愛情表現
それ以降のことは覚えておらず、気が付けば冒険者ギルドのベッドの上だったそうだ。
ウーウェンの街の冒険者ギルドに、キュコリルを救った男は置いていった。
ウーウェンの街は、今はキュコリルとクロムがよく来る街の名前だ。
目覚めたキュコリルは、ある人物と出会った。
銀色の短髪と優しくも歴戦の覇者を思わせる強い瞳、衰えを知らない鍛え上げられている肉体を持つ人族の老人。
キュコリルの恩人でもあり、育ての親でもあり、師でもある、じいじこと、ゼギスという男に。
だが、この時のキュコリルはゼギスをあまり信用していなかった。
同族に裏切られたのだが、他種族が信用できるかと言われればそうではない。
キュコリルは警戒しているが、ゼギスはにっこにこ顔でキュコリルに接し続けた。
大好きだったお爺ちゃんの顔を思い浮かべたキュコリルは、次第にゼギスに心開くようになり、自分の出自を話していく。
何があったか理解したゼギスは、キュコリルを優しく抱きしめて慰めた。
なんだか優しくて懐かしくて、心がぽかぽか温まる匂いに包まれて、そっと涙を流す。
そこから、キュコリルはギルドのことを手伝いながら、ゼギスに話を聞いた。
「あの、じいじ」
「はっはっは、この俺をじいじと呼ぶのはお前ぐらいだ」
「ダメ?」
「いや、いいぞ。んで、どうした」
キュコリルと出会う前のゼギスは、ウーウェンの街の冒険者ギルドのギルドマスターをしていた。
キュコリルはギルドマスターだったゼギスに自分を助けてくれた男の子について聞く。
「私を助けてくれた男の子」
「ああ、クロムだな」
「くろむ」
そう、キュコリルを助けたのは、クロムだったのだ。
「そうだ、お前さんを助けてくれた男の名だ」
「会いたい。会える?」
「無理だな。復讐に囚われてるアイツが、俺の言うことを聞くわけねぇ。そもそも所属しているギルドがちげぇ。ここに来たのは一番近いギルドだからだそうだ」
「そか……」
このころのクロムは、ゼギスが言った通り復讐に囚われて周りが見えていない程、強さに固執していた。
ゼギスがクロムのことを知っていたのは、隣街同士のギルドだったから。リゼルも何度かゼギスに相談することもあったそう。
このころのキュコリルが話しかけたところで、無視されるか、適当に返されるだけだと、ゼギスは言う。
尻尾と耳が項垂れるキュコリルを見て、ゼギスはにやりと笑ってキュコリルに聞いた。
「なんだ、惚れたのか」
「うん。どうすれば、私を見てくれる?」
ゼギスの想定していた反応とは異なり、キュコリルは真剣な瞳でゼギスにクロムが自分を見てくれるのかを聞いた。からかった癖に、いざ真面目に聞かれて戸惑ったゼギスは、キュコリルに気まずそうに言う。
「あー、そうだな……まずは、あいつと同じくらい強くなればいいんじゃねぇか?」
「強く」
キュコリル自身も感じていた課題。
まずは強くなること。強ければ、もう奪われることも、誰かが悲しむこともなくなる。
守りたい人を守れる強さをキュコリルは求めていた。
「そうだ、何かに固執した強さってのは人を孤独にするもんだ。人間、どの種族も1人じゃ生きていけねぇ。いつしか限界が来る。それを支えてやるのがいいんじゃねぇかな」
「そか」
「おうよ。それによ、お前さんも強くなりたいんだろ? お前さんが言ってた通り、弱いから奪われるっていうのも、あながち間違いじゃねぇしな。なら、両方手に入れちまえばいいさ。強さも男もよ」
「ん、採用」
「かーっかか! 本当におもしれーな、お前さん」
ゼギスはキュコリルの反応を見て、心底楽し気に大声で笑う。
キュコリルは、目の前のゼギスをじっと見つめる。この愉快な老人は、とても強いとキュコリルは肌で感じていた。
体の内側から溢れ出る魔力、強さに固執していない柔らかな感性、人に好かれるであろう性格、この人なら自分を鍛えてくれるのではないかと、キュコリルは直感する。
「じいじ」
「なんだ」
「言ったからには責任取って。強くしてほしい」
キュコリルがそう発言すると、ゼギスは先ほどの人好きの顔から、冒険者の長の顔つきへと変化する。
「……俺の修業は厳しいぜ? 今のあいつに追いつくなら、なおさらな」
表情だけではなく、言葉にもプレッシャーを乗せて、ゼギスはキュコリルを見極める視線をぶつけた。
ゼギスの言葉に、態度に、圧力を気にせず、キュコリルは即答した。
「やる。私は私のために強くなる。それで、幸せに生きる。家族もきっと喜ぶ」
「本気だな」
「マジ」
ゼギスはキュコリルの目をじっと見つめたあとで、にやりと笑う。
「いいね、よし、俺はちょっくらギルマス辞めてくるから、お前さんそこで待っとれ」
「ん!」
ゼギスはそういうと、10分後には戻ってきた。
ゼギスの後ろでは、ハードが顔面蒼白の表情でゼギスを説得している。しかし、ゼギスは聞き耳を持たず、キュコリルを抱えて冒険者ギルドにいた全員に別れを告げる。
ギルドは騒然とし、ゼギスを追いかけようとするも、ゼギスは俊足で街を抜け去り、そのまま行方をくらませるのであった。
ギルドから逃げだした2人は、デドデスの森へ一直線に入っていき、目的の場所へと目にもとまらぬ速さで森の中を駆け抜けていく。
目的地につくと、ゼギスはデドデスの森の中にある一軒家をキュコリルに紹介する。
「どうよ、お前さんの新しい家だ」
「ん、いい感じ」
「うし、んじゃ、今日から俺たちは家族だな」
「確かに、じいじ」
「なんだ」
ゼギスに降ろしてもらったキュコリルは、ゼギスに頭を下げる。
「私は、キュコリル。これからよろしくね」
獣人族が、家族以上の関係の人間にしか本名を教えてないと知っているゼギスは、嬉しそうに笑う。
「かーっかっか! いい名前じゃねぇか、キュコリル。
強くなっていい男を捕まえて、幸せになれよ」
「ん!」
こうして、キュコリルはゼギスの修行のもと、力を付けていった。
メキメキと成長していくキュコリルを見て、まるで本当のじいじのように孫の成長を喜ぶゼギス。
厳しい修行に文句も弱音も吐かず、ただひたすら力を身に付けていくキュコリル。
どんなに危機的な状況だろう、死にかけようと、キュコリルは目的のために最短ルートを突き進む。
子供のくせに大人びていて、幸せの言葉を忘れた同い年くらいの男の子を、今度は自分が助けられるようにと。
自分のために、好きな人のために、その原動力は、キュコリルに無限の活力を与え続ける。
「私は、好きな人と幸せな人生を過ごす!」
10年ほどの月日が経ち、ゼギスはもう教えることはないと言って、キュコリルの元を去った。
突然の別れではあったが、キュコリルは悲しくなかった。しっかりとお別れの言葉も伝えたから。
少し広くなった部屋で、キュコリルはゼギスの言葉を思い出す。
「お前さんのクロムを捕まえたら、また会おうぜ。
幸せになったら、もう一度顔を見せにこいよ」
キュコリルはその言葉を胸に刻んで、少し広くなった部屋を1人で過ごすようになる。
そして、とある日の夜。
キュコリルは、クロムが復讐を果たしたと風の噂で聞いた。
復讐を終えたクロムが、やつれて生気をまったく感じない姿へと変貌してしまったことも。
キュコリルはすぐさまクロムに会いに行こうとするも、いざ会った時、どう接していいかわからずに毎日を悶々と過ごしていた。
普段考え事をしないキュコリルは、頭の中で反芻してしまう考え事のせいで、あまり寝付けなくなってしまう。短時間だけ眠りについて、目が覚めたら森の中で修行がてら魔物を蹂躙していく。
(こんなことしてないで、会いに行きたいのに)
強くなったというのに、好きな人に会いに行くということが、これほどまで恐怖を感じることになるとは思わなかったのだ。キュコリルは今でもクロムを好きだが、あの時のクロムは自分のことなんて覚えていないと確信していた。
なにせ、クロムはキュコリルのことを確認していないし、たとえ見ていたとしても、あの頃のクロムの頭の中は、強くなることと復讐のことで考えが一杯だったはずだと。
自分らしくない考え事のせいで、本来の自分を見失っていたキュコリル。
ただ、そんな日も終わりを告げる。
いつものように、寝不足のまま森の魔獣でストレス発散をしていると、森の中を彷徨っている1人の人間の気配がしたのだ。
「!!」
キュコリルは、大慌てでその人物がいるところへと向かう。
獣人の本能が、キュコリルを急かす。いつもの倍心臓の鼓動が早く、大きな尻尾はぶんぶん大きく揺れて、耳はピーンと立っている。
キュコリルが、人間の気配がするところへ向かうと、魔獣の叫び声が森の中を駆け巡った。
「GYAaaaaaa!」
魔獣の叫び後を頼りに進むと、キュコリルの近くに顔が潰れかけている魔獣が倒れている。
そして、その奥には、フラフラと歩きながら、目的もなく彷徨う外套を被った人の姿。
(見つけた……クロム!)
キュコリルは、その人から放たれる魔力だけでクロムだと断言した。
キュコリルが助けられた頃よりも、研ぎ澄まされた突き刺さるような痛みを放つ魔力のみで、クロムだと判別したのだ。
誰もが恐れてしまうような魔力を、キュコリルはきらきらと輝く瞳でクロムを見つめている。
出会った頃は怯えてしまったが、今のキュコリルなら分かるのだ。
いくつもの死線を乗り越えることのできた精神力、肉体、魔力。追いつけたと思っていた自分が恥ずかしいと思えるほどには、クロムの力は他を凌駕していることに。
今は衰弱しているが、衰弱しているにも関わらず、高ランクの魔獣たちが怯えてしまうほどの圧力をクロムは放っているのだ。
(凄い……でも)
その背中には、強さと引き換えに何かを失った人間の哀愁が溢れている。
あれほどの強さを持って、いや、あれほどの強さがあるからこそ、孤独になったクロムに近づくものがいなくなってしまったのだと、キュコリルは察した。
『何かに固執した強さは人を孤独にする』
キュコリルはゼギスの言葉を思い出していた。
(どうしよう……でも、今飛び出したら間違いなく殺される気がする)
今もクロムに突っかかってきた魔獣が、クロムの一振りで散っていった。
耳のいいキュコリルは、魔獣が死んだ後に聞こえたクロムの舌打ちが耳に入ってくる。
そして、そのあとの言葉に驚愕する。
「クソ……、早くだれか殺してくれよ……」
自ら死を望む言葉を聞いたキュコリルは、心臓が抉られるほどの痛みを受ける。
好きな人がこんなにも苦しんでいるのに、自分は何もできない。言葉を掛けようにも、キュコリルはどう言葉を掛けていいのか分からないのだ。
クロムの境遇は、冒険者ギルドに行くと、噂が嫌でも耳に入ってきた。
帰るところを失い、両親を殺されて、復讐のために生きている人間だと周囲の人間は口にする。
そして、復讐を終えて孤独になったクロムは、死ぬ場所を求め彷徨っているのだと。
しかし、強くなりすぎたが故に、魔獣ごときではクロムを殺せず、クロムは心を蝕まれながら、この世を惰性で生きているのだ。
キュコリルは、とにかく考える。
クロムの隣を求めて、好きな人を支えるために強くなったはいいが、肝心のクロムはもはやこの世に居たくないと嘆いている。
後ろでそっと後を追いながら、迷い続ける自分。
時間は刻々と過ぎていき、気が付けば夜になっていた。
崖の上で酒を飲み、煙草を吸っていたクロムがおもむろに立ち上がる。
そして、夜空を見上げて呟いた。
「これで、終わりだ」
(!!)
身を投げたクロムに対して、先ほどまで悩んで動けなかったはずのキュコリルの体がとっさに動いた。
そして、
「ダメ!!!」
と、身を投げたクロムに届くように、大声で叫んだのだ。
これがクロムにとって初めての出会いであり、キュコリルにとっては再会の瞬間であった。
「本当は、会うのは2回目」
「そう、だったんだな……ごめんな、忘れていて」
「いいの、分かってたこと。諦めなかったのは私の選択」
「キュコリルは強いな」
「ふふ、獣人族だから」
「そうか」
「ん」
クロムはキュコリルの過去の話を静かに聞きながら、たまに笑ったり驚いたりと、昔では考えられないほど色々な表情をキュコリルに見せていた。キュコリルはクロムの表情を楽しんでるかのように、過去の話を喋っていたのだ。
キュコリルは過去のことを気にして生きていない。これは本心だ。
前向きに、自分のペースでのんびりと楽しく幸せに生きている。
クロムの言う通り、キュコリルの心は誰よりも強い。
でもそれは、今のクロムのおかげであると、キュコリルは感じていた。
真剣にキュコリルのことを知ろうとしてくれるクロムがいるからこそ、過去を気にせず生きていけるのだからと。
(私は今、最高に幸せ者)
キュコリルはそう思わずにはいられなかった。
キュコリルが幸せ者だと感じている中で、クロムはキュコリルに言葉をどう伝えるべきか考えていた。
言葉をひねり出そうとしても、人と言葉を交わさず、力ばかりを求めていた自分に飾ったことは言えないと、頭の中で結論を出す。
(俺が今感じたことを、キュコリルに伝えたい)
そう思うやすぐにクロムは姿勢を変えて、キュコリルを自分の太ももの上に座らせる。
「クロム?」
「俺は、キュコリルがいなかったら、きっと碌なことになってなかったと思う。
その、難しいことは言えない。だから、俺から言えることは一つだけだ」
「ん」
両親が殺されても出なかった涙が、クロムの瞳から流れていく。
「俺と出会ってくれてありがとう、俺のことを好きになってくれありがとう、俺を……俺を救ってくれてありがとう、キュコリル」
「うん、こちらこそありがとう。ねえ、クロム」
「なんだ」
クロムの瞳から落ちた雫を、頬にキスを落として奪い取る。
「今、幸せ?」
「ああ、生まれてきた中で、最も幸せだよ」
キュコリルが見てきた中で、クロムは生きてきた中で、不器用でも優しい満面の笑みを、キュコリルに送る。
「ふふ、一緒」
「そうか」
クロムたちは長い抱擁の後で、一度離れてから、唇をそっと合わせる。
熱っぽい視線が交差し、今度は先ほどよりも長くて濃密なキスを。
「キュコリル、俺は」
「ん、私もクロムがいい。クロムだけが」
その言葉を皮切りに、2人は愛を確かめ合うのであった。
深く暗かった夜も終わり、あっという間に朝日が顔を出す。
仲良く風呂に入って出てきた2人は、火照りながらも朝食を取る。
家を数日間空ける予定の2人は、綺麗な部屋を軽く整理してから、出掛ける準備をした。
「キュコリル、いけるか?」
「ん、いけるよ」
「よし、行くか」
「その前に」
「ん?」
キュコリルがクロムにキスをしてから、クロムの数歩先を歩いて振り返り宣言する。
「ふふ、もう遠慮しない。
獣人族は、愛情表現をたくさんする。これから覚悟すべし!」
ビシっと指を差した後、キュコリルは照れながら笑い、クロムを置いて先に走っていく。
クロムはキュコリルのその行動に対して少し微笑んだ後、走っていくキュコリルを追いかけるのであった。




