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VERSE0.0-世界政府記録アーカイブ文書001  作者: 甘酒
エピソード1
12/94

第12話 居場所

支部長室へ戻ると、室長は先ほどと同じソファに腰掛けていた。


湯気はもう消えかけている。


湯呑みを静かに置き、二人を見ると穏やかに笑った。


「待たせたね。」


「――結論、出たよ。」


ギンは思わず拳を握る。


次の一言で、自分のこれからが決まる。


そんな予感がしていた。


「記憶処理は、なし。」


その言葉を聞いた瞬間。


胸の奥に張り詰めていたものが、少しだけほどけた。


気付けば、小さく息を吐いていた。


「その代わり。」


室長は穏やかな口調のまま続ける。


「キミはこちらで預かることになった。」


「いずれは、こちら側の仲間としてね。」


ギンは何も答えなかった。


まだ実感が湧かない。


助かったのか。


助かっていないのか。


それすら分からなかった。


室長は視線をユズへ向ける。


「とはいえ。」


「保護観察には担当者が必要なんだよねぇ。」


「さて。」


「誰が面倒を見るんだろうねぇ。」


独り言のような口調。


なのに、その視線だけは真っ直ぐユズへ向けられている。


ユズはぴくりと眉を動かした。


「……何ですか、その目。」


「別に?」


室長はにこやかに笑う。


「キミが一番縁があると思っただけだよ。」


「命を助けたのもキミ。」


「ここまで連れてきたのもキミ。」


「それに。」


「他の誰かに任せて何かあったら、キミも寝覚めが悪いだろう?」


一つ一つは穏やかな言葉だった。


だが積み重なるほど、逃げ道がなくなっていく。


ユズは黙ったまま室長を見つめる。


数秒。


それから大きく息を吐いた。


「……はぁ。」


肩が少しだけ落ちる。


「分かりました。」


「ワタシが担当します。」


「別に、やりたくてやるわけじゃないですけど。」


「お。」


「決まりだ。」


室長は満足そうに頷いた。


最初からこうなると分かっていたような笑みだった。


ユズは心底納得していない顔で、小さくぼやく。


「……もう、パパのそういうところ――」


言った瞬間、自分で固まる。


「あ。」


一拍置いて言い直した。


「……室長。」


「室長の、そういうところです。」


室長は特に気にした様子もなく笑っている。


しかし。


ギンの耳は、その一言を聞き逃さなかった。


「……今。」


「パパって言ったよな。」


「言ってない。」


「いや、言った。」


「聞き間違い。」


即答だった。


だが耳だけは、ほんのり赤くなっている。


ギンはそれを見逃さない。


(……親子?)


(じゃあ、この人はただの職員じゃないのか。)


疑問は浮かんだ。


だが今は、それ以上聞ける空気ではなかった。


「……というか。」


ギンはようやく口を開く。


「勝手に決めるなよ。」


ユズは振り返る。


「文句あるなら。」


「記憶、消してもらう?」


「…………。」


返す言葉はなかった。


あれだけは嫌だ。


それだけは絶対に譲れない。


「……ない。」


ようやく絞り出した返事に、ユズは小さく頷く。


室長はそんな二人を見ながら微笑んだ。


「これから少しずつ、この世界のことも仕事のことも覚えていけばいい。」


「焦らなくていい。」


「時間は、ちゃんとあるからね。」


こうして。


行き場を失っていたギンの居場所は、成り行きと少しの強引さの末に、とりあえず決まった。


---


### Ending


支部を出ると、二人は地上へ続く階段をゆっくり上っていく。


裂け目を抜けると、そこには夕暮れの空が広がっていた。


赤く染まり始めた住宅街。


遠くには、まだ細い煙が立ち上っている。


ギンは立ち止まり、その煙を見つめた。


父も。


母も。


もう、いない。


帰る家も、おそらく残ってはいない。


胸の奥に空いた穴は、何一つ埋まっていなかった。


それでも。


記憶だけは残った。


あの日のことも。


二人のことも。


全部、自分の中に残っている。


その事実だけが、今は唯一の支えだった。


「――帰ろ。」


ユズが静かに言う。


ギンは驚いて振り向いた。


「……そっちこそ、何でそんなに普通なんだよ。今日、色々あっただろ。」


「別に。」


「放っておけなかっただけ。」


それ以上は語らない。


慰めの言葉もない。


励ましもしない。


ただ、ごく自然にギンの隣を歩き始める。


その何気ない距離だけが、今のギンには少しだけ心地良かった。


絶望は消えていない。


復讐心も消えていない。


それでも。


世界は終わらなかった。


ギンは一歩だけ前へ踏み出す。


その隣には、無愛想な巫女姫が歩いていた。

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