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VERSE0.0-世界政府記録アーカイブ文書001  作者: 甘酒
エピソード3
31/94

終わらない違和感



 「――封印完了。封印個体No.031《ベヒモス》、再封印を確認」


 報告が響いた瞬間、情報解析局のフロアを満たしていた張り詰めた空気が、ほんのわずかに緩んだ。


 大型モニターには、崩壊した封印施設が映し出されている。砂塵の向こうで、巨大な獣の身体が幾重もの結界に包まれ、ゆっくりと動きを止めていく。


 十年前、島一つを壊滅寸前まで追い込んだ災厄。


 その再来だけは、どうにか防ぐことができた。


 もちろん、被害は決して小さくない。


 施設は半壊し、周辺地域にも甚大な損傷が出ている。それでも、世界政府が積み重ねてきた技術と経験は、十年前より確実に組織を強くしていた。


「前衛部隊、負傷者四十三名。死者十五名」


 新たな報告が読み上げられる。


 ココアは画面から目を離さず、小さく息を吐いた。


 予想よりは少ない。


 そう判断した自分に、少しだけ苦笑する。


 現場で命を落とした職員たちの顔も名前も知らない。それでも、数字だけで被害を評価してしまうのは、分析官という仕事の癖なのだろう。


「お疲れ、ココア。今日はもう上がっていいぞ」


 同僚が肩を回しながら声をかける。


「んー……もうちょっとだけ」


 ココアは椅子をくるりと回し、笑顔を浮かべた。


「事後処理まで終わらせたいし」


「真面目だなぁ」


「性分なの」


 そう言って笑うと、再びモニターへ向き直る。


 現場が終息すれば、次は情報解析局の仕事だ。


 各支部から送られてくる戦闘記録。


 通信ログ。


 時系列データ。


 転移履歴。


 部隊配置。


 それらを照合し、一つの事件として整理する。


 地味だが、誰かが必ずやらなければならない仕事だった。


 ココアの指先が軽やかにキーボードを叩く。


 一つ。


 また一つ。


 膨大なログが整理され、時系列へ並び替えられていく。


「……ん?」


 その手が、不意に止まった。


 通信記録。


 転移承認。


 応援要請。


 各支部の出動記録。


 それぞれを重ね合わせる。


「……変」


 呟きながら、さらに別の画面を開く。


 通常なら、応援要請が発令されると同時に、


 受付。


 承認。


 転移準備。


 出動。


 そのすべての履歴が秒単位で記録される。


 しかし、いくつかの支部だけ、その流れが不自然だった。


 承認ログが途中で欠けている。


 通信のタイムスタンプに微妙なずれがある。


 書式も僅かに統一されていない。


 一つひとつは些細な違和感。


 単独なら、見逃しても不思議ではない程度の誤差だ。


 けれど。


 同じような綻びが、複数の支部で繰り返されている。


「……偶然?」


 その言葉を口にした瞬間、別の事件が頭をよぎった。


 少し前。


 同時多発ゾンビ事件。


 あの事件も、どこか説明の足りない報告書だった。


 原因不明。


 偶然。


 それだけで片付けられた事件。


「……また?」


 ココアは眉を寄せる。


 もちろん、断定できる材料など何もない。


 通信障害かもしれない。


 入力ミスかもしれない。


 現場の混乱による記録漏れかもしれない。


 それでも。


 胸の奥で、小さな警鐘が鳴っていた。


「ココア?」


 上官が足を止める。


「どうした」


「あ、はい」


 ココアは画面を指差した。


「複数支部の通信ログなんですけど、少し気になるところがあって」


 上官は画面へ目を向ける。


 しばらく無言でデータを追い、


「……確かに」


 と、小さく呟いた。


「一つ一つは説明できそうだが、数が多いな」


「はい」


「現地で記録を照合した方が早そうです」


 ココアは頷く。


「だったら、その調査」


 一拍置いて、笑顔を浮かべた。


「私に任せてもらえませんか?」


 上官は少しだけ驚いたような表情を見せる。


「珍しいな。お前が現場を希望するとは」


「気になったことは、検証しないと気が済まない性分なので」


 その返答に、上官は苦笑しながら肩をすくめた。


「分かった。派遣申請はこちらで通しておく」


「ありがとうございます」


「数日中には現地へ向かえるだろう」


 ココアは深く頭を下げた。


 上官が立ち去ると、静かなフロアにキーボードの音だけが戻ってくる。


 ココアはもう一度だけ、問題のログを開いた。


 ほんのわずかな時刻のずれ。


 欠けた承認履歴。


 説明できそうで、説明しきれない空白。


「……ただの記録ミスなら、それでいいんだけど」


 モニターを閉じる。


 画面が暗転する直前、最後まで表示されていたタイムスタンプだけが、黒い画面に一瞬だけ残った。


 0.7秒。


 ココアはその数字をじっと見つめる。


「……たった〇・七秒」


 誰にも聞こえない声で呟く。


「でも、この〇・七秒が――なんだか、すごく気になる」


 静かな笑みを浮かべたまま、彼女は端末の電源を落とした。


 その違和感が、自分をどこへ導くことになるのか。


 このときのココアは、まだ知る由もなかった。

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