33.リアムの勇気
翌朝、朝食の前に王宮からの使いがアレクシスを訪ねてきた。
急ぎの呼び出しらしい。
「すまない。こんな面倒な時に……」
出立の支度を整えたアレクシスが、玄関先で申し訳なさそうに眉を寄せる。
「緊急のご用件なのでしょう? 気にせず、早く行ってさしあげてください」
「ああそう言ってもらえると助かるよ……申し訳ないがリアムとセレスティアから目を離さないようにしてくれ」
念を押すような真剣な目に、しっかりと頷いて見せる。
アレクシスは後ろ髪を引かれるような顔で馬車に乗り込み、王宮へ発っていった。
食堂に向かうと、セレスティアはまだ眠っているらしく中にはリアムだけだった。
「おはようリアム!」
「エリー! おはよう!」
思わず舞い上がって声をかけると、リアムも嬉しそうに席を立って駆け寄ってきた。
「ごめんねエリー、ボク、母様の前だとうまくおはなしできなくて……」
眉尻を下げてわざわざ謝ってくるのに胸が痛む。
「いいのよ、分かってる。私に謝ることなんてなにもないわ。でも今日は隣で食べてもいい?」
「うん!」
元気づけるように明るい声で返すと、リアムは晴れやかな笑顔で頷いた。
やっぱりリアムは笑顔が一番かわいい。
「きのうは一日中いえの中にいたから、走りまわりたくてうずうずしちゃった」
昨晩はあまり食が進んでいなかったリアムが、いつものペースで食べながら言う。
「でもちょうどよかったと思うわ。私はお休みを作るのが下手だから、たまにはゆっくり休まないと」
「そうかな? せっかくおぼえたパターンをわすれちゃわないか心配だったよ」
いつもの他愛ない話ばかりで、セレスティアのことには触れない。
私に遠慮しているのか、リアム自身まだ戸惑いが強くて無意識に避けているのか、本人もよく分かっていなさそうだ。
私もあえてなにも聞かないようにした。
この笑顔をずっと見ていたかったから。
だけど幸せな時間は長くは続かなかった。
「ああ眠い。あなたたちいつもこんな早い時間に食べているの?」
ふわふわした口調のセレスティアが挨拶もなく食堂に入ってくる。
途端にリアムの顔が強張ってしまった。
セレスティアはチラッとリアムの隣に座る私を見たけれど、特に文句を言うでもなく正面の席に腰を下ろした。
この席にこだわりがあったわけではないらしい。
アレクシスがいない今、リアムを可愛がるパフォーマンスをする必要もないと思ったのか。
「ああやっぱりわたくしの屋敷は最高ね。ベッドの寝心地もいいし、朝の紅茶の香りも素晴らしいわ。茶葉は高いものでなくてはだめね」
昨夜のことなど忘れたかのように上機嫌ではしゃいでいて、給仕をしてくれているメイドたちが反応に困っている。
「おはようリアム。よく眠れた?」
「うん、だいじょうぶ……」
リアムのぎこちない返事も気にした様子はない。
とりあえず形だけ母親の役割をこなしているという感じだ。
そして相変わらず、私のことは視界に入っていないらしい。
セレスティアはティーカップを置くなり、リアムに向かって微笑んだ。
「ねぇリアム。わたくし昨晩一生懸命考えたのだけど、二人で暮らさない? この人もそうしていいって」
「え!?」
セレスティアが私を指さして、リアムがショックを受けたような顔でこちらを見る。
「違います。リアムが望むなら考える、と言ったのです」
「一緒よねぇ? だってリアムはお母様といたいに決まっているもの」
冷静に訂正したけれど、セレスティアの中ではもう確定事項になってしまっているらしい。
アレクシスの言う通り、厄介な人だ。
「ボクは、その……」
いつもハキハキと喋るリアムが、歯切れ悪くうつむいてしまう。
こんな大事なことを子どもに判断させるのは間違っている。
ましてや父親のアレクシスがいない状況でなんて。
「この話はやめにしましょう。ね、リアム。今すぐに決める必要なんてないもの」
安心させるように言うと、リアムがホッとした顔になった。
話が長引いた分だけセレスティアがここに居座ることになりそうなのは嫌だけれど、リアムの心を守る方がずっと大事だ。
「そんなの困るわ。あなた、部外者なのだから口出ししないでくださる? これはわたくしと息子の話なのよ」
部外者、という言葉に詰まりそうになった瞬間。
「部外者じゃない!」
リアムが怒った口調で言い返した。
「エリーはボクを守ってくれた! ボクにたたかい方をおしえてくれたし、しんじてまかせてくれたし、それに母様とちがってずっとそばにいてくれる!」
「リアム……!」
セレスティアが現れて以来ずっと委縮していたリアムが、私のために立ち向かってくれている。
嬉しくて胸が熱くなった。
「まぁ! 母親に口答えするなんてひどい子! あなたが言わせているのね!?」
ずっとそばにいてくれるという言葉は無視して、セレスティアはこちらを批判してくる。
リアムが伝えたいのはそこではないのに、どうして分からないのだろう。
「リアムは優しい子です。あなたにも私にもずっと気を遣っているのがお分かりにならないのですか?」
母親に否定されてショックを受け黙ってしまったリアムの手を、励ますように握りながらセレスティアを睨みつける。
「なによ! あなたなんて大嫌い!」
セレスティアは言い返す言葉が思いつかなかったのか、子供のように頬を膨らませプイッと顔をそむけてしまった。
「部屋に戻るわ。そこのあなた、食事を運んでちょうだい。ひとつでもわたくしの嫌いなものを入れたら承知しないわよ」
「は、はいっ」
八つ当たりのように給仕のメイドに命令して、セレスティアは食堂を出ていった。
「母様、おこってた……」
リアムを振り返りもせず行ってしまったセレスティアを見て、気落ちしているリアムが気の毒で仕方ない。
「大丈夫。大丈夫よリアム。セレスティア様は私に怒っているだけ」
抱き寄せて言い聞かせるけれど、リアムの心を浮上させる効果があるかは自信がなかった。




