キュコリルの過去
お買い物デート後、眠っていたクロムは目を覚ました。
今日はクロムの家族に会う日なのだが、どうやら寝すぎてしまった様子。
2人して大寝坊してしまい目が覚めたのは深夜。
「寝すぎた」
「そうだな」
2人はベッドの上で寝たまま動こうとしない。
キュコリルはまだ寝足りないのか、クロムに乗っかって顔を胸に沈めている。
クロムはもう目が覚めたのか、キュコリルの頭を撫でながら天井を見つめたまま考えごとをしていた。
キュコリルはクロムが寝ていない事に気づいて、クロムの体の上をもぞもぞ移動して、クロムの両頬に両手を添える。
「難しい顔」
「……俺は」
「?」
「俺は、キュコリルのことを何も知らないと思ってな」
「言ってない。クロムは今まで自分のことで精一杯だと思ったから」
クロムはキュコリルの頬に触れながら見つめる。
キュコリルはクロムの触れた手を顔で感じながら、気持ちよさそうに目を細めた。
「教えてくれないか。キュコリルのこと」
「んふ、もちろん。嬉しい、私のことを知ってくれるの」
「もっと知りたいさ。俺たちは夫婦であり、家族でもあるんだ」
「そうだね。ねえ、クロム」
「なんだ」
キュコリルはクロムをぎゅっと強く抱きしめる。
「私は今、とーっても幸せ」
「俺も……幸せだ」
「ん。温かい飲み物飲みたい」
「そうだな。夜はまだ冷える。行こうか」
「ん」
2人はリビングに向かって、温かい飲み物をクロムが作り、キュコリルはソファに毛布を置いて、テーブルにお菓子を置いて、お喋り会の準備を始めていた。
クロムが飲み物を準備して、キュコリルの隣に座る。
2人は飲み物を飲んで、目を覚ましてからキュコリルはポツリと話し始めた。
「面白いことはないし、私は昔のことに対してはどうでもいい。今が幸せだから」
「ああ」
「だから、悲しまないで平気」
「分かった」
「ん」
キュコリルはクロムに寄りかかりながら、昔話を始める。
「私は、」
キュコリルはガオン獣王国の田舎町、身体魔法以外の魔法も使える唯一の種族の子として生まれる。
幼少期、キュコリルはクロムと同じく両親に愛されていたし、兄弟姉妹も多い大家族の生まれだった。結婚する相手が強者であることを重要視する獣人族の中で、キュコリルの両親は力があるほうではあったが、力だけを重視する人たちではなかったのだ。
そんな似たような考えを持った2人が偶然出会い意気投合し、家族になったのは必然と言えよう。
両親はキュコリルに、力だけを求めてはいけない。広い見識と、受け入れる優しい心を持つことも大事と、キュコリルに伝えていた。キュコリルも両親の教えに従い、力だけを求める獣人族を避けて、他種族も受け入れる心優しき獣人族や、他種族と交流するようになる。
しばらくは穏やかな生活が続いていたが、大粒の雨が降っていたある日を境に平穏な生活は壊れた。
いや、壊された。
力を重要視する獣人族たちの反乱が起こったから。
獣人族同士の内乱である。
キュコリルたちが住んでいる街もまた、反乱軍に襲われて街は血で血を洗うような争いが起こった。
力を重要視する反乱軍だけあって一人一人の力は優れており、街にいた非力な同族や多種族が狙われ、次々に命を奪われていく。
国の人口が減ろうがお構いなし。反乱軍の獣人族は、我々獣人族は繁殖力が強いのだから、減ったら生き残った強者の中でまた増やせばいいと本気でそう考えていたのだ。
弱いから奪われる、弱いから死んでいく、だからこそ力が必要なのだと。共存なんてせず、力で従えればいい。そうすれば、国も豊かになると。
力こそが正義。
キュコリルの両親は、正義を掲げた悪に命を奪われたと、のちに知らされたそうだ。
多種多様な魔法を使える一族の母親は、自分たちの息子娘に姿を消す魔法と、存在感が薄くなる魔法、無臭の魔法などを掛けて、追手の反乱軍と戦う道を選択した。
たくさんの子を抱えながらでは、追いつかれる、ならば守るために戦うしかないと。
キュコリルの父親はキュコリルに愛していると告げてきつく抱きしめた後、家族を守るために戦場へと向かう。
キュコリルの母親は、キュコリルを含めた子供たちに言い聞かせる。
「復讐を考えないで。どうか、幸せに生きて」
弱肉強食の国であるガオン獣王国で生きてきたキュコリルは、奪われたくなければ力を付けろと周りからも言われて育っていた。その時のキュコリルはまだ子供で戦える力を持ち合わせていない。
両親と共に家族を守る兄弟、両親に言われて必死に逃げていく幼い子供たち。
キュコリルは、森の中を姉に引っ張られて走っていたそうだ。
幼いころのキュコリルは、両親の教育の影響で競争心の低い獣人族で、いつものほほんとしており、穏やかな獣人だった。争いごとに慣れていないせいで、周りの殺意に恐怖で動けなかったところを姉に救われた。
ただいくら魔法がかかっているとはいえ、必死に逃げている呼吸の音や、草木を踏む音で、反乱軍の獣人たちに気付かれてしまう。
懸命に手を引っ張りながら走る姉について行くも、反乱軍の獣人たちに襲われて崖に追い込まれる。
下は激しい濁流、目の前には返り血を浴びた恐ろしい獣人たち。
「キュコリル、私たちは生き残るよ!」
「う、うん!」
2人は崖から飛び降りた。
反乱軍の獣人たちは2人が投身したと思い、深追いはしなかった。
獣人たちは知らなかった。キュコリルたちは、多様な魔法が使える一族であることを。
2人は魔法で落下時のダメージを軽減し、濁流の中でも生存するための魔法を使いどうにか生き延びようとした。
しかし、キュコリルの姉もキュコリルも身を守ることに精一杯。
2人は濁流に揉まれて、離れ離れになってしまう。
どうにか生き延びたキュコリルは川から岸にたどり着き、ボロボロの体ではあるがどうにか生き延びた。
そして、命からがら生き延びた際に思ったのだ。
弱いから奪われる、なら強くなって奪われないようにしよう。
そして、母の言葉通り、復讐など考えずに幸せに生きようと。
獣人は復讐心を持たない者が多い。
弱肉強食の国が影響なのか、それとも生まれた時から体に沁みついているからなのか。
自分たちが奪われたのは弱かったからであり、それは仕方のないことだと思うことができた。
だからこそ、キュコリルは自身の幸せを最優先に生きようと思えたのだ。
しかし、現状は最悪。
濁流で体力が持っていかれ、体温は低下しており、体は傷だらけ。さらには魔力もほとんどないせいで、身を守るすべもない。誰かに助けを求めようにも、魔物や魔獣、悪意の気配が辺りから感じられる。加えて、悪意の塊が活発になる夜の深い時間。
このまま死にたくないと願っても、どうしても自身の死を感じてしまう状態。
「だれか……たす、けて」
キュコリルは何度も何度もか細い声で助けを呼んだ。
誰も来るはずがないと分かっても、悪意に見つかる可能性があると分かっても、声を上げずにはいられない。
必死に生き延びようとした。
永遠に感じられる時間の中で、奇跡的に人の声がした。
キュコリルは懸命に叫んだ。
「おい、声がしたと思えば、金になるガキじゃねぇか」
「獣人か。こりゃ、マニアに売れば高くつくぞ」
「くくく、死にかけだから、綺麗なまま持って帰れるな」
キュコリルは、その言葉を聞いて絶望した。
目の前に現れた人族は、身にまとっている服はボロボロで、あからさまな悪人顔をしてニヤつく男たちが姿を現したから。
男たちはキュコリルを前にして、気味の悪い笑みでキュコリルを担ぐ。
キュコリルは男たちに運ばれながらも、現状を冷静に考える。
(……奴隷になるのは最悪。でも、魔物や魔獣じゃないから殺されることはない。それに、機を見て逃げれる。こいつらは、私が魔法を使えると知らない)
キュコリルは生死を彷徨ったことで、精神が図太くなった。
母から言われた言葉もそうだし、死にかけたことで、生きたいという思いが強くなったのだ。
ずんずんと運ばれていきながら、キュコリルはこれからのことを、未来のことを考えていた。
森深くの犯罪者たちの根城の近くに着くと、キュコリルは嫌な臭いに襲われた。
(う、血の臭い……私の街と同じ臭い。まさか、ただの人殺しの集団? でも、売るって言った。なら、この臭いはへん)
キュコリルは遠くから彼ら犯罪者の根城の臭いが分かった。
人が集まるところには、自然以外の人工的な臭いがするものだ。しかし、キュコリルが感じ取ったのは、大量の人間の血が流れている臭い。
キュコリルの襲われた街と同じ臭いがしたのだ。
「おいおい、見張りが誰もいねぇじゃねぇか」
「んだよ、サボると後で頭に怒られるってのに」
「まあ、商品を運良く手に入れたんだ。物でご機嫌取りしようぜ」
男たちは気にせず根城に入っていく。
「ああ? 灯りが消えてら」
「つか、なんか臭くねぇか?」
「様子がおかしいな」
キュコリルは、男たちが根城に入った瞬間、毛が逆立ち身震いした。
(なんか、いる……)
夜目がきくキュコリルは、奥に何かがいることに気付いた。
しかしそれは、魔物でも魔獣でもない。ただのさっきとは違う、憎悪のような感情を肌で感じ取ったのだ。
「おーい、だれかい、ぐあ!!」
「おい!! どうしたぐう!?」
「は、おいおまっぐは!」
男たちは、何かを言おうとするも、そのあとの言葉が続かなかった。
そして、男たちは、崩れるように倒れこんだ。
「わ」
キュコリルは自分で動ける力がなかったが、キュコリルを腹側に担いで持っていた男が後ろに倒れたことで、どうにか足から着地できた。
キュコリルは、男たちが一瞬で殺されたのだと理解する。
そして、その男たちをやったであろう人間は、キュコリルの目の前に立っていた。
「おい」
「!!」
男は威圧的な殺気の入り交じる声で、キュコリルに声を掛けた。
キュコリルは男を観察する。身長は幼いキュコリルとさほど変わらないくらい。自分の同年代の人族とは思えないほど、男は大人びていて、それでいてとても冷たい雰囲気を放っている。
(助けてくれた?)
キュコリルは助けてくれた男の姿を見る。外套を被っているが、キュコリルの目からは彼の顔がはっきりと見えた。整えられていないボサボサの黒髪、自身の敵を容赦なく狙う鋭い猛禽類の魔獣のような黒い瞳、頬には二重線の傷跡、もうすぐ成人を迎えそうな顔をしている大人のような子供。
キュコリルは、彼の姿を見た瞬間に電撃の魔法が体に流れる感覚に陥った。
「おい」
「ご、ごめんなさい」
男はキュコリルに反応がないのでもう一度声をかける。
ただ、キュコリルは男が反応のないキュコリルに苛立って声を掛けてきたのだと勘違いをして即座に謝る。そのあとには冷や汗が滝のように流れ出てくる。もしかしたら次は自分が殺されるのではないかと、内心で恐怖してしまう。
彼の体から溢れ出ている殺気と魔力で、キュコリルは地面にへたり込む。
「攫われたのか?」
「う、うん」
キュコリルはとにかく必死で答えた。
震える声で、相手の機嫌を損ねないように、急いで声を出す。
「……1人か?」
キュコリルの返答に対して、男は殺気がなくなるも、威圧感だけは取れていなかった。
ただ、キュコリルは男の取ったその反応で、自分を殺す気がないのだと判断し、少しだけ震えがましになる。
「家族は……」
どうにか今までの現状を話すと、男は少しだけ考え事をしてから、キュコリルを見た。
「そうか……立てるか?」
「む、むり」
重度の疲労と、男の威圧感に中てられたキュコリルの腰は、完全に抜けており、とてもじゃないが立てる気がしない。
「っち」
男は舌打ちしながらもキュコリルの前に立ち、キュコリルを横抱きにして犯罪者たちの根城を出る。
キュコリルは、横抱きされる直前、男の腕にブレスレットが着いていることを確認した。そして、それが人族の冒険者の証であることを知っていたのだ。
「ぼ、冒険者?」
「……ああ」
「あの、中の人たちは」
「殺した」
「えと、この後は」
「帰る」
「私は」
「……ギルドに置いていく。後のことは自分でどうにかしろ」
冷たい言い方だが、キュコリルは彼が自分を助けてくれるのだと一安心する。
キュコリルは彼が話をすることが億劫なんだと察して、そのあとは話すことを止めた。
彼に運ばれるキュコリルは、冷たい雰囲気の彼と密着しているのにも関わらず、なぜか居心地が良く感じていた。殺伐とした森の中で、人のぬくもりを肌で感じているからかもしれない。
ただ、それだけではないと、キュコリルは思った。
冷たく殺気立ち、口数の少ない男。
家族でも友人でもない、ただの見知らぬ同い年くらいの自分より遙かに強い冒険者。
危機的状況を助けられて、敵を容赦なく葬った姿。
恐怖よりも先に感じたのは、電撃の魔法が体に流れていく感覚。
チラリと男の顔を盗み見ると、心臓がどくどくと激しく鼓動する。
(え、ええ……)
キュコリルは自分が恋に落ちたのかもしれないと自覚する。
危機的状況を、自分よりも強い男に救われたことで、獣人の本能が刺激されたようだ。
キュコリルは、この気持ちが本物なのか確認するために、何度か男を見る。
そのたびに、心臓が高速で動き出し、頬が熱くなるのを感じた。
もう一度と確認しようとしたところで、男と目が合う。
「……はぁ」
「え」
「熱か……」
月明かりに照らされたキュコリルの頬が赤くなっていることに気付いた彼は、キュコリルに熱が出ていると勘違いして、走って街まで帰っていく。
走っているにも関わらずゆりかご程度しか揺れない男の腕の中で、キュコリルは溜まっていた疲労がピークに達したことで、眠りについたそう。




