めかして笑う。
ギンも呆れたように息をつくだけで、それ以上は何も言わなかった。
その少し離れた場所。
護符の点検をしていたユズが、ふと二人へ視線を向ける。
ほんの一瞬だけ足を止めると、小さく目を伏せ、そのまま静かに歩き去っていく。
二人は、そのことに気づかない。
「——で、ココアは何してたの。」
「ちょっと調べ物。」
「相変わらず仕事ばっか。」
「まあね。」
そう答えたところで、ココアの視線がギンの耳元へ向く。
小さく揺れる耳飾り。
「その耳飾り、似合ってるね。」
「……そうか?」
「うん。」
少しだけ見つめる。
「大事なものなんだ。」
「まあ。」
短い返事。
それだけなのに、不思議と印象に残った。
——装着時期、不明。
——常時着用。
——本人にとって重要度、高。
頭の中で、無意識に情報を整理していく。
そこまでは、いつも通りだった。
けれど。
——誰にもらったんだろ。
思考が、ほんの少しだけ脇道へ逸れる。
「……。」
自分でも気付いて、思わず苦笑した。
「じゃ、行くね。」
「ああ。」
軽く手を振り、ギンは廊下の向こうへ消えていく。
その背中を見送ってから、ココアは静かに目を閉じた。
——観察対象。
そのはずなのに。
どうしてさっき、あんなことを考えたんだろう。
分析しても、答えは出ない。
データも。
論理も。
経験則も。
この感情だけは、どこにも当てはまらなかった。
小さく笑って、再び歩き出す。
スパイは、まだ見つからない。
自分の心も、まだ分からない。
神奈川支部の廊下には、今日も変わらない静けさだけが流れていた。
その静けさの下で、誰にも気づかれないまま、二つの物語がゆっくりと動き始めていた。




