35.新たな襲撃者
「アレクがわたくしにお買いものを勧めてくれたから、少し出かけてくるわ」
上機嫌に語尾を跳ねさせるように言って、セレスティアが金貨の入った革袋をチラチラと私に見せてくる。
どこから見つけてきたのか、駆け落ちの際に置いていった装飾品類をかき集めて派手に着飾っていた。
「ええどうぞ、お気をつけていってらっしゃいませ」
食後のストレッチをしながらおざなりに答える。
わざわざ昼食後に部屋にまで来て宣言されても、勝手にしてくださいとしか思えない。
私が悔しがるのを見たかったのだろう。
当てが外れたセレスティアは舌打ちをして「聞こえたでしょうハインツ! 許可は取ったわよ!」と廊下に控えていたハインツを怒鳴りつけた。
メイドたちいわく男性使用人の前では可憐に振る舞っていたらしいのに、もう隠す気もないのか。
舌打ちまでしているし、かしずく人間が周りにいない生活で緩んだのか、すっかり柄が悪くなっておいでのようだ。
「街に行くからありったけの護衛を用意してちょうだい。いいわね」
「それは困りますセレスティア様。今この屋敷は厳戒態勢でございまして」
「わたくしの安全の方が最優先でしょう! 第一王女なのよ!?」
ハインツの抗議に、セレスティアが「信じられない」とばかりに表情を険しくする。
「あの男に見つかったらどうするの!?」
自ら目立つ格好をしておきながら、なんて勝手なのだろう。
だけど残念ながら、私にとってはセレスティアよりリアムの方がよっぽど大事だ。
正直なところ国としても、死んだことにされている不倫王女より、王位継承権に絡むリアムの方が重要だろう。
なのにセレスティアときたら、買い物に一緒に連れていくつもりもないようだし、やはりリアムのことは心配ではないらしい。
「でしたら外出予定を中止なさったらいかがです?」
理不尽な物言いにせせら笑うように言うが、セレスティアは「あなたは黙ってて!」とお決まりのセリフを吐いた。
「はぁ、もういいわハインツ。セレスティア様に護衛をつけてさしあげて」
そう言って特に戦闘力の高い護衛騎士二人の名前を挙げる。
「彼らなら十分でしょう?」
「ふん、それならまぁいいわ。リアムにも護衛が必要ですものね」
譲歩してあげるという顔で、付け足すようにリアムを引き合いに出す。
だけどそれがポーズだということは、うっすらと赤く染まった目元を見ればすぐに分かった。
その護衛が出奔前からのセレスティアのお気に入りだというのはメイドたちから聞いている。
人身御供のようで二人には申し訳ないが、さすがに全員連れていかれるのは困るから仕方ない。
「あなたもようやく誰が最優先されるべきかということが分かってきたようね」
セレスティアが勝ち誇ったように顎を上げる。
たしかに、セレスティアに出て行ってもらうのが最優先事項ではある。
「ええ。ついでに新しく住む家を探してきてくださいね」
私は素直に頷き、にこやかにセレスティアを送り出す。
セレスティアは唖然とした顔になったあとで「覚えておきなさいよ」と街のチンピラと同レベルの負け惜しみを言ってきた。
セレスティアが馬車に乗り込むのを窓から確認して、すぐさまリアムの部屋へと駆け出す。
ノックをすると、「どうぞ……」とリアムの元気のない声が返ってきた。
「お邪魔していいかしら?」
「エリー! いらっしゃい!」
訪問者が私だと分かった途端、リアムの声が明るくなる。
「ねぇリアム、遅くなってしまったけど、よかったら今から剣術訓練をしない?」
私がワクワクした顔で提案すると、リアムはパッと顔を輝かせたあとですぐに暗い表情になる。
「え、でも母様にしかられるから……」
「セレスティア様はお買いものに出かけられたわ」
「ホント!?」
「ええ。だから誰にも文句を言われない」
イタズラの相談をするように笑いながら言うと、リアムは「やったー!」と歓声を上げて私に抱き着いた。
手入れの行き届いた庭で、模擬剣を打ち合う音が鈍く響く。
たった二日でもブランクがある分多少動きは鈍くなっていたが、すぐに勘を取り戻してリアムが生き生きと攻めてくる。
「いいわその調子! 受けるのではなく払うのを意識して!」
「はい!」
汗だくになりながら文句ひとつ言わずに続けるリアムは、家にこもっていたストレスを晴らすかのようにのびやかだ。
いつもより長い時間動き回り、日が暮れてきてようやく休憩をとったときには、立っているのもやっとという状態だった。
「はぁ、ねぇ、エリー……はぁ、母様、かえってくるよね?」
ぺたんと地面に座り込みながら、リアムが不安そうに聞いてくる。
剣を振れる喜びが一旦落ち着いて、じりじりと心配になってきたのだろう。
「当然よ」
不安を払拭するためにはっきりと肯定する。
「リアムと再会できて、あんなに嬉しそうだったでしょう?」
他に住む家もないのだし、というのは意地の悪いことは言わないでおく。
「そうだといいけど……でもボク、母様とうまくしゃべれなくて、きらわれちゃったかも」
リアムは人の感情の機微に敏感な子だ。
私の味方をしてくれたせいで、セレスティアがリアムを邪険にし始めたのをきっと感じ取っているのだろう。
そう思うと不憫でたまらない。
「でも、前ほどかなしくないかも」
少し強がりの混ざった笑顔で、リアムが言う。
「あら、どうして?」
その気持ちを汲み取って努めて明るく尋ねると、リアムはにっと笑った。
「だって、やっとくんれんができるし!」
「あら。そこは『エリーがいるから』とリップサービスしてくれてもいいのではなくて?」
「も、もちろんそれもあるよ!」
冗談で返すと、リアムが慌てて言い直す。
顔を見合わせて、二人で笑い合った。
ずっとこの時間が続けばいいのに。
心からそう願った瞬間、リアムの顔が強張った。
次いで聞こえてくる、複数の荒々しい足音。
振り返ると、屋敷の敷地をぐるりと囲う鉄の柵を、殺気立った男たちが越えてくるところだった。
「エリー!」
「リアム、くたびれているところ申し訳ないけれど屋敷まで走って」
男たちを見据えながらリアムに声をかける。
今日の相手は一筋縄ではいかなさそうだ。
こちらに近づいてくる足運びを見れば分かる。間違いなく素人ではない。
リアムを守りながら戦えるほどの余裕はなさそうだった。
「でもエリー……っ」
ボクも戦う、とは言わない。
リアムにはもう、敵の戦闘力がある程度分かるから。
「すぐにみんなをよんでくるから!」
少しの躊躇の後、そう言って走り出す。
本当によくできた弟子だ。
誇らしい気持ちを胸に、私は微笑みながら模擬剣を構えた。




