↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
VERSE0.0-世界政府記録アーカイブ文書001  作者: 甘酒
エピソード2
18/94

傷跡



 最後の一体だと思っていた。


 その瞬間だった。


 瓦礫の陰から、一体の怪異が勢いよく飛び出す。


「っ!」


 ギンは反射的に銃を構えた。


 だが遅い。


 怪異はそのまま組み付き、牙を剥いて顔へ食らいつこうとする。


 銃身を盾のように押し当て、どうにか噛み付きを防ぐ。


「チッ!」


 距離が近すぎる。


 撃てない。


 ギンは腰のダイヤモンドブレードを抜き放った。


 銀色の刃が弧を描く。


 怪異の右腕が宙を舞う。


 体勢が崩れた隙に蹴り飛ばし、間合いを作る。


 さらに一歩。


 踏み込む。


 刃が頭部を断ち割った。


 怪異は地面へ崩れ落ちる。


 ――終わり。


 そのはずだった。


 だが。


 ギンの腕は止まらない。


 もう動かない頭部へ。


 もう何も感じていない肉塊へ。


 何度も。


 何度も。


 刃を振り下ろす。


 金属音。


 肉を裂く音。


 荒い呼吸。


 世界から音が消えていく。


 耳の奥で、自分の鼓動だけが大きく鳴っていた。


 視界が狭い。


 赤い。


 ただ目の前の怪異だけが見える。


 止まらない。


 止められない。


「――ギン」


 静かな声だった。


 怒鳴り声ではない。


 責める声でもない。


 その一言だけで、ギンの腕が止まる。


 ゆっくり振り返る。


 エースが立っていた。


 銃を下ろしたまま、静かにこちらを見ている。


「もう終わってる」


 それだけだった。


 ギンは荒い息を繰り返す。


 数秒遅れて、自分の手が震えていることに気付いた。


 握り締めた柄が、白くなるほど力が入っている。


「……悪い」


 ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほど掠れていた。


 エースは首を横へ振る。


「謝ることじゃねぇ」


 それ以上は何も言わない。


 何があったのか。


 なぜ止まらなかったのか。


 理由を聞くこともしない。


 ただ周囲へ視線を戻し、次の脅威がないかを確認する。


 その横顔を見ながら、ギンは小さく息を吐いた。


 一方でエースは、何も言わず前を見据えていた。


(……分かる)


 胸の奥でだけ、そう呟く。


 自分も同じだった。


 怪異を前にすると、頭より先に身体が動いてしまう時期があった。


 怒りは消えない。


 悲しみも消えない。


 時間が解決するほど、簡単なものじゃない。


 だからこそ、余計な言葉はいらなかった。


 隣に立っているだけでいい。


 それだけで十分な時もある。


「行けるか」


 短い問い。


 ギンは深く息を吸い、ゆっくり吐き出す。


 ブレードに付いた血を払い、鞘へ納めた。


「ああ」


 その返事は、もう震えていなかった。


 二人は再び並んで歩き出す。


 住宅街には、まだ不気味な静けさが広がっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。