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二枚岩

「見て。会長達、中庭にいる。」

 セーシェが小議会室の廊下から中庭に顔を覗かせた。ディミトリアも視線をやると、リュベルが噴水の前で可憐な女生徒と仲睦まじく会話を交わしている。何を言っているのかまでは耳には入らないが、この光景をミリアナが目撃すれば地獄絵図になるのは間違いなかった。


 女生徒は栗色のショートカットの髪、くるりと渦巻いたまつ毛が特徴的で、リュベルにやたらと顔を近づけてべったりとしていた。


「副会長の鬼の形相が目に浮かぶわ。」


「やめなさいよ。」


 セーシェのツッコミにディミトリアはくすりと笑いをこぼした。会長と女性徒は再び歩み始め、噴水の裏に隠れてしまった。


 足取りの軽いディミトリアにセーシェはたじたじになりながら、その跡をつけていった。


 リュベルと女生徒は校内の食堂を訪れていた。食堂はここの学生と教師のみが利用可能で、幅広いメニューを取り揃えているため大人気である。平日の午前十時から午後十時まで開いており、学生達の憩いの場となっているのだ。彼らは各々デザートのケーキを皿に取り、談笑を楽しんでいるようだった。


 二人が耳をすませると、騒々しい食堂の垣間からかすかにその会話が聞こえてくる。


「…ル様ったら、ほんとうに…。」

「君こそ…。」


「なんだか、伴侶同士の甘ったるい会話に聞こえます。」


「会長ったら…本当にこの学び舎の長である自覚はないの?…ディミトリア、あれはもしや。」


 セーシェが恐る恐る指差す方向をディミトリアは目を細めてじっくりと見つめる。その目線の先には、クリームの盛られたデザート片手に舞い上がった気分が目に見て取れるミリアナの姿があった。彼女は軽快なステップでリュベル達の席がある方に近づいている。


「あぁ、このまま副会長があちらに進めば…まさに修羅場というものですね。」


「言ってる場合じゃないわよ!私が副会長を遠ざけるから、貴方は二人を見張ってて。」


 セーシェは物陰から飛び出すと、ミリアナの視線を遮るように彼女の前に立ち尽くした。


「あら、副会長奇遇ですね!私もちょうどデザートを食そうとしていたところで…!ぜひご一緒させてください!」


「えぇまぁいいけれど…。私、先に席に座っておくわ。」


「いや、そちらは…!とっておきの席があるのです!私についてきてください!」


 セーシェはミリアナの腕をむんずと掴むと、反対方向へと歩き出した。ミリアナはその凛々しい表情を崩してあたふたと


「あぁ…ちょっと待って!私窓側の席が好きなの…。」


「副会長の特等席…こちらにもありますよっ!」


 ずるずると引きずられていくミリアナを横目に、ディミトリアはリュベル達の様子を静かに伺っていた。話に区切りがついたのかリュベルはすっと席を立ち、席に残した女生徒に手を振ってその場から立ち去った。


 女生徒もしばらく彼の背中に向けて手を振り続けていたが、突然席を立ち上がって歩き出し、ディミトリア

 の顔を不満げな顔で覗きこんだ。


「さっきから僕達のことを見ていたけれど、何か用?」


「いえ、見ていませんよ。気分を害されたのなら申し訳ありませんわ。」


 ディミトリアは和みのある笑顔で女生徒を諌めようとした。しかし、女生徒はやれやれと言わんばかりに首を横に振った。


「フン、バレバレだよ。あなたはレファリフ領の生まれの娘?まったく、みんなリュベル様の婚約者になろうと必死なんだから。」


「いいえ、私の名はディミトリア=フォン=ミスフェルド。」


 ディミトリアの聞き覚えのある上品さに女生徒は合点がいったのか深々と頷きながら話を続けた。


「あぁ、見覚えがあると思えばミスフェルド家の…。僕の名前はロズーリェ=エレフ=ジュビナンテ。レファリフ領フロズディア氷島地方都の小貴族、ジュビナンテ家の娘だ。」


「ご丁寧にどうも。あなたはリュベル様と大変仲がよろしいのですね?」


「まぁね。幼い頃から可愛がってもらっているから当然。リュベル様からは妹のようなものだと大層可愛がられているんだ。」


 ロズーリェは鼻高々に、その事実を意気揚々と語り始めた。と、その言葉ぶりに食いつく声が彼女達の背後から飛んできた。


「やっぱりあなたなのね!どうせリュベルが女生徒を連れ歩いているという噂を流したのもあなたなのでしょう!」


 呆れ混じりのミリアナはぴんと伸ばした人差し指の指先をロズーリェに突きつけた。ロズーリェは悪びれた素振りも見せず、愉快な笑みを浮かべてミリアナを挑発した。


 ディミトリアはミリアナの背後のセーシェに目配せをした。セーシェは「止められなかった、ごめんなさい」という表情で顔を少し歪めていた。


「わお、ミリアナお姉様!そう、僕が噂を流したよ。でも事実でしょう?女生徒をリュベル様が連れ歩いているというのは。」


「彼はレファリフ領の跡取りなの。そんな不埒な噂が広まれば貴族としての品格が落ちるでしょう!」


「それを彼の身内でもないお姉様に言われたくないよ。僕は僕の好きにやらせてもらうよ。じゃあね。」


「ちょっと、待ちなさい!」


 ミリアナの制止を振り切り、ロズーリェは食堂を後にしてしまった。ミリアナはがっくりと肩を落として、座席に腰を下ろした。


「レファリフ領・ファルゼン領はね、強い男性優位の思想が古くから根付いているの。」


 ミリアナはゆっくりと口を開く。セーシェがその発言に納得するように賛同の言葉を述べた。


「ロデリックも似たような事を言っていました。俺の領土では男が全て権力を掌握していると。」


「ええ、だから貴族の娘たちはいかに名家に嫁ぐことができるか。それに全てが懸かっている。」


「それが故、ロズーリェは会長を狙っているということでしょうか?」


 ディミトリアの発言にミリアナは頷きながらも付け加えた。


「彼にはまだ婚約者がいないからね。ロズーリェに限らず、日々色んな女性から言い寄られているもの。所詮みんな、一枚岩じゃないのよね。」


 ミリアナはどこか思う所があるようで、机に顔を突っ伏してしまった。


「そうなれば副会長も、会長を射止めようとしているのでしょうか?お二人の関係性を見ていてそう思いました。なんとなく、ですが。」


 斜に構えたディミトリアの口ぶりに、ミリアナは不思議そうな表情の顔を上げた。


「あれ、言っていなかったかしら?」


 その言葉に二人は困惑する。ミリアナは前髪をかき上げると、喋りのトーンを崩すことなく続けた。


「私、すでに婚約者がいるのよ。」


 セーシェとディミトリア、二人は驚きを隠すことができずに絶句する。生徒達で賑わう食堂の中、小さな沈黙の空間がわずかな時間流れていたのだった。


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