36.窮地
屋敷へと駆けるリアムを追うものは誰もいない。
私という障壁さえ取り除けば、小さな子供一人、どうとでもできると思っているのだろう。
改めて男たちの風体をよく観察してみる。
薄汚れた安物の服。
色も形もバラバラで、統一感はない。
それなのにそれぞれが手にした獲物は上質な長剣やナイフで、なんともチグハグだ。
不気味なほど静かに男たちは私との距離を詰めてくる。
彼らを見て、まるでなっていないと呆れてしまう。
ゴロツキを装いたいなら、下品な挑発は不可欠なのに。
「皆様、ずいぶんとお行儀のよろしいこと」
揶揄するように薄く笑いながら言うと、先頭の男が不快そうに顔をしかめた。
何か言い返そうとするのを、すぐ後ろにいた男が無言で止める。
きっと喋ったら何かがバレてしまうという警戒ゆえだろう。
何らかのアイコンタクトをしたあとで、先頭の男が無言で斬りかかってきた。
重い一撃を模擬剣で受け流し、がら空きの胴に柄を叩き込む。
「ぐぅっ」
呻いて崩れ落ちる男を見て、他の男たちの顔に動揺が見えた。
けれどその動揺は一瞬で消え、すぐに殺気に塗り替えられた。
「さぁお次はどなた? 順番でも、ご一緒にでも、お好きな方でどうぞ」
私のあからさまな挑発に、左手後方にいた男が「舐められたものだな」と綺麗な発音で小さく呟いた。
その声に聞き覚えはない。
だけどなぜだろう。妙な既視感があった。
「行け」
後方中央の全体を俯瞰できる位置にいる、その場の指揮役と思われる男が短く言う。
それを合図に男たちが一斉に飛び掛かってきた。
繰り出された一閃を躱し、胴を薙ぐ。
勢いを殺さずくるりと身体を反転させ、背後で剣を振り上げていた男の手首を剣の腹で叩き折った。
テンポよくいけたのはそこまでだった。
今までのようにむやみに突っ込んできてくれれば楽だったのに、残った男たちは警戒して距離を取り、私を取り囲んで連携を見せ始める。
やはりお金で雇われた有象無象ではない。
よく訓練された動きだ。
傭兵の類とも違う。
とても見覚えのある構えに、身体に染みついた剣技だった。
「くっ!」
これまでにない手強さに、思いがけず苦戦を強いられて息が詰まる。
ようやく四人目を沈め、少し楽になると思ったタイミングで最初に倒した男が立ち上がるのが目の端に見えた。
回復が早い。
よほど打たれ強いのか、服の下に防具を仕込んでいたのか。
考えている余裕はない。
ぐんとしゃがみ込み、五人目の足を払う。
「はなせ! ボクにさわるな!」
六人目の斬撃を防ぎながら、背後の声に反射的に振り返る。
屋敷へ走っていたはずのリアムが、見知らぬ男に抱え上げられていた。
「リアム!」
襲撃者たちとは別の方向から現れたのだろう。
全身から血の気が引いた。
顎目がけた回し蹴りで六人目を仕留め、リアムのもとに駆けつけようとした瞬間。
指揮役の男が目の前に男たちが立ちはだかる。
「どきなさい!」
「よそ見をしている場合か?」
私の怒声に、男が嘲るように言って斬りかかってきた。
重い一撃だ。これまでの男たちよりも数段腕が上だ。
「なによこれ! どういうことなの!?」
その時、門の方から甲高い声が響いた。
セレスティアだ。
タイミングが良いのか悪いのか、買い物から帰ってきたところらしい。
「あなたたちなにを呆けているの! 早くリアムを助けなさい!」
取り乱しながらも、連れていた護衛騎士たちに素早く命じる。
騎士たちは弾かれたように駆け出すと、リアムを抱えた男に斬りかかり、その腕からリアムを引きはがした。
男はリアムを取り落としながらも、剣を抜いて二人を相手に応戦する。
護衛騎士が二人がかりで、押し切れない。
あの男もただ者ではないらしい。
今すぐリアムのもとに走りたいのに、指揮役を援護する陣形は完成されていて、手負いの男たち相手でも十分に威力を発揮して思うように攻撃が通らずもどかしい。
「リアム! こっちよ!」
護衛騎士たちが男と切り結んでいる間に、セレスティアが尻もちをついていたリアムの腕を掴んで引き起こした。
そのまま庭の奥の雑木林の方へ引きずっていく。
セレスティアに任せるのは癪だけれど、今は背に腹は代えられない。
私は目の前の男たちとの戦闘に集中することにした。
剣を弾き、足を払い、確実に一人ずつ地面に沈めていく。
戦いながら、疑問がぐるぐると渦を巻いていた。
どうしてセレスティアは屋敷に逃げなかったのだろう。
頑丈な建物の中にこもる方がよほど安全なのに。
だが襲撃者が屋敷内にも入り込んでいる可能性は高い。
咄嗟に遮蔽物の多い雑木林に隠れようとするのも、おかしな判断ではないはずだ。
「やだ! そっちはいやだ! 母様!」
自分を納得させようとしても、遠くから聞こえるリアムの声が警鐘を鳴らす。
どうして。
あの雑木林は訓練にもよく使う、リアムにとって慣れた場所だ。
危険な動物がいないことだって知っているはずなのに。
「やめて母様! 手をはなして!」
なのにあんなに怯えて。
悪い予感がどんどん膨れ上がっていく。
混乱しそうになる頭を無理やり切り替えようとしても焦燥感は消えてくれず、集中が乱れる。
逸る心臓を精神力で無理やりねじ伏せ、最後の一人の剣を撥ね上げ鳩尾に拳を叩き込んだ。
白目をむいて男が倒れるのを確認して、すぐに振り返る。
ちょうど護衛騎士の二人もリアムを捕まえようとした男を取り押さえたところだった。
「二人は屋敷を!」
指示を叫びながら走り出す。
向かう先はリアムの声が消えた雑木林だ。
胸騒ぎがひどい。
早く。
早く。
木々の間を縫うように走り抜け、開けた視界に飛び込んできた光景は。
知らない男に組み敷かれ、今にも殺されそうになっているリアムの姿だった。




