第11話 神様の予定
資料室での用事を終えた二人は、再び廊下を歩いていた。
職員たちが忙しそうに行き交う。
誰もが書類を抱え、電話を片手に歩き、キーボードを叩く音が遠くから聞こえてくる。
どこにでもある役所のような光景。
ただ違うのは、その仕事の内容だけだった。
すれ違いざま、書類を抱えた職員二人の会話が耳に入る。
「例大祭の日程なんだけどさ、向こうの神様からまだ返事が来なくて。」
「ああ、あの件ですか。」
「来月なんだけどねぇ。」
「まあ、神様相手ですし。気長に待つしか。」
「いや、気長に待ってたら例大祭終わるんだけど。」
二人は苦笑しながら、そのまま歩き去っていく。
ギンは思わず足を止めた。
「……今。」
「神様って言ったよな。」
「言ったね。」
ユズは特に気にした様子もなく歩き続ける。
「……聞き間違いじゃなく?」
「うん。」
「神様。」
あまりにもあっさり肯定され、ギンは言葉を失った。
さらに少し先では、別の職員が電話をしながら歩いていた。
「はい、例の悪魔との契約更新ですね。」
「ええ、判子だけいただければ。」
「……今どちらに?」
「ヴァルハラ?」
「それは遠いですねぇ……。」
電話を切ると、その職員は何事もなかったように足早に去っていく。
ギンはその背中を見送りながら、小さくつぶやいた。
「……悪魔まで契約更新するのかよ。」
「するね。」
「しかもヴァルハラ。」
「そうだね。」
「もう何でもありじゃねぇか。」
ユズは少しだけ首をかしげた。
「神社の巫女やってると分かるけど。」
「神様って、案外普通だよ。」
「普通……?」
「祭りの日程調整したり、お供え物のお礼を言ってきたり。」
「メールの返事が遅い人、くらいの感覚。」
ギンは思わず顔をしかめた。
「いや、それ普通って言わねぇだろ。」
「そう?」
「予定合わせる神様とか聞いたことないぞ。」
「こっちでは割とある。」
あまりにも当然のように返される。
ギンは思わず額を押さえた。
ゾンビ。
怪異。
魔法。
世界政府。
地底世界。
そして今度は、神様のスケジュール調整。
今日一日だけで、自分の常識は何度壊れただろう。
馬鹿馬鹿しい。
本当に馬鹿馬鹿しい。
なのに、不思議だった。
さっきまで胸を押し潰していた重苦しさが、ほんの少しだけ軽くなっている。
もちろん何も解決してはいない。
父も母も戻らない。
怒りも悲しみも消えたわけではない。
それでも、世界にはこんな呑気な日常もあるのだと知ったことで、心にほんの少しだけ余裕が生まれていた。
ユズはそんな変化に触れることもなく、廊下の先を指さす。
「ほら。」
「そろそろ戻る。」
「室長、そんなに人を待たせるタイプじゃないから。」
ギンは一度だけ深く息を吐く。
そして何も言わず、ユズの後を追った。




