容疑者G
夜も更けた神奈川支部の一室で、ココアは一人、モニターの光を見つめていた。
貸与された解析端末には、ベヒモス事件に関するあらゆる記録が表示されている。
通信ログ。
部隊配置。
報告書の提出時刻。
封印施設の点検履歴。
画面いっぱいに並ぶ数字と時系列を前にしても、ココアの指は止まらない。
伊達メガネの奥の瞳だけが、静かに情報を追い続けていた。
「……やっぱり、変。」
小さく呟く。
神奈川支部の初動遅延。
最初は、それだけを確認するつもりだった。
だが記録を掘り下げるほど、同じような違和感が他支部にも現れ始める。
数分だけ遅れた報告。
曖昧な理由だけが添えられたログ。
わずかに書式の異なる報告書。
どれも一つだけなら、見逃してしまう程度の誤差。
けれど——。
ココアは複数のタイムラインを重ね、支部ごとの動きを同期表示させた。
画面上に一本、一本と線が引かれていく。
「……。」
無言のまま、画面を見つめる。
やがて、一つの共通点が浮かび上がった。
遅延が発生しているのは決まって、
『現地が異常を検知してから、本部へ第一報が届くまで』
その、ごく短い時間だけ。
「……これ。」
ココアの声から、いつもの甘さが消える。
「誰かが、触ってる。」
情報の流れに。
ほんの数分だけ。
まるで、その時間だけを狙って。
事件A。
同時多発ゾンビ事件。
あの時も同じだった。
説明のつかない空白。
報告書には残らない数分間。
偶然では片付けられた違和感。
「偶然が、二度続くなんて。」
静かに息を吐く。
「……あり得ない。」
その瞬間。
散らばっていた違和感が、一つの形へ収束した。
——世界政府内部に。
情報へ干渉できる人間がいる。
背筋を冷たいものが走る。
もしこの仮説が正しいなら、問題は一支部では済まない。
組織そのものに、誰かが潜んでいる。
ココアは端末を操作し、神奈川支部の職員データを呼び出す。
配属履歴。
所属部署。
経歴。
異動記録。
「……動機は。」
神隠し出身者。
組織への不満。
個人的な恨み。
どれも可能性としては否定できない。
けれど、どれも決め手にはならない。
「まだ、早い。」
候補を決めつける段階ではない。
証拠はない。
あるのは分析官として積み重ねた違和感だけ。
「……誰にも、まだ言えない。」
うかつに共有すれば、もし相手が本当に内部にいるなら警戒される。
それだけは避けたかった。
「だったら——」
椅子へ深くもたれ、天井を見上げる。
「私が、見つけるしかないよね。」
表向きは内部調査。
その裏で、本当の犯人を探す。
静かに決意が固まっていく。
神奈川支部へ来た理由も、これで十分になった。
ふと、昼間に出会った銀髪の少年が頭をよぎる。
記憶処理なし。
異例の経歴。
「……要観察、かな。」
思わず小さく笑う。
「逃がさないよ。」
それが捜査対象だからなのか。
それとも、別の理由なのか。
その違いだけは、分析官であるココア自身にも、まだ分からなかった。
再びモニターへ視線を戻す。
夜は、まだ終わらない。
そしてこの夜から、誰にも知られないココアだけの捜査が、静かに始まった。




