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VERSE0.0-世界政府記録アーカイブ文書001  作者: 甘酒
エピソード2
15/94

隠された災害



 輸送機のハッチがゆっくりと開く。


 吹き込んできた風に乗って、鼻を刺す焦げ臭さが流れ込んできた。


 それだけではない。


 鉄錆にも似た、生臭い匂い。


 エースは小さく眉をひそめる。


「……嫌な匂いだな」


 タラップを降りると、目の前には地方都市の住宅街が広がっていた。


 ――いや。


 正確には、"広がっていたはず"だった。


 町を囲むように築かれた巨大な金属製バリケード。


 数十台もの装甲車。


 各所に立つ武装した世界政府職員。


 頭上では低い警報音が絶え間なく鳴り続け、無線のノイズが風に混じって聞こえてくる。


「思ったより……規模がデカいな」


 エースは思わず呟いた。


 これまで何度も怪異案件に出てきた。


 だが、この隔離区域は明らかに広すぎる。


 その違和感は胸の奥へ引っ掛かったまま、まだ言葉にはならなかった。


「行こう」


 ギンと並んで歩き出す。


 隔離線の内側では、白い防護服を着た職員たちが住民を誘導していた。


「落ち着いてください」


「順番にこちらへお願いします」


「必ず全員、安全を確認します」


 住民たちは疲れ切った表情で列を作る。


 中年の女性が、不安そうに職員へ尋ねた。


「本当に……ガス漏れなんですか?」


「ニュースでは何も……」


 職員は一切表情を変えない。


「化学プラントの事故です。現在、安全確認を進めています。皆様は避難所へ移動してください」


 淀みのない説明。


 まるで何百回も繰り返してきた台本のようだった。


 女性は納得したように頷く。


 いや。


 納得"させられた"と言った方が正しい。


 住民たちの目には、どこか薄い膜がかかったような虚ろさが残っている。


「あれは……」


 ギンが小さく呟く。


「記憶処理班だ」


 エースは視線だけを向けた。


 列の最後尾では、別の職員が一人ひとりへ小型端末をかざしている。


 処理は数秒。


 終わる頃には、不安げだった表情だけが少し和らいでいた。


「もう始まってるのか」


「ああ」


 エースは静かに頷く。


「怪異を見た一般人は、基本的に記憶処理の対象になる」


「目撃者を減らすためか」


「それもある」


 エースは前を見たまま続けた。


「でも一番の理由は、怪異そのものを広めないためだ」


「噂になる」


「認識される」


「そして怪異は力を持つ」


 ギンが自然と言葉を継ぐ。


 エースは口元を少しだけ緩めた。


「ちゃんと覚えてるじゃん」


「誰かさんに嫌ってほど叩き込まれたからな」


「優秀な教官だったろ?」


「自分で言うな」


 二人は短く笑う。


 その空気を切り裂くように、遠くから甲高い悲鳴が響いた。


 一瞬。


 現場全体が静まり返る。


 すぐに無線が飛び交い、何事もなかったように誘導が再開される。


 拡声器からは、変わらないアナウンスが流れ続けていた。


『繰り返します。これは化学プラント事故への対応です。落ち着いて避難を続けてください』


 事故。


 避難。


 安全確認。


 誰もがその言葉を信じて歩いていく。


 だが、その視線の先。


 焼け落ちた住宅街の奥では、人間のものとは思えない巨大な爪痕が建物を引き裂いていた。


 エースは目を細める。


 やはり妙だ。


 怪異事件には慣れている。


 それでも、この規模は見たことがない。


「ギン」


「なんだ」


「装備を着けろ」


 さっきまでの軽い口調は、もう消えていた。


「ここから先は、本番だ」


 ギンは無言で頷く。


 足元へ置いていた大型ケースを開く。


 内部には対怪異アーマー《AAA》が、隙間なく収められていた。


 静かな金属音が響く。


 戦いが始まろうとしていた。


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