一日の始まりー世界政府戦闘員
世界政府アメリカ支部の食堂は、朝から賑やかだった。
焼きたてのパンの香り。コーヒーの湯気。食器が触れ合う軽やかな音。
各国から集められた職員たちが、それぞれ好きな朝食を手に席へ向かい、思い思いに会話を交わしている。
英語、中国語、スペイン語、日本語。
本来なら入り乱れるはずの言葉は、耳元の同時翻訳インカムのおかげで、誰にとっても自然な母国語として聞こえていた。
そんな食堂の一角へ、山盛りのフライドポテトと特大ハンバーガーを載せたトレーを持った青年が現れる。
「今日も朝からそれかよ……」
向かいへ腰を下ろしたギンが、呆れたようにため息をついた。
彼の朝食はパンとスープ、サラダという実に健康的な組み合わせだ。
「朝はガッツリ食わないと動けないだろ?」
エースは笑いながらハンバーガーへ豪快にかぶりつく。
「これは朝飯じゃない」
「え?」
「朝のウォーミングアップだ」
「意味分かんねぇよ」
即座に返ってきたツッコミに、エースは豪快に笑う。
そこへ、近くを通った職員が声を掛けてきた。
「お、エース! またバーガーか!」
「今日も絶好調だな!」
「ポテト一本くれ!」
「断る」
「即答かよ!」
「これは俺の命だからな」
「ポテトが?」
「HPだ」
「ゲーム脳すぎるだろ」
周囲から笑い声が上がる。
エースもつられて笑いながらポテトを頬張った。
こうして誰とでも気軽に話し、自然と場を明るくしてしまう。
それが、この支部でのエースだった。
「任務じゃ頼りになるのにな」
「普段との差が激しすぎる」
「褒め言葉として受け取っとく」
軽口を返すエースに、職員たちは笑いながら持ち場へ戻っていく。
「人気者だな」
ギンがぼそりと呟く。
「まぁな」
「否定しろ」
「事実だから仕方ない」
「うわ、自分で言った」
「そこ笑うところだから」
ギンは呆れながらスープを口に運ぶ。
その時だった。
食堂の隅から歓声が上がる。
「ナイス!」
「そこ決めるか!」
「もう一戦!」
数人の職員が携帯ゲーム機を囲み、朝から盛り上がっていた。
エースの視線が一瞬でそちらへ吸い寄せられる。
「あー……今日もやってる」
羨ましそうに眺めるその姿は、まるでおもちゃ屋の前を通りかかった子どものようだった。
「混ざりたい」
「朝飯食ったばっかだろ」
「一戦だけ」
「絶対終わらないやつだ」
「いや、一戦だけ」
「昨日もそう言って三時間やってた」
「……覚えてた?」
「忘れるか」
ギンは半ば呆れながらパンをちぎる。
その横で、ゲーム機を囲む職員たちを見つめる。
ほんの一瞬だけ。
本当に一瞬だけだった。
「……面白いのか、それ」
ぽつりと漏れた一言。
エースは聞き逃さなかった。
「お、興味ある?」
「別に」
「じゃあ今度一緒に──」
「やらない」
「最後まで聞けよ」
ギンは視線を逸らす。
その口元だけが、ほんの少しだけ緩んでいた。
数か月前まで、こんな何気ない朝を過ごすことすらなかった少年が、少しずつこの日常へ溶け込み始めている。
エースは、それが少し嬉しかった。
食事を終えた二人は、そのまま訓練場へ向かう。
廊下でも職員たちが次々と声を掛けてきた。
「エース、おはよう!」
「今日は久々のオフじゃなかったか?」
「その予定だったんだけどな」
「お、嫌な予感しかしない言い方」
「縁起でもないこと言うなって」
笑いながら手を振る。
その瞬間だった。
ピリリリリリッ――。
耳をつんざくような電子音が、静かな廊下へ鋭く響いた。
エースの携帯端末。
定時連絡とは明らかに違う、緊急招集専用のアラート。
周囲の職員たちも一斉に表情を引き締める。
さっきまでの笑い声が嘘のように消えた。
エースは端末へ視線を落とす。
「……マジか」
「どうした」
ギンが覗き込む。
「海外で大規模事案発生。即応部隊、全隊員招集だ」
短い文章。
それだけで十分だった。
「行くのか」
「行くしかねぇだろ」
さっきまで笑っていた青年はもういない。
即応部隊隊員・エースとしての顔に切り替わっていた。
二人は訓練場とは反対方向――出撃準備区画へ向かって駆け出す。
穏やかだった朝は、わずか数秒で終わりを告げた。




