帰路
カサンガでの掃討作戦が終了した頃には、太陽は西へ大きく傾いていた。
現場ではすでに後処理が始まっている。
崩れた道路には重機が入り、仮設の足場が次々と組まれていく。
隔離線は順に撤去され、防護服姿の職員たちが住民の誘導を続けていた。
きっと数日もすれば、この街は何事もなかったような顔を取り戻す。
報道では事故として処理され。
人々の記憶は少しだけ書き換えられ。
怪異という存在は、また世界から静かに消される。
それが世界政府の仕事だった。
エースは輸送機へ乗り込み、ようやく息を吐く。
アメリカ。
そしてカサンガ。
二つの現場を休む間もなく駆け回り、身体は鉛のように重かった。
最初の現場がどう片付いたのか。
確認する時間すらなかった。
任務が終われば次の任務。
それが、自分たちの日常だった。
機体がゆっくりと浮かび上がる。
窓の外では夕焼けが雲を赤く染め始めていた。
「……さすがに疲れたな」
隣でギンがぽつりと呟く。
その声には、もう戦場にいた時の張りはない。
「だな」
エースも苦笑する。
「悪かったな。付き合わせて」
「だから」
ギンは小さく肩をすくめる。
「あんたのせいじゃない」
「まあ、そうなんだけどさ」
二人は少しだけ笑った。
しばらく沈黙が続く。
エンジン音だけが機内へ響いていた。
「でも」
不意にギンが口を開く。
「あんたと組む任務なら」
一度だけ言葉を切る。
「……嫌いじゃない」
エースは思わず目を瞬かせた。
「お」
「今日は素直だな」
「惚れんなよ?」
「疲れてる時に気持ち悪いこと言うな」
「ひでぇ」
思わず吹き出す。
ギンも呆れたように息を吐いた。
それから背もたれへ身体を預ける。
瞼がゆっくり閉じていく。
ほんの数秒前まで返事をしていたはずなのに。
次の瞬間には、もう規則正しい寝息が聞こえていた。
「……寝るの早」
エースは小さく笑う。
本当に限界だったのだろう。
その寝顔は、戦場で見せていた険しさが嘘のように穏やかだった。
起こす気にはなれない。
毛布を肩へ掛け直し、エースは窓の外へ視線を向ける。
どこまでも続く雲海。
その向こうで、世界は何事もなかったように今日を終えようとしている。
だが。
本当にそうなのだろうか。
今回の事件。
世界各地で同時に発生した怪異。
互いに関係のない土地。
関係のない人々。
関係のないはずの事件。
――本当に。
胸の奥へ、小さな違和感が沈んでいく。
言葉にはならない。
証拠もない。
ただ、それだけが静かに残った。
エースは目を閉じる。
考えるのは、また今度でいい。
今は少しだけ眠ろう。
輸送機は夕焼けに染まる雲の上を、静かに飛び続けていた。




