34.王宮からの使者
その日の夜、屋敷に王宮からの使者が訪ねてきた。
いつもの顔馴染みではない。初めて見る顔だった。
「クロイツ侯爵は緊急の用件で、本日はお戻りになられません」
「わざわざお知らせくださりありがとうございます」
呼びに来てくれたハインツと共に玄関先で頭を下げていると、軽やかな足音が聞こえてきた。
「まぁ! メイソンではないの! 懐かしいわ!」
「セレ、お、お客様! 出てきていただいては困ります!」
珍しく慌てるハインツが、自分の立場も忘れて客人に姿を見せたセレスティアの前に立ちふさがる。
「あんっ、邪魔しないでよハインツ。わたくしはメイソンに挨拶したいだけよ」
けれどセレスティアは構う様子もなく、ハインツを押しのけて使者の前に堂々と出てきた。
「ああセレスティア様……! お懐かしゅうございます……!」
メイソンと呼ばれた使者は、目に一杯涙をためて、崩れ落ちるようにその場に膝をついた。
「もう、大げさだわメイソンたら」
セレスティアが得意げに笑う。
どうもおかしい。メイソンは再会に感激するばかりで、死んだはずのセレスティアが現れたこと事態に動揺しているというわけではなさそうだ。
「ふふ、驚かせてごめんなさいねハインツ。メイソンは全部知っているのよ。お父様の直属の部下だもの」
だからアレクシスはいつもの使者ではなく彼に遣いを頼んだのか。
きっとセレスティアが自分の存在を主張したくて出てくることを予測していたのだ。
「相も変わらずお美しい……」
「まぁメイソンたら。ねぇハインツ、メイソンを応接室にお通しして? 久しぶりの再会だもの。ゆっくりお話をしたいわ」
褒められて気を良くしたのか、セレスティアが意気揚々とハインツを振り返る。
私に許可を求める気はないらしい。
「いえ、旦那様ご不在の時に勝手に客人を招き入れるわけには」
「頼むよハインツ。少しだけだ」
「大変申し訳ございません、メイソン卿。ですが本日のところはおかえり願いたく……」
どうやらハインツとは見知った仲らしい。
彼の態度からすると、メイソンという男性はそれなりに高位の貴族らしく、そのせいでハインツも強く追い返すことはできないようだった。
「いいじゃないのもう! 相変わらず固いわね。私はここの女主人よ?」
「いいえ、この屋敷の女主人はエリシア様でございます」
ハインツがきっぱりと言い切ってくれたおかげで、背筋が伸びる思いがした。
そうだ、私はアレクシスの妻として、彼の信頼に応えなくてはならない。
「ありがとうハインツ。私がしっかりしなくてはね」
元女主人でもあり、第一王女でもあるセレスティアと高位貴族相手に、執事の立場で立ち向かうのは勇気がいっただろう。
「聞こえていましたでしょう? どうぞおかえりくださいメイソン様」
「いえ、ですが……」
「あなたはでしゃばらないでちょうだい!」
なおも食い下がろうとするメイソンに、かぶせるようにセレスティアが怒鳴る。
「でしゃばっているのはあなたですわ。客人の立場で仕切らないでくださる?」
冷たく言うと、セレスティアが怒りに肩を震わせ始めた。
「あ、あの! 実はクロイツ卿からセレスティア様へのご伝言とあずかり物がありまして!」
睨み合う私たちに、慌ててメイソンが叫ぶ。
「ふふん、ほーら見なさい。メイソンはアレクの頼みごとを果たしたいだけじゃない。しかもわたくし宛ての」
わたくし宛ての、を強調しながら勝ち誇った顔で笑う。
「ここでは渡せませんの?」
アレクシスがどういう意図でメイソンに依頼したのかは分からない。
むしろそもそもメイソンの嘘かもしれない。ギフトのない私には、どれが真実化は分からないけれど。
「それが、あまり人に聞かせられない伝言もありまして……」
「なるほど……分かりました、では私の同席を条件に許可いたします」
もし本当にアレクシスが頼んだのであれば、なにか意味があるはずだ。
そしてセレスティアから目を離すなと言い置いたのだから、私はそれを守らなければならない。
「はぁ!?」
仕方なく譲歩すると、セレスティアは王女様とは思えない柄の悪い声と表情で不快そうに言った。
どうやら市井での生活が長くて、少し染まってしまっているらしい。
「冗談じゃないわ! わたくしは許可しません!」
「ではメイソン様にはおかえりを」
「くっ……! 分かったわよ! ふん!」
にこやかに強硬な態度を示す私に、これ以上の譲歩はないと見て取ったのか、セレスティアは悔しそうに条件を受け入れた。
「ルーナ、お茶を淹れてちょうだい」
応接室に入るなり、侍女のルーナにセレスティアが命令する。
「か、かしこまりました……」
ルーナは申し訳なさそうにちらりとこちらを見たけれど、結局はセレスティアの言うことに従っていそいそとお茶を淹れ、最後に私にぺこりと頭を下げて部屋を出て行った。
「皆、セレスティア様のことを案じております。お戻りになる日を心待ちにしておりますよ」
「まぁ、嬉しい。わたくしも皆に会いたいわ」
話の中身は、当たり障りのないものばかりだった。
誰々が心配しているだとか、何某卿が帰りを待っているだとか。
セレスティアの気分を良くするための言葉が並べ立てられるばかりで、聞かれて困るようなこともない。
「お父様の容態はよくないのかしら」
「ええ、それが意識が回復しないままでして……」
「そう。もう結構なお年ですものね。お父様が起きてたらこんな女追い出してもらえたのに」
涙ぐむメイソンとは対照的に、セレスティアは悲しむ様子もなく私を睨んだ。
自分を溺愛していた父親が命の危機にあるというのに、自分のことばかり。
親の愛とは報われないものらしい。
きっとフィオナも両親に愛を返そうなんて思っていないだろうな、とセレスティアの態度を見て思う。
「それから気晴らしにと、アレクシス様からこちらを預かってまいりました」
使者が差し出したのは、ずしりと重そうな革袋だった。
受け取ったセレスティアが中を覗いて目を輝かせる。
金貨がぎっしりと詰まっているのが、離れた席からも見えた。
「ほら、ごらんなさい」
セレスティアが勝ち誇ったような顔で私を見る。
「アレクはやっぱり、わたくしを愛しているのよ」
私は何も答えなかった。
これはセレスティアを街へ買い物にでも行かせて、リアムから引き離すための手段だろうか。
そして伝言というのはメイソンが咄嗟についた嘘なのだろうか。
いいややはりこのメイソンという男自体がなんだか怪しく思えて仕方ない。
あの革袋だって、アレクシスはあんなものを持っていただろうか?
「ああなんて気分がいいのかしら。そこの非常識な女にはメイソンのことを見習ってほしいわ」
厭味ったらしい言葉を無視して冷静に推測しながら、ニコニコと革袋を抱えるセレスティアとそれを幸せそうに眺めるメイソンを観察していた。
メイソンが帰ったあとも、セレスティアは上機嫌のままだった。




