5.怪物令嬢VS残虐宰相
にこりともせず、ソファに座る私を見下ろす男性。
仕立ての良いスーツに身を包んだ立ち姿は、あちこちがたるみ始めたお父様とはかけ離れたスタイルだ。
フィオナが散々自慢して見せびらかしてきた、王都で大人気だという舞台俳優の姿絵に引けを取らない。
ノックもせずに入室してきたということは、この人がこの屋敷の主人なのだろう。
つまり彼が私の夫、アレクシス・クロイツということだ。
「お初にお目にかかります。わたくしは」
「無駄な口上を聞くヒマはない」
立ち上がり自己紹介をしようとした私を手で制して、アレクシスが向かい側のソファに面倒そうに腰を下ろす。
「俺の留守を狙ったようだが、アテが外れたな」
フンと鼻で笑う。
何やら確信めいた口調だが、よく分からない。
こちとら名前くらいしか知らないのだ。
そんな夫の行動予定なんて、考えたこともない。
「はぁ」
言葉の意図を読めず、気の抜けた返事を返すと、アレクシスは怪訝な顔になる。
「違うのか? ならばもっと悪辣な魂胆でも?」
眉間のシワが濃くなっていく。
どうやら何か疑われているらしい。
本人不在であっさり婚約を決めたくらいだから、多少はグランドール家に好意的なのかと思っていたが、誤解だったようだ。
むしろ、大嫌いと見た。
仲が悪いのだろうか。
あるいは一方的に?
だとしたらなぜ婚約なんて。
もしや宰相という立場上、監視する必要があったとか?
叩けばいくらでもホコリが出てくるお父様だもの。
悪事を追及されそうになって、若い娘を捧げてご機嫌取りとか。
残念ながら、全然効果はなさそうだけど。
ああ、それともご機嫌取りに見せかけた嫌がらせかしら。
そういえばお父様は侯爵のことを、フィオナと一緒になって貶していたっけ。
だとしても、私の知ったことではない。
「ええと……その、一刻も早くアレクシス様にお会いしたくて」
とにかく今すぐ追い出されるのは困る。
波風を立てないよう、何も気づかず、結婚に夢見る少女のフリで、はにかみながら答える。
ただの阿呆な娘だと警戒が緩むか、人身御供になった哀れな娘だと同情するか。
「くだらん嘘を」
どちらかを期待した私に、アレクシスは嫌悪を滲ませた顔で、吐き捨てるように言った。
侮蔑、軽蔑、憎悪。
そんなところだろうか。
どれにせよ、第一印象が最悪だという事だけは明らかだ。
非常識な訪問で迷惑をかけてしまったけれど、初対面でここまで嫌われるほどのことだろうか。
それともすでに私のギフトが知られていて、警戒されているのだろうか。
だとしたらますます結婚を受け入れた理由が分からない。
お父様に何か弱みでも握られているのかしら。
ただ、弱みを握ったのだとしても娘が怪物だと知らせるのは悪手だ。
お父様が自分の不利になりかねない情報を伝えるとは思えない。
となると、結婚が成立した後でフィオナが勝手に伝えた可能性もある。
他人のギフトを開示するのはマナー違反だが、あの子にそんな配慮があるはずもない。
だけど、フィオナ自身も侯爵を恐れているようだったし、自分から直接コンタクトをとるとも思えない。
ならば、彼のギフトに関係あるのかも。
少なくとも私は、『人のギフトを見抜く』というギフトを持つ人を知っている。
アレクシスもその類のギフトを与えられているのかもしれない。
「……失礼ですが、旦那様のギフトは?」
「答える必要はない」
「まぁ!」
すげない返事にぽかんと口が開く。
この国では、夫婦は信頼の証としてギフトを開示し合うという慣習がある。
そうすることでより絆が深まるとされているからだ。
もちろん強制ではないし、しょせん政略結婚だ。
隠すのはもっともかもしれない。
グランドール家との信頼関係もゼロに近いみたいだし、重大な情報をその家族に渡すわけにもいかないはず。
「……それもそうですわね」
納得して、了承の返事をする。
むしろこちらのギフトも詮索しないところに公平さを感じて、好感がもてた。
必要以上に恐れられたり警戒されたりするのも嫌だし、言わないでいられるならそれに越したことはない。
「教えろと泣きわめいたりしないのか?」
肩透かしを食らった気分なのか、アレクシスが怪訝そうに眉根を寄せる。
「なぜ私がそんなみっともない真似を?」
そんな人間に見えるというなら心外だ。
そういうことをするのはフィオナだ。
少しでも自分の思い通りにならないと癇癪を起こす。
いつまでも小さな子供みたいで、見るたび辟易としていた。
家族からどんなに理不尽なことをされても大人しくしていたのは、「ああはなるまい」と反面教師にしていたおかげでもある。
だいたい、私はそこまで他人に興味がないし、興味を持たれたくもない。
「……」
一瞬の沈黙が流れた後、気を取り直したようにアレクシスが表情を引き締める。
「まぁいい。滅多に屋敷には帰らないが、探られて困るようなものもない。せいぜい好きに嗅ぎ回るがいい」
ぞんざいに言って、もう興味が失せたとばかりに顔を背ける。
どうやら歩み寄る気は一切なさそうだ。
およそ新婚夫婦の初会話とは思えないが、悪くはない。
むしろなぜか疑われていることを置いておけば好都合だ。
初対面の男性と仲良くなんて、家族とさえ不仲な私にできることではない。
「金の使い込みはできないようハインツが目を光らせている。有能な男だから舐めてかかると痛い目をみるぞ」
獰猛な笑みで言われ、静かに控えていたハインツを見る。
彼は私の視線に、にこりと余裕の微笑みを返した。
優しげな顔をしているが、食えない人だということがそれだけで理解できた。
「仕方なく籍は入れたが、夫婦として振る舞う気はない。後継も不要だから寝室も別だ。ただし、息子にだけは余計なことをするな」
「ご子息がいらっしゃるの!?」
釘を刺すように言われた言葉に、驚いて思わず大きな声が出てしまう。
「聞いてないのか?」
私よりもっと驚いた顔で、アレクシスが目を剥いた。
後妻というのは聞いていたが、すでに跡取りがいるとは。
ますますこの結婚の成り立ちが疑問だ。
仕方なくと言ったし、政治的なしがらみでもあるのだろうか。
「ええ、詳細を聞く暇もなく追い出されてしまったもので」
正直に答えると、彼の眉間に深いシワが刻まれる。
結婚相手の情報も調べない無作法者と軽蔑されてしまったかもしれない。
だけどもう今更だ。
「……嘘ではないらしいな……ったく、何を考えているんだあの男は」
苦労の滲むため息とともに、ブツブツと独り言のような愚痴が紡がれていく。
その様子になんだか妙な人間味を感じて、冷たい印象が少し薄れた。
もしかしたら、フィオナが言うほど怖い人ではないのかもしれない。
「クソッ、とにかく、息子には構うな。分かったな?」
「はぁい」
わざと間延びした返事をすると、ギロリと睨まれた。
おおこわい。
夫のメモ欄に【短気】も追加しておこう。
「ご子息のお名前をうかがっても?」
「知る必要はない」
「では本人に聞きますね」
「リアムだ」
素早い前言撤回に、ハインツが小さく吹き出すのが聞こえた。
夫、ちょっと面白いかもしれない。




