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【完結】家族に愛されなかった怪物令嬢は、かわいい義息のために最強の継母になります  作者: 当麻リコ
一章 怪物令嬢は打たれ強い

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9.転職活動

いつもより控えめなノックの音で、浅い眠りから覚める。


「どうぞ」


「失礼いたします。おやすみでしたか……?」


侍女が申し訳なさそうな顔で入ってくる。


「いいの、気にしないで」


軽く伸びをして身体を起こす。

あまりよく眠れず、少しぼんやりしていたけれど、これからまた寝られる気もしない。


侍女はホッとした様子で、抱えていた洗顔用の水桶をベッドサイドのテーブルに置いた。


「昨晩は大変なことが起きたと伺いました。使用人一同を代表して、改めてお礼を申し上げます」


「そんな、大袈裟よ」


深々と頭を下げられて、やはり戸惑ってしまう。

こんなにお礼を言われたことなんて、覚えている限り一度もなかった。


「いいえ。いくらギフトがあったとしても、怖ろしかったはずです。夜中に暴漢と対峙するなんて」


自分で想像してしまったのか、侍女がふるりと身を震わせ、目に涙を浮かべる。


「あう、あの、本当にそんなでもないのよ……?」


「夜のうちに報せを出したそうで、じきに旦那様も帰られるはずです」


もう安心ですね、と彼女は力強く言った。


「そうね、安心ね……」


慰められ励まされ、なんだかものすごくか弱いお嬢さんにでもなったようだ。

まるであなたは大事な人間だと言われているようで、少しむずがゆい。


だけどアレクシスが帰ってきたら、安心どころか離婚の話し合いが始まってしまう。

こんなふうに感じていられるのは、今だけだ。


円満に済めばいいが、何せまだ入籍から二ヶ月も経っていない。

騙されたと言って慰謝料を請求されても、両親が素直に払ってくれるとも思えない。

このままだと、新生活が多額の借金を背負った状態からスタートすることになりかねない。


「心が安まるハーブティーお淹れしますね。落ち着かれた頃を見計らって朝食お持ちします」


嫌な想像に血の気が引いた私を見て、侍女が気を利かせてくれる。


「ありがとう、助かるわ」


彼女はいい香りのするお茶を淹れて、私を気遣うようにそそくさと部屋を出て行った。


「本当に、びっくりするくらいいい人たちね」


ため息交じりに言って、水桶で顔を洗う。


添えられたタオルはフカフカで、ハーブティーもクセがなく飲みやすい。

仕事だから、貴族相手だからという以上の気遣いを端々に感じて、実家との差に改めて名残惜しさが増す。


妹との扱いの違いに傷つくことはとっくになくなっていたけれど、少なからずストレスは感じていたらしい。

人間として扱ってもらうことが、こんなにも精神衛生にいいなんて。


離婚して、実家にも帰らず、どこかで庶民として生きていく事はきっとできる。

一人でも問題ない。

私なら男だらけの力仕事だって、身の危険を感じることもなく淡々と。


だけど、私はこの屋敷が好きなのだ。


「せめてリアム様の護衛として、なら」


話し合う余地はあるのかもしれない。


ギフトがバレたならさっさと出て行けばいいという投げやりな気持ちが、温かいハーブティーを一口飲むごとに、少しずつ前向きなものへと変わっていくのを感じる。


「うん。それなら、私にできることはひとつだけ」


遠くから聞こえてくる足音に備えて、ティーカップを置いた。


ハインツならきっと、手柄の横取りなどせず、夫に昨夜のことを包み隠さず報告しているはず。

そして私の戦闘能力を目の当たりにしたリアムも、身の安全を守るために必要と判断して援護してくれるかも。


そんな期待を胸に、私は足音の主を迎え入れるべく勢いよく立ち上がった。


◇◇◇


「――エリシアっ! 無事か!?」


ノックも無しに勢いよく扉が開いて、私はそちらに笑顔を向けた。


「おかえりなさいませ旦那様。王都でのお仕事はいかがでした?」


「なっ!?」


アレクシスがぎょっと目を見開いて後ずさる。

その目は私の足元に釘付けだ。


「そ、その男は……?」


「ハインツからお聞き及びではございませんか? 昨夜リアム様を手にかけようと侵入した暴漢ですわ」


「くそっ! 放せクソアマ!」


シーツに包まれ、芋虫のように私の足の下でもがきながら、侵入者が暴言を吐く。


「もう、うるさいですわね。旦那様とお話し中です」


「うるせーのはテメェだ! その足をどけやがれ!」


「まったく……もうっ!」


騒がしいことこの上ないので、お望み通り一瞬だけ足を放して、思い切り踏みつけた。


「うげっ」


一言だけ呻いて静かになった男に満足して、もう一度笑顔をアレクシスに向ける。

よく見れば、相当急いだのか汗だくだ。

顔色も悪い。

それに疲れた表情だ。


昼頃帰宅の予定だったのに今はまだ朝だ。

リアムが心配なあまり、夜通し馬を走らせて帰ってきたのだろう。


「お帰りになられてすぐ、ハインツに詳細を聞いたのでは?」


「あ、ああ、それでその男が、鍵を壊して脱走したと慌てていて……」


「ふふ、昨夜のうちに部屋を移動されたリアム様の居所が分からずに、せめて私に仕返ししようとしたのでしょうね」


昨夜もリアムの部屋に向かう足取りに迷いはなかったし、私の部屋もあらかじめ把握していたに違いない。

どこから入手したのかは分からないが、男はこの屋敷の配置情報を熟知しているらしい。


リアムを探す様子もなく、最短距離でこちらへ向かっているとすぐに分かった。

監視部屋を抜け出したのも、真っ直ぐ私の部屋に向かってくる足音も、筒抜けだと知りもしないで。


驚きもせず「ようこそ」と出迎えた私を見て一瞬怯んだ侵入者は、それでもすぐに頭を切り替え無言で突進してきた。

素早く身を躱し、とっさに掴んだシーツを思い切り引っ張る。

侵入者は舞い上がった白い布に視界を奪われた。

その隙に足払いをし、倒れ込んだところをグルグル巻きにした。


そのタイミングでアレクシスが飛び込んできたという次第だ。


「これはその、エリシアが……? いやまさか……」


逆上した侵入者に襲われて、絶体絶命の私でも想像していたのだろうか。

思いがけない光景に、アレクシスの顔は戸惑いに満ちている。


玄関の開く音が聞こえたのはつい先ほどだし、ハインツも賊が侵入したことと脱走したことくらいしか説明している暇がなかったのだろう。


「リアム様はご無事ですか?」


「リアムならその、俺と一緒にいたから」


なるほど、だからすぐにこちらに様子を見にきたのか。

ならば昨夜現場に私が居合わせたことくらいは聞いたのかもしれない。


足元で伸びている侵入者と私の顔を見比べながら、彼は「無事、なんだよな?」と困り果てている。

ならば混乱しているうちに畳み掛けてしまえ。


「ええ、ご覧の通り。この私が無事危機を回避いたしましたわ!」


勝機を見つけて、猛アピールを開始する。


「昨夜リアム様をお救いしたのもこの私! 世にも珍しいギフトの力により、あわや暴漢の手にかかり落命の危機だったリアム様をすんでのところで!」


物は言いようだ。

怪物と呼ばれたこの力も、守ることに費やせば重宝されるはず。

ここで護衛として雇ってもらえるかどうかは、このプレゼンにかかっている。


「そう、なのか? ハインツもそう言っていたが……嘘を言っている訳ではないようだ」


少し落ち着きを取り戻しつつあるのか、アレクシスが言葉の真偽を確かめるようにじっと私の目を見つめてくる。


まずい。

ここで冷静になられたらおしまいだ。


「淑女らしからぬギフトで妻に相応しくないとおっしゃるのも分かります! なので離縁に異論はございません! けれどリアム様の護衛として雇用していただくことは適いませんか!?」


「は!?」


「ここを追い出されたら行くところがないのです! どうかお願いいたします!」


唖然とするアレクシスに、同情を引くよう訴えかける。


「ちょっと待て、どうして急にそんな話になるんだ」


困惑したようにアレクシスが言う。

それはそうだ。形だけとはいえ妻だった人間が、護衛にしろと喚いているのだから。


だけど引き下がれない。私はここにいたいのだ。


「だって私は」


――怪物だから。


慣れたはずの言葉が、どうしてだか喉の奥につかえる。


「……っく、クソがっ、何しやがんだテメェ!」


ようやく喉から言葉を絞り出そうとした瞬間、気絶から覚めたらしい侵入者が、私の言葉を遮って吠えた。

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