傷跡
最後の一体だと思っていた。
その瞬間だった。
瓦礫の陰から、一体の怪異が勢いよく飛び出す。
「っ!」
ギンは反射的に銃を構えた。
だが遅い。
怪異はそのまま組み付き、牙を剥いて顔へ食らいつこうとする。
銃身を盾のように押し当て、どうにか噛み付きを防ぐ。
「チッ!」
距離が近すぎる。
撃てない。
ギンは腰のダイヤモンドブレードを抜き放った。
銀色の刃が弧を描く。
怪異の右腕が宙を舞う。
体勢が崩れた隙に蹴り飛ばし、間合いを作る。
さらに一歩。
踏み込む。
刃が頭部を断ち割った。
怪異は地面へ崩れ落ちる。
――終わり。
そのはずだった。
だが。
ギンの腕は止まらない。
もう動かない頭部へ。
もう何も感じていない肉塊へ。
何度も。
何度も。
刃を振り下ろす。
金属音。
肉を裂く音。
荒い呼吸。
世界から音が消えていく。
耳の奥で、自分の鼓動だけが大きく鳴っていた。
視界が狭い。
赤い。
ただ目の前の怪異だけが見える。
止まらない。
止められない。
「――ギン」
静かな声だった。
怒鳴り声ではない。
責める声でもない。
その一言だけで、ギンの腕が止まる。
ゆっくり振り返る。
エースが立っていた。
銃を下ろしたまま、静かにこちらを見ている。
「もう終わってる」
それだけだった。
ギンは荒い息を繰り返す。
数秒遅れて、自分の手が震えていることに気付いた。
握り締めた柄が、白くなるほど力が入っている。
「……悪い」
ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほど掠れていた。
エースは首を横へ振る。
「謝ることじゃねぇ」
それ以上は何も言わない。
何があったのか。
なぜ止まらなかったのか。
理由を聞くこともしない。
ただ周囲へ視線を戻し、次の脅威がないかを確認する。
その横顔を見ながら、ギンは小さく息を吐いた。
一方でエースは、何も言わず前を見据えていた。
(……分かる)
胸の奥でだけ、そう呟く。
自分も同じだった。
怪異を前にすると、頭より先に身体が動いてしまう時期があった。
怒りは消えない。
悲しみも消えない。
時間が解決するほど、簡単なものじゃない。
だからこそ、余計な言葉はいらなかった。
隣に立っているだけでいい。
それだけで十分な時もある。
「行けるか」
短い問い。
ギンは深く息を吸い、ゆっくり吐き出す。
ブレードに付いた血を払い、鞘へ納めた。
「ああ」
その返事は、もう震えていなかった。
二人は再び並んで歩き出す。
住宅街には、まだ不気味な静けさが広がっていた。




