誇示
「婚約者がいる、ということはつまり…。」
上擦った声で鸚鵡返しをするセーシェに、ミリアナは眉を目を軽く見開いた。
「言葉通り、婚約者がいるのよ。もちろんリュベルじゃなくて、他の男性よ?」
ディミトリアは信じられまいという風に両目をぱちぱちと瞬かせ、ミリアナの顔を目を凝らして見つめた。
「しっかり者の副会長に婚約者がいることは何らおかしくないけれど、まさかお相手が会長ではないとは…。」
ミリアナはよほどおかしかったのか、貴族らしい振る舞いなど捨て去りながら腹を抱えて笑った。
「そんなの、ありえないわよ。私たちは幼少からの腐れ縁だもの。」
「その通りだ。」
ディミトリアとセーシェの背後にリュベルが現れ、ミリアナに同意を示した。リュベルは驚く二人を差し置いて、平静の面持ちで話を続ける。
「三人とも、今から生徒会室に来てくれないか。今節末の舞踏会について話し合いたい。」
リュベルは体を翻し、生徒会室へと歩き始めた。足早な彼の背中を、三人もまた足を早めて追いかけていた。
——生徒会室。
既に庶務の座に腰掛けていたザクノが、生徒会室へと立ち入った四名に反応を示した。
「すぐ見つかったんですね。よかった。」
「ああ、それじゃあミリアナ達も席についてくれ。これからディミトリアが提案してくれた舞踏会、加えてそれに伴う新たな行事を考えようと思った次第だ。」
「新たな行事…と、いいますと?」
ミリアナが浮かべた疑問符に、リュベルはすぐさま言葉を加えた。
「この学院はいわば、国中の優秀な若者達が集う聖地なのだよ。しかし、その魔法力や武力などの実力が如何なるものかが僕は五大貴族方や国王様をはじめとしたこの国の人々には十分に伝わっていないように思える。」
「たしかに。先の舞踏会の例が挙がったように、ギリツィエでは文化歴史的な催事を取り入れたがる傾向がありますね。」
「ディミトリアの言う通りだ。だから僕は武道会を開きたい。」
「舞踏会、もうそれは決定事項ですよね?」
「それは舞踏会の話だろう、ザクノ。僕のは、武をもって闘うと書いて武闘会だ。優秀な学徒達が鎬を削りあい、ギリツィエの素晴らしき教育を誇示しようではないか!」
高らかに声を荒げたリュベルに、ザクノが顔色をぱあっと明るくして何度も頷いた。それに構わず、ミリアナは手をぴしりと挙げて鋭い質問を投げかけた。
「生徒数が多すぎるし、学年差があると戦力にも差があると思うのだけれど。それに、武闘会を五大貴族の方々にご覧になってほしいのなら、早めに開催しなければ。一月後にはそれぞれの領地に戻られてしまうのよ?」
リュベルは待ってましたと言わんばかりに笑みを含んだ顔で頷いた。
「良い指摘だ。そこで、僕は先日の総合試験の上位成績者のみに参加者を絞り、学年別のトーナメントを開こうと考えた。開催時期についても問題はない。小議会選挙が襲撃されたことで王国騎士団の方々がギリツィエに滞在してくださっている。彼らは全面的に武闘会の運営に協力してくれるそうだ。」
「それなら整合は取れるわね。思った通りの意見が出たわ、良かった。」
澄まし顔のミリアナにリュベルは納得のいかない様子だったが、手をぱんと叩いて話を整えた。
「では、この案に異議のある者は?」
四人とも手は伏せたまま、視線で賛同の意を示した。
「ありがとう。僕からアードロック学長に掛け合った後、全生徒へ信任を取る。もちろん、僕の提案なので仕事の大部分は僕が担う。けれど、少しばかりは君達も協力してくれると助かるよ。」
ザクノは眼鏡越しの両目を輝かせて、リュベルに対してにじり寄った。
「俺に任せてください!武闘会といえばレファリフ領フロズディアの名物ですよね!」
「そうね。あれを運営しているのは領主であるリュベルのお父様。その嫡男とあらば、相当な手腕でしょう?」
片眉を上げ、微笑を浮かべるミリアナの視線にリュベルはもちろんだと言わんばかりに深く肯定を示した。
「私も可能な限り尽力します。」
「セーシェが言うならば、私も。」
「皆、感謝するよ。では、これにて解散とする。」
リュベルは再び両手をぱんと合わせると、今回の小議会は同時に終幕を迎えた。
——ギリツィエ棟 中庭
レイラとシャンドラは早撃魔法学の授業を終え、中庭のベンチに腰掛けていた。学院から寮へと流れていく疲れ切った学生達の列が二人の前を途切れることなく横切ってゆく。
シャンドラはうっとりとした表情で両手を合わせ、この先にある行事に想いを馳せていた。舞踏会である。
「ねえ、レイラ。舞踏会は楽しみ?」
いきなり魂の抜け切った表情を覗き込まれたレイラは軽く仰け反りかえってから遅く応答した。
「うわあっ!驚かさないでよ。…ううん、そんなに楽しみでもないわね。共に踊る殿方もまだ見つかっていないのに。不参加でもいいのかも。」
過去に開かれていた舞踏会は通常、男女のペアが大ホールでラドナーク王国の伝統舞踊「ウォルサ」を披露する。参加の可否は自由であるが、多くの男女が恋仲か否かを問わず大勢参加し、舞踏会を経て恋仲になることもあるという。今回、ディミトリアが提案した舞踏会も大まかな形式自体は同じものだった。
「レイラの素敵な未来の殿方が見つかるかもしれないよ。ほら、あの人なんて素敵じゃない?」
シャンドラが指先を向けたのは、遠方を歩くキザに服装と前髪を遊ばせた男子生徒だった。キザな男子生徒はシャンドラの視線に気づくと、優しいウインクを送って去っていった。レイラは表情全体で否定の色を全面に押し出す。
「ないないない。シャンドラ、あなた殿方選びのセンスが壊滅的。ありえない。最悪。彼、どこか変なルティウス様みたい。」
レイラの言葉にむくり顔になったシャンドラは頬を膨らませて口早に聞き返した。
「なら、レイラはどんな人が素敵だと思うのよ。」
「私はもっと真面目そうな人がいいわ。ほら、あの人とか。」
レイラが指し示したのは、眼鏡をかけた如何にも堅物そうな長身の男子生徒だ。両脇に抱えた分厚い教科書が彼の勉強熱心な性格を如実に語っている。その男子生徒はレイラの視線に気づくと、一瞬顔を顰めて足早にその場を去っていった。シャンドラは両手でお腹を抱えながら大きく笑い声を上げた。
「あはははは!逃げられてるよレイラ!いくら可愛くても目つきが悪いと逃げられちゃうのね!私は、あそこまで勉強づくめな人は尽くしてくれないと思うなあ。」
「笑わないで!でもそれは言えてる、私のこと見向きもしてくれないでしょうね。ええと、聞き逃していたけれど、目つきが悪いって?」
レイラは微笑を浮かべた後、目をぱちくりとさせて瞼を両指で力一杯上に押し上げた。それを見て再びシャンドラの笑いのエンジンがかけられた。満足げに唇を揺らしたレイラは、軽く思案するような顔つきでいった。
「でも、こんな馬鹿話できるのも私たちが小貴族だからよね。中貴族も大概だけれど、大貴族がこんな破廉恥な話をしていたら、すぐさま学院中に広まるし。何より婚約者だって若い頃から決まっていることが多いから、舞踏会での駆け引きなんて楽しめなさそう。そう考えると、私は小貴族でよかったのかもしれないわ。」
「おお、さすが中貴族から小貴族に降格したキラベア家は格が違うねえ。」
「その弄りは死ぬまで続くの?」
「ごめんごめん。死ぬまで続ける。」
シャンドラとレイラが馬鹿話に夢中になっている頃、気づかぬ間に二人は複数の男子生徒に囲まれていた。どうやら異変を察知したレイラが困惑の表情で男子生徒らを一人一人見つめる。彼らの顔つきは至って真剣なもので、その覚悟の決まったような目つきが本能的にレイラには恐怖として捉えられた。震える喉元で、絞り出すように声を出す。
「あ、あの…何か私たちに、用かしら?」
男子生徒達は数秒間黙りこくった後、照らし合わせたように一斉に頭を下げて片手を差し出した。シャンドラへ向かって。
「シャンドラさん、俺と舞踏会で踊ってください!」
「いや、俺と!」
「僕もいます!」
「踊ろう、踊ろうよ!」
「は、はあ!?全員シャンドラに頼み込むの?私は?」
男子生徒達は応答しない。ただ皆、シャンドラの返答を心待ちにしている。当人は顔を真っ赤にして、ぷるぷると小さな体を振るわせるだけだった。
「ご、ごめんなさぁい!」
シャンドラは男子生徒達を押し退けると突然中庭の草むらを横切って走り出した。
「ま、待ってよ!」
そのあとを追うように、レイラと足をせっせと働かせて彼女の背中を捉えていた。
——中庭中央。
二分ほど走り続け、疲れ切ったシャンドラを捕縛したレイラは荒い呼吸のまま、シャンドラの丸まった背中をむんずと掴んだ。
「あんた…ふざけんじゃないわよ…あんなに、男から…言い寄られて。」
「怖かったよ…。」
シャンドラはレイラの胸に顔を埋め、小さく呟いた。シャンドラはアルデンブルグの頃から男子生徒の目を引く天使のような表情と天真爛漫な性格の持ち主だった。あのセーシェが見込んだ少女なのだから、間違いはない。レイラ自身も気づいていた。常日頃から、男子生徒の熱い視線がこちらに向けられていると。ただし、その視線は少しレイラからずれていたらしいが。
「あ…あたしにも一人くらい来てくれないかな。」
「呼んだか。」
レイラはぎょっとする感覚を背で感じ取った。聞き覚えのある声だ。恐る恐る振り返ると、そこに立っていたのはザクノだった。
「レイラ、俺と今度の舞踏会で——。」
「嫌だ。」
「レイラ、最後まで聞いてあげてよ!」
シャンドラの耳打ちにレイラは首を振ってさらさらと髪を揺らした。断固たる否定の意思が頭全体で表明されている。
「ザクノは嫌。シャンドラ、あなたがこいつと組んであげなさいよ。」
「ええと、ごめん。それは…いや、ザクノが嫌いとかそういうわけじゃないの!」
ザクノは地面に目を落として、ため息にそのまま声を交じり合わせたようなトーンで喋りを続けた。
「いや、いいんだ。どうせ俺なんて…。」
「ザクノってこんな弱々しい性格だったっけ…。」
「俺はな。踊る相手は誰でもいいんだ。」
「こんな遊び人みたいな性格でもないでしょ!」
レイラの鋭いツッコミにザクノはたじたじになりながら片手を振り、否定した。
「ちがうちがう、そうじゃない、俺が欲しいのは優勝商品であって恋仲の女性ではない。ましてや、お前ではない。舞踏会で組んだ相手は恋仲になるだとか意味不明なジンクスが存在するが、そんなものにも興味はない。」
「そう。なら私以外の誰でもいいんじゃない?シャンドラ、ザクノと組んで。」
「ええと、ごめん。それはちょっと…でもザクノが嫌いなわけじゃ——。」
再び難色を示すシャンドラにザクノが間髪入れずにストップを突き出した。
「——その漫談のような掛け合いはやめてくれ。…動機が不純なのに見知らぬ女生徒に頼めるものか!アルデンブルグからの知り合いであるお前達にしか頼めないのだ。」
「セーシェと組めば?この間のあれこれで仲直りできたんじゃないの。」
「そもそも喧嘩などしてはいないが…婚約者のいる女生徒を誘うのは気が引けるだろう。」
「…。」
痺れを切らしたレイラはずけずけとザクノに詰め寄ると、彼を猛虎の目つきで見上げ睨みつけ、指先を突きつけた。
「わかった。あんたと踊ってあげてもいい。でも、一つ条件がある。それは私に舞踏会当日まで他に”バディ”が見つからなかった場合。あんたは絶対に他にバディを探しちゃダメ。どう?」
無理難題を投げかけたレイラに対し、ザクノはうぅんと唸り声を上げて彼女の言葉を反芻していたが、ようやく納得したかのように頷いた。
「その条件、飲もう。」
「うそ、本当に?」
レイラはあっけらかんとした表情でザクノの判断に驚いた。ザクノがここまで矜持を投げ捨ててでもレイラにへりくだったのには、ザクノの性格を変えるきっかけがあったか、あるいは優勝賞品がそんなに素晴らしいものかの二択でしかなかった。
「ああ、それほどまでに俺は優勝賞品が欲しい。」
「優勝商品って何なの?魔法石?武具?金貨?」
物的な品々を並べるシャンドラにザクノは違う違うと首を振った。
「そんなものじゃない。優勝商品は内緒だ。当日を楽しみにしておけ。」
「よし、じゃあ私はバディを探してこようかな。」
レイラはその言葉を口にするなり、中庭を駆け出して大声で叫んだ。
「誰かー!私とー!舞踏会で、踊りませんかー!」
その態度を目にしたザクノは、がっくりと肩を落とした。シャンドラが微笑と慰みの面持ちで彼を見つめている。
「何もそこまで、そこまでしなくてもいいだろう…。」




