耳飾り
夕暮れの神社は、朱色の光に染まっていた。
参道の石段に腰を下ろし、ユズは手のひらの上の小さな包みを、何度も持ち直していた。
中に入っているのは、この数日、支部の目を盗んでは少しずつ仕上げてきた耳飾りだった。
きっかけは、あの日。
ベヒモスとの戦いで、ただ立ち尽くし、祈ることしかできなかったあの瞬間。ギンが倒れ、エースに救われる姿を、遠くから見ていることしかできなかった自分。
——今度は、ただ祈るだけじゃ嫌だ。
その思いが胸に芽生えたとき、ユズの手は自然と動いていた。
巫女姫として代々受け継がれてきた技法を用い、小さな耳飾りへ、ありったけの保護の術とおまじないを編み込んでいく。一般の下っ端隊員が身につければ、その力を持て余してしまうほどの術式を、迷いなく注ぎ込んだ。
完成したあとになって、ようやく不安が押し寄せてきた。
——こんなもの渡したら、変に思われるかな。
今さら引き返すには、もう遅かった。
呼び出しに応じて、ギンが石段を上ってくる。
「——ユズ。こんなとこに呼び出して、何の用。」
「別に。ちょっと、渡したいものがあっただけ。」
「渡したいもの?」
怪訝そうな顔のギンを前にすると、さっきまで固めていた覚悟が急に揺らぎ始める。
柄にもなく、指先が小さく震えていた。
「……これ。」
小さな包みを、押しつけるように差し出す。
ギンは戸惑いながら受け取り、静かに包みを開いた。
中から現れたのは、シンプルながらも丁寧に作られた耳飾りだった。夕陽を受けて、その表面がかすかに、しかし確かな輝きを返す。
「……アクセサリー?」
「うん。見た目に無頓着な、キミにも似合うかもなって。」
「いや……。」
ギンは耳飾りを手のひらへ乗せたまま、しばらく黙り込む。
「なんで、急に。」
「別に、深い意味はない。」
早口で言い切る。
言葉とは裏腹に、胸の鼓動だけが落ち着かなかった。
「いいから、ほら。つけ方とかも知らないんでしょ?つけてあげるからこっち来て。」
ギンは何も言わず、そっとユズの前まで歩み寄る。
その素直さが少しだけじれったくて、それ以上に、どうしようもなく嬉しかった。
耳元へ手を伸ばす。
近づけば近づくほど、お互いの吐息まで感じられる距離になる。
「……まだ?」
「はい。今、つけ終わったよ。ほんとにせっかちなんだか、ら。」
言いながら顔を上げたユズは、耳飾りを付けたギンの姿に思わず息を呑む。
夕暮れの光を受けて揺れる耳飾りは、不思議なくらい彼によく似合っていた。
自然と頬が熱くなる。
「あはっ。かわいーい。」
「ぶっきらぼうなギン君はそれ、つけてたほうがかわいいから。」
「絶対はずしちゃいやだよ?」
「急に、そんなこと言われても。」
短く返しながらも、ギンの耳がわずかに赤く染まっているのが見えた。
照れると口数が減る。
それはユズだけが知っている、彼の小さな癖だった。
「ねえ、お願い。つけておいて。」
「……わかった、けど。」
「……絶対だよ?。」
会話が途切れる。
参道を吹き抜ける風が木々を揺らし、鳥居の向こうでは夕陽が燃えるような朱色を落としていた。
その静かな時間さえ、ユズには心地よく思えた。
「——ありがとう。」
不意にこぼれた一言に、ユズは目を瞬かせる。
「……急に素直じゃん。」
「……別に。物を、もらったから。」
そう答えながら、ギンは照れ隠しをするように視線を逸らす。
頬が熱いのは、夕陽のせい。
そんな言い訳を、自分自身へ向けるようだった。
耳飾りに込めた本当の力のことを、ユズは最後まで口にしなかった。
それがどれほど強い術式なのか。
どれほどの願いを込めて作ったのか。
そのすべてを言葉にしてしまえば、きっと今まで積み重ねてきた二人の距離まで変わってしまう気がしたからだ。
ただ、これでほんの少しだけ、あの日感じた無力感が埋まった気がした。
そして、この小さな耳飾りを通して、たとえ離れていても、ギンの気配の——せめてその生死だけは、ユズにも分かるようになる。
そのことすら、ユズは胸の奥へそっとしまい込む。
「……そろそろ、帰る。」
「うん。」
夕陽が完全に沈みきる前に、二人は並んで石段を下りていく。
会話はもうほとんどなかった。
それでも、その沈黙は、ここへ来たときよりもずっと柔らかく、穏やかなものになっていた。
耳元で揺れる小さな耳飾りに、ギンはまだ気づいていない。
それが、ただの装飾品ではないことに。




